二人目の共犯者(2)
「忘れ物はないか?」
午後に引っ越してくる彼女を迎える為、一足先に新居に向かう俺を、父が玄関先まで見送りに出てくれる。
「あってもすぐに取りに戻れるよ」
俺は笑いとばしてから、
「あ、でも…」
コートのポケットに手を突っ込んだ。
「これを渡すの、ずっと忘れてた…」
父に差し出したのは、あの母の最後のカード。
父から度々せっつかれながらも、どうしても今日まで渡せなかったものだ。
結婚が決まって以来、いつ渡そういつ渡そうと悩んでいたけれど、結局、出ていく間際になってしまった。
父に忘れ物を訊かれなければ、もしかしたらこのまま母のカードも一緒に引っ越していたかもしれない。
「……これが、最後だよ」
遅くなってごめん。
どんな顔をしたらいいのか分からず、少々突き放したような言い方になってしまう。
すると父は、なぜか声をあげて笑い出したのだった。
「何だよ」
「いや、あいつの言ってた通りだったなと思って…」
「あいつ?」
「お母さんだよ」
「え?」
笑顔を深めた父は「ほら」と、後ろ手に持っていたものを俺に見せてくる。
それは、二枚の洋封筒だった。
「何それ」
思わぬ展開に、眉間に皺が走るのを感じた。
「お母さんからの手紙だよ。一通はお父さん宛。もう一通はお前が将来結婚する相手宛」
「え?」
父宛はともかく、俺の結婚相手にまで手紙が書かれていたなんて聞いてない。
驚く俺に対し、父はどこか得意げに顎を持ち上げると、その二通を「ほら」と握らせてきた。
「お前に預けるよ。俺宛の分は読んでも構わない。そこに、今俺が笑った理由が書かれてあるから。だけど、お前の未来の結婚相手に宛てられた方は、封を開けずに彼女に渡してくれ。これはお母さんからの頼みだ」
見ると、一通は開封されていたが、もう一通はきっちり糊で閉じられている。
俺はその両方を受け取りながら、
「父さん宛の手紙を俺が読んでも、母さんは怒らないかな」
少しの戸惑いを浮かべる。
すると、父にまた笑われた。
「お前がそれを言うか?お前、これを読んだんじゃないのか?」
俺がさっき渡したカードをひらひらと振ってみせる父。
「え?いや、それは…」
父にすっかり見透かされていると分かり、返事に詰まる俺。
すると父は「大丈夫だよ」と、更に目尻を下げた。
「だって、お前はお母さんの共犯者なんだろ?」
「え?」
共犯者?
「ほら、早く行かないと、お嫁さんのお出迎えに間に合わなくなるんじゃないか?」
何度めかの驚きを受けている俺を見事に無視して、父は俺の背中を押しやった。
「ちょ、まだ話は…」
「話なら今度ゆっくり聞くから。今はとりあえず、早く行け。お前がいたらいつまでもお母さんのカードを読めないだろうが」
急かされて玄関扉を開けるが、父の楽しそうに浮かれた顔を見せられると、父を早く一人にしてやった方がいいようにも思えた。
「じゃあ気をつけてな。ああ、お父さん宛の方は、後でちゃんと返してくれよ?」
それが、人生の旅立ちの朝、父から最後に贈られた言葉だった。