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箱庭

 丘の上で呑気に仰向けになる十代半ばの少年が一人。

 口に草を喰わえて、そのつり目は空を踊る鳥を眺める。


「あ~あ~、良いねぇ。鳥は気楽で。俺なんて苦労が絶えねぇってのに」


 誰に言うまでも無くて、天に唾を吐く様にグダグダな台詞を吐く。

 だから唾が戻ってくるかを象徴するかの様に、空から顔面に糞を付けられた。


「……例えば、今お前等にクソ付けられた事とかな。降りてこいやクソったれ、焼き鳥にして喰っちゃろうか」


 青筋を健康に危ない位浮かべて立ち上がり、空にまた台詞を吐き捨てる。

 故に透明な虚しさが顔面から肛門にかけて通り抜けていた。


 空に鳥はもう居ない。

 代わりに、彼の寝そべる丘の下から少女の声がかけられた。


黄桜キザクラ様。こんな所で何を?」

七海ナナミか、よく俺の場所が解ったな」


 呼ばれた男こと黄桜は上体を起こして声の方向へ振り向いた。

 そこには彼の思った通り一人少女がそこで指を絡めて立っていた。


 年齢は黄桜と同じか年下と言ったところ。

 青みがかった黒髪で右目を覆い、腰まで届く長い後ろ髪を一つの三つ編みにするヘアスタイルを取っている。


 なんとも独創的だ。

 しかしそれ以上に独創的なのは、服装そのものだろう。

 幾何学的な模様を持つ群青色の巫女の様な服装だった。腕からはベルトの様な物を垂らしている事だ。

 どこぞの民族衣装のようであるし、実際にその通りだ。


「いや、あれだけ大きな声で叫べば多分誰でもお気付きになると……」


 独創的な彼女は、平凡的な答えを出した。

 彼と彼女の中では平凡な格好なのだから、特に弄るような事でも無いのだ。


 ここは『ギルルの里』。

 少数民族ギルル族の住まう箱庭である。


「次期里長である貴方がシャンとしていなければ、精霊様もお怒りになりますよ?」

「いやいや、大丈夫だって。精霊様もそこまでは咎めないって」

「ホントですかぁ?」

「……た、たぶん」

「もう。そんな態度で居ると、精霊様が離れていっちゃいますよ」

「母ちゃんみたいな事を言いおって。そうなったら怖いけどさ。それより聞いてよ、こないだの事なんだけどさ……」


 ギルル族は精霊を崇め祀る独自の文化を形成している。

 特に精霊に対する信仰心が強い民族なのだが、それは精霊といった存在が思想の中の存在ではないからだ。

 なんとギルルの里の血筋にのみ伝わる超能力として、目に見える形で持ち主の味方をするのである。


 彼らはそれを『精霊の加護』と呼び、加護は里の威光を強め、故に一族の中で特に強力な加護を持つ者が里長となるのであった。


 そんな精霊を祀る巫女の一人、七海はチョコンと黄桜の隣に座って、延々と次期里長の愚痴を聞かされていた。

 その薄っぺらな動作に里長としての威厳は少しも無くて、代わりに少年独特の熱意が溢れ出ている。


 黄桜の愚痴を七海は軽く笑顔で、なんだかんだとソウデスカと受け流し、代わりに熱意溢れる雰囲気を楽しむ。

 だから実のところ黄桜の愚痴は七海にとって苦では無くて、単なる雑談となんら変わり無い。

 彼女は、幸せな今を噛み締めていた。


 はじめは次期里長としての愚痴だったが、段々と脱線して行くのは人間の性分だろうか。

 とうとう今喰わえている草が苦いだの愚痴にするまでも無い話になってきた所で、ハッと黄桜は我に帰る。


「……あ、そう言えば七海。何か俺に用?」


 ここに達するまで約40分、理に叶っていない悪い意味でロマンチック溢れる無駄な時間と言わざるを得ない。

 そこでトリップしていた七海はハッと我に帰る。

 彼女は少し残念そうに手を叩いた。


「ああ、そう言えばですね、里長が黄桜様を呼んでいました」


 途端に黄桜が苦々しい顔を見せたので、七海はフォローを入れようとする。

 だが、彼はそれを苦笑いで受け取らなかった。


「なぁに、俺が愚痴ってたのがいけねーんだ。

て、言うか、俺を呼ぶのにお前を使ったあのジジイが悪いのかな。ガッハッハ」


 豪快な笑いにはにかむ七海は、どう反応しているかを戸惑っている様で、取り敢えず笑ってみたら黄桜に誉められたので不思議と嬉しかった。

 「よっこらせ」と親父臭く腰を上げ、七海の手を引っ張って立ち上がらせる。手を繋いだまま丘を下るとまた他愛の無い雑談が生まれた。

 その雑談の一つにこんな物が混ざる。


「もしもこの力を悪用する様な奴が居たらさ、俺はソイツをブッ殺すわ」

「はぁ、それはまた物騒な」

「物騒じゃねーよ。俺の里長としての誇りってヤツだよ。次期だけどな」


 そう言って彼はまたガハハと笑って胸を張った。


 道を歩いていると木綿の服を来た子供に出会った。

 かなり幼くてまだ性別の判断も付かない。


「あー、黄桜様だー」

「おう、なんだチビじゃねえか」

「違うよー、千鳥チドリには千鳥って名前があるんですー」


 千鳥は子供らしく、敬語と日常語が混ざるカオスな言葉を言い放つ。

 それを聞いた黄桜は口元をUの字にして穏やかで豪快に笑った。


「ガッハッハ、そうかそれは済まなかったな。チビ千鳥」

「あー、だから違うよー。チビじゃないよー。怒るよー?」


 千鳥の膨らんだ頬を両の手で摘まむとひょっとこを不細工にした様な顔になって、一瞬苦しむ。

 そしてゼイゼイと喉を押さえて頭を下げている所をクシャクシャと撫で回した。


「まあ、もっと強くなったら相手してやんよ」

「むー、覚えていろよー。

そうやってイチャイチャしてる隙に追い抜いてあげますー!」


 「イチャイチャ」と聞き、ハッとしたのがさっきから外からニコニコと穏やかに眺めていた七海だ。

 第三者として見ていたから楽しいものの、こうして突然蚊帳の中に入れられると対応に困る。

 取り敢えず彼女は「あはは」と笑って誤魔化す事にした。


「ちょ、そこはオロオロしとけよ!なんか子供に誤解されちまうだろ!」

「違うの、ですか……?」


 哀しげな七海の瞳に、思わず黄桜は次期里長の身体能力で全力疾走した。全力で失踪したい気持ちだったのだ。


「……」

「逃げたー。勝ったー」


 そして後には無言の七海と、はやし立てと言う勝利の鐘を鳴らす千鳥が残された。

読んで頂きありがとう御座います。

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