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COLORS  作者: 和泉 兎
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グエル屋敷

目が覚め窓の外を伺うと、もう夕方近いのが分かった。

少し仮眠を取るだけのつもりが眠り過ぎたようだ。きっと夢見が悪かったせいだろう。

内容は覚えていないが、ひどく懐かしく、そして悲しい夢だった気がする。

悲しいという気持ち自体よく分からないが、なぜかそう感じた。


しかし、そんな思いはすぐに消し去る。鵺はベッドから降りるとコートをはおり、枕の下には忍ばせていた銃をコートの中へ収めた。

昨夜までに移動は済ませ、ここはもうグエルの屋敷に一番近い町だ。だがここからはまだ少し距離がある。

早々に宿屋を後にした。


屋敷の裏手に着くと、暗がりからネロが優雅な動きで音もなく現れた。

もう夜も更け微かな月明かりしかない中、自ら光を放っているかのような相変わらずの美貌に笑みを浮かべて鵺の元まで来ると、二人は使用人口のそばの茂みに身を隠し屋敷の様子を伺った。


「はい、これ」


ネロは手に持っていた物を差し出した。毎回一体どこから入手してくるのか、鍵と地図を受け取る。

情報によるとグエルは魔術師らしい。

魔具のコレクターとしても有名なようだが、町の人間とは顔を合わせることもなく、屋敷の中に籠って暮らしていた。

鵺は情報を聞きながら、地図を確認し経路を記憶する。


「あとこれも」


地図の確認を終え懐にしまったところで、更にネロは皮の小袋を鵺へ手渡した。袋に指を入れ中の物をひとつ取り出してみると、それは無数の細い切り込みの入った小さな弾丸だった。


「いるでしょ?」

「ああ、いる」


鵺はネロの得意そうな表情とは対照的な無表情で、礼を言うこともなく小袋をコートの内へしまった。

それでもネロは満足そうに目を細める。


「あ、それともうひとつ。この間の酒場の奴ら、みんな始末しといたから」


思い出したように声を上げ、軽く首を傾げると笑みを深くした。


「鵺の存在が知れると、色々とまずいからね」


本来鵺のような者は、正体を知られた場合には自分の為にも自ら始末しなければならないだろう。しかし、己の命さえどