ぼっちなボクが保健室でサボっていたら、同じくサボっていた女の子から告白された件
――ボクね、君のことが好きだ。
――うん、わたしも好きだよ。
――えっと、友達としてだけじゃなくて、ね。
――え? だって、私達……『女の子同士』だよ?
「っ」
朝から嫌な夢を見た。
視界に映るのは、良く見知った飾り気のない天井。
ふわりとしたベッドの感触。けれど、今の夢のせいか……少し汗をかいている。
「……最悪」
ポツリと、ボクは愚痴を漏らすように呟いた。
高校生になったばかりだと言うのに、こうして嫌な過去を思い出すのは……幸先が悪い。
ゆっくりと身体を起こして、ボクは鏡の前に立つ。
華奢な身体つきと言うと聞こえは良いかもしれないが、ボクはいつもクラスでは一番身長が小さかった。いや、今でもそうだ。
身長だけじゃなくて、胸も主張しないくらい小さい。
高校一年生にもなってこれでは、正直このまま変わらないのだろう、と思う。
いっそこれなら――男にでも生まれた方がよかったのかもしれない。
「シャワーでも浴びよ」
ボクはそのまま、洗面所に向かった。服を脱ぎ捨てて、ボクは浴室へと入る。
まだ春先だから、少し肌寒い。
暖かいシャワーを浴びて、ボクは小さくため息を吐いた。
「ふぅ」
――いつからだろう。
ボクが『女の子』を好きだと思うようになったのは。
もちろん、誰でも好きになるというわけではないし、ボクが初めて告白したのもただ一人だけであった。
……先ほどの夢は、そんな告白をした時の夢。
そして、待っていたのは当たり前のような返答。
「女の子同士は、ダメなのかな」
シャワーを浴びながら、ボクは俯き加減に呟いた。
――結局、夢の続きは『冗談』で終わらせた。
ボクは本気で告白したけれど、その時の相手の顔がただ『拒絶』しているかのようで、耐えられなかったのだ。
だから、ボクはその日から恋をすることをやめた。
……男の人を好きになろうと、努力をしたこともある。
けれど、嫌な気持ちにはならないけれど、好きになることはなかった。
どうしても、ボクは女の子のことが好きになってしまう。
それが理解できたから、ボクは一人になることにした。
中学時代に、友達と呼べる子はほとんどいない。
友達がいなければ、当たり前だけれど悩むことはなくなった。
相手のことを知らないのだから、好きになることはない。
『ぼっち万歳』というやつだ。
高校デビューという言葉があるけれど、ボクはそんなこともせずに一人でいる気満々だった。
中学ではそれが楽だったから、高校でも同じようにする方がいいだろう。
どうせ、友達なんて大人になれば疎遠になる――そう考えれば、いてもいなくても同じだ。
つらい思いをするくらいなら、いない方がいい。
「……ふぅ」
また、小さくため息を吐いて、ボクはシャワーを止めて浴室から出る。
濡れた黒髪から水が滴り落ちて、ポタポタ垂れているのを見て、小さく鼻で笑った。
「今日はもう疲れたな」
――何となく、そんな気持ちになった。
***
――その日、ボクは学校に行ったのに、授業はサボっていた。
罪悪感というわけではないけれど、制服には着替えてしっかりホームルームには参加した。
学校までは自転車で三十分ほど。それほど遠い場所にはない。
家を出て、最寄りも駅を越えて、川沿いの道を進めばそこに高校がある。
ホームルームには出たのに、授業をサボってボクは保健室にいる。
朝から体調が優れないと言えば、サボるのは実に簡単だ。
ボクのことを知っているクラスメートだっていない――だから、きっと体調が悪いんだっていうのも、理由として通ってしまう。
進級できるように最低限の出席日数さえあればいいのだ。
最初はみんな、友達を作ろうと積極的に話をしたりする。
授業に出るのも、一体感を作るのにはきっと必要なのだろう。
そういう意味では、ボクは最初から他の子とは違うのかもしれない。
やりたくないことには、はっきりとやりたくないと言ってやりたい――そういう風に生きていければ、楽なんだろうけど。
「……はあ」
ボクはまた、小さくため息を吐く。
幸せが逃げるというけれど、ため息を吐いたくらいでなくなる幸せなんて、逃げてしまえばいい。そんな風に考えていると、
「あれ、もしかして誰かいる?」
不意に、隣のベッドから声が聞こえてきた。
女の子の声で、少し驚いて身体を起こす。返事はしなかったが、薄いカーテン越しにその子は覗いてきた。
「あ、やっぱりいた」
実に可愛らしい笑顔を浮かべて、女の子はそんなことを言った。
思わずドキリと心臓が高鳴るのを感じて、ボクはため息を吐いて、それを紛らわせる。
人目見ただけで、そんな風に思うほうがどうかしているのだ。
「……何か用?」
「いやー、もしかしてサボり仲間かなって」
