神槍
ベッドに寝かされた手当て跡だらけの黄桜の左手側には七海と焔が居る。
傷が浅いと解っていながらも、七海は何か出来る事は無いかと取り敢えずギャンギャン喚く黄桜の額を撫でていた。
「あ~、もう。惜しかったんだって。あそこで左手を受け流されていなければ勝ててたんだって!」
「はい、そうですね。黄桜様は強いですもの」
嫌味なく、クスクスと硝子玉の様な笑いで応対する七海との会話は、利休と戦ってボコボコにされた事を忘れる位楽しい。
黄桜本人が認める位に惜しくもなんとも無いのを忘れて、やはり自分は強い気になれる程だ。
それを鼻息混じりに呆れ顔で応対するのは焔だった。
「な~にが惜しいんだか。何も考えずに左手で突進したのが悪いんでしょ」
「んなっ、あれは先ず威力のある左手を先に出してビビらせたところに蹴りをだな……」
「じゃあ、尚更封じられちゃ駄目じゃないの。て、言うか他の人に効くからって別の人に効くとは別問題だから」
そこでグムと黙るが、しっかりと七海がフォローして、そのフォローを崩さない様に焔はそれを邪魔しない。
強者が負けない者と言う意味なら、黄桜とは強者だろう。
倒されただけで、尚且つ支えてくれる仲間がいるのだから。
そして30分。
黄桜は何時もと変わらぬ傲慢とも言える笑いを浮かべて、ギルルの里の現里長である利休の元に戻って来た。
しかしリターンマッチに来た訳でも無い。やっと本題に入るのである。
「んで、俺に何の用だよクソジジイ」
「ほぉ。よくこの間稽古をサボったから、その仕打ちでは無いと解ったの。
お前の脳ミソは猪と入れ換えても大差無いと思っとったわ」
「は、クソジジイは達人だけど挑発は俺の方が上手えな。もしもそうなら、一時間そこらで回復する様な浅い傷で済ませる訳ねえ」
利休は澄んだ眼でジイと黄桜を見て髭を一撫ですると、口を開いた。
「……さて、理由は国からの依頼じゃ。
最近海賊が×××の町の商船を襲うからやってくれなそうな」
人外の能力である精霊の加護を持つギルル族はこう言った荒事を中心に生計を立てている。
里の中の物々交換で回るギルル族には、金なんて本当は無くても良い物だ。
が、ギルルの里と云う大金を持つ武力組織が存在する事で巨大な反政府組織が生まれない事のメリットにもなっていた。
「ふーん、大分調子乗ってんな、そいつらは。俺等に勝てる筈無いのに」
「まあ、精霊の加護その物をまやかしか何かと思っている連中は沢山居るしな。特に海賊には外人も多い。
それに、たまにお前みたく慢心したのがやられるからのう」
ニヤニヤする里長に黄桜は舌打ちを一つ付いた。
◆
潮風の臭いが肌に染みる港町。
特に案内も無しに利休と黄桜はやって来ていた。
海賊に困っているのには、護衛が手堅い時は現れず、しかし護衛が薄い小さな荷物の時のみに現れるしたたかさにある。
決して大きな海賊では無い。
しかし、だからこそ、拠点は未だ見付かっていない。
その拠点探しから殲滅までを丸投げされたのが今回の仕事だ。
「やれやれ、面倒臭い事押し付けおって」
「全くだな!それで、どうすれば早く暴れられるんだ?」
いや、聞くなよ。お前次期里長だろ。
黄桜を見て利休は額を押さえて、深くため息をつく。
これに突っ込んだらまた突っ込みの無限ループになる気がするので、深くは問わない。
利休は祈るように両手を合わせた。皮膚同士が軽い音を出す。
ゆっくり手と手の間に空間を作り集中すると、手と手の空間にモヤが生まれた。
モヤは段々と棒状に形を変えていく。
ここまでは黄桜と同じ。
利休は精霊の加護を発動させた。
「……まあ、いいわい。いでよ『神槍グングニル』」
モヤが徐々に実体を持ち始め、現れた金属光沢は太陽光を反射して、刻まれたルーン文字を浮き彫りにさせる。
完全に実体化を果たしたそれは、神々しい三叉槍へ姿を変えたのである。
『神槍グングニル』。
北欧神話において主神オーディンの所有物とされ、投じれば外れる事は無く、持ち主に戻ってくると伝えられている伝説の槍。
大層な名ではあるが、利休はそれに相応しい能力であると自負している。
利休はグングニルを片手で回し逆手に構えると、胸を張って片足を踏み込む。
そんな槍投げの構えで向かう先は、水平線であった。
「むんっ!」
その名の通り、彼の槍は外れる事は無い。
だから投げれば目的の場所が何処にあるかが解る。
グングニルは海面に沿って飛んでいき、重力に逆らった不自然な軌道をすると、やがて見えなくなった。
「あー、あっちじゃな」
槍の方角を確認し、二人は小舟に乗り込んだ。
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