裏切者
母が死んでから、もうすぐ二度目のクリスマスが来る。
先月は初めての命日を迎え、俺はその日の朝、96通目のカードを父のクローゼットに隠し、父はその夜、それを発見した。
てっきり100通ほどだと思っていた母のカードは、最終的には137通にまで増えていた。
母は、命ギリギリまでカードを書き続けていたようで、最後のカードには数字の代わりに ”Last” と記されていた。
思うに、母は最後のカードを前以て書いてあって、可能な限り書き増やすつもりだったのだろう。
その証拠になるか分からないが、最後のカードにだけは封がされていなかったのだ。
俺がそれに気付いたのは、数日前のことだった。
そうなると、やはり中身が気になってしまうのは、やむを得ないだろう。
俺はしばらく躊躇する日々を過ごした後、最後のカードだけ、覗いてしまったのだった。
” これが最後のメッセージです
ここまで来たら、いくらあなたでももういい加減元気になってるわよね?
だから私が最後に伝えたい事を、遠慮なく書いておきます
もし、この先素敵な人にめぐり逢えたら
私の事を言い訳にしないでちゃんと幸せになってね
例え恋愛じゃなかったとしても
一緒に過ごして心地いい人を見つけたら
絶対手放しちゃだめよ
子供はそのうち出ていくんだからね
その時あなたが一人で寂しくしてるんじゃないかと
それが心配なの
だから、私の思い出は胸に
新しい出会いを大切にして
長生きしてください
私もあっちでイケメンと出会ったら付き合っちゃうかもしれないしね
それじゃ、元気でね
早死にしちゃだめよ
あ、約束通り、クリスマスには必ずケーキを供えてよね ”
小さな二つ折りのカードに、細かな文字でいっぱいに書かれていた。
俺はそれを読んだ時、母が死んだ日と同じだけの寂寥感が体を通り抜けた気がした。
母のメッセージは、父が母以外の人と人生を歩むことを勧めていたからだ。
何も大学生にもなって母親に執着しているわけではない。
それに、近い将来、もし俺が家を出ることになったら、やっぱり一人残す父のことは心配になるだろう。
でもだからといって、まだ早すぎやしないか?
母と別れてからまだ一年しか経ってないのに。
いずれ、父にもそういう出会いが訪れるかもしれないが、それを考えるのはまだ先でいいはずだ。
そう、だから、母のこのメッセージを父が目にするのは、もっと時間が経ってからにするべきだ。
そうじゃないと、父も母も、気の毒だ。
自分に宛てられた最後のメッセージが、”他の人と幸せになって” だなんて、まだまだ母を想い続けている父には酷な内容だろうし、
母だって、父が自分以外の女性と再婚したりするのを本気で願って死んでいったわけではあるまい。
辛いけど、それが父の為になると思ったから、あえて最後のカードに記したわけで。
つまり、母は、それだけ深く、父を想っていたのだ。
この最後のカードは、自分のことより、父の未来の為に辛さを飲み込んだ、愛情の証のようにも思えた。
そんな母の想いを、俺は、無視したくなかった。
母の命は消えたけれど、母の気持ちまでは消したくなかったのだ。
カードについては、母からの最期の頼み事だったけど、それとこれとは話が別だ。
そうして俺は、決心をした。
――――この最後のカードは、このまま俺が持っておこう。
別に母の為だけじゃない。これは父の為でもあるのだ。
一年経った今でも、父は母の不在に気が沈む時があるのだから。
それにもかかわらず、こんな内容のメッセージを読んだりしたら、きっと、複雑に違いない。
それに、母は一枚目のカードで ”最後のカードには最後と書いておく” と説明してるので、このまま俺が最後のカードを出さなければ、父は、まだ母のカードを探せるのだという希望を持ち続けられるはずだ。
だったら、父にとっても、この最後のカードは見つからないままの方がいいに決まってる。
俺がカードを持っている限り、父の希望は、なくなることはないのだから。
俺は、それが母の指令に背くことだと分かっていても、裏切らずにはいられなかった。
かくして俺は、母の共犯者から裏切者へと、身を翻したのだった。