「サボってない。体調が悪いだけ」
「えー、嘘だな!」
「……何でよ」
「私の声を聞いた時、わざわざ起き上がって身構えたじゃない。それに、体調悪そうには見えないよ」
――全て図星だった。
その言葉に思わず舌打ちしそうになるけれど、そういう行為はよろしくない。
誰とも仲良くなるつもりはないけれど、誰かと仲が悪くなるつもりもないのだ。
どう答えたものかと考えていると、女の子が言葉を続ける。
「私は高原里英。今日は絶賛サボり中の身でござる」
「……何その喋り方」
「んー、なんとなく? あなたも同じくサボりでしょ? 名前、教えてよ」
「……」
――サボり仲間にでもなろうと言うのか。
わざわざ答える必要もないと思ったけれど、ボクは波風を立てるつもりはない。
だから、聞かれたことには答える。
「……風野香」
「お線香みたいな名前だね」
「……初対面なのに失礼だな」
「え、初対面ではないよ? だって、私と同じクラスだし」
「……? そうだっけ。というか、それなのに名前を聞いたの?」
「だって、香ちゃんも覚えてなさそうだったし」
「覚えてなさそうだったって――というか、香ちゃんとか呼ぶな」
「何でよー、サボり仲間同士、よろしくしようよぅ」
……なんだこの子、めちゃくちゃ馴れ馴れしい。
少なくとも、ボクが一番苦手とするタイプの子であることは間違いなかった。
パーソナルスペースとか、そういうのは一切気にせずに近寄って来るタイプの子。
ボクが『ぼっち』でいるのに、勝手に近づいてくるタイプは――はっきり言って敵だ。
「サボりなら静かに寝てよ。ボクはもう寝るから」
「こうして保健室で出会ったのも何かの縁でしょ? 少しお話しようよ。先生は会議でいないんだし」
「……嫌だ。大体、何でボクなんかと話したがるのさ」
「え、それはもちろん……香ちゃんが可愛いからだよ」
「……は?」
横になったのに、ボクは思わず里英の方を見て、睨むような視線を送ってしまう。
相変わらず陽のオーラを放つ笑顔を浮かべたまま、里英はまた同じ言葉を口にする。
「香ちゃんが可愛いからだよ」
「……その呼び方はやめろ。それに、ボクは別に可愛くない」
「ううん、可愛いよ。身長小さくて女の子らしいし、何て言うか小動物って感じがする。ちょっと目つき悪くてツンツンしてるけど、そういうところもいいよね」
「……何言っているのかさっぱり分からないんだけど」
馴れ馴れしいとか、そういうレベルではない気がする。
やっぱり、返事をしなければよかった――そう思っていると、里英の方がベッドから起き上がってボクの隣に座り込む。
「ちょ、何でこっちに来るの……?」
「もっと香ちゃんを近くで見たいから」
「馴れ馴れしいっての。何で、ボクにそんな近づいてくるんだよ」
悪態を吐くように、ボクは言い放った。
後々面倒なことになるかもしれないが、いっそ拒絶した方がこの場合は楽だろう。
――そう思ってはっきりと言ったつもりだった。
「じゃあ正直に答えるけど――私、あなたに一目惚れしちゃったの」
「……? え、な、何を言って……」
心臓の鼓動が速くなるのを感じた。
――ボクが女の子のことが好きになると分かっていて、言っているのか、
そんな、ありえない想像すらしてしまったからだ。
彼女とは初対面で、間違いなくボクのことは知らない。
僕は彼女のことを知らなくて、彼女もボクのことを知らないのに――一目惚れなんて告白、ありえるのか。
「一目惚れって、おかしいこと言うなよ。ボクと君は女の子同士なのに」
「……? それの何かおかしいことある? 私、好きになったら性別なんて関係ないって思うんだけど」
「っ」
軽々しく口にする里英に、ボクが感じたのは怒りだった。
そんな簡単に済むなら――ボクはそんなに悩んだりしない。
自ら、一人でいることを選ばない。
「ふざけるな。適当なこと言って……ボクをからかっているんだろ。いい加減にしないと本気で――へ?」
ボクの言葉は、突然胸元を引っ張られたことで、遮られてしまう。
正確に言えば――彼女がボクの胸元を引いて、そのまま口付けを交わしたからなのだけれど。
突然のことで頭の整理が追い付かず、ただ呆然とそれを受け入れた。
――初めてのキスが、ほとんど初対面の女の子とだなんて、思いもしなかったからだ。
「ごちそうさま」
「あ、な、何を……?」
「何って、適当なことって言うから、本気度を示したんじゃない。私――本気であなたのこと、好きなんだよ?」
先ほどまでの明るい笑みとは違う、妖艶な表情に、ボクは思わず狼狽した。
――高校生活におけるボクの『ぼっち』生活は、そんな大胆な告白で終わりを告げたのだった。
ぼっちなボクっ娘とぐいぐいくるタイプの女の子の百合です。
ご査収ください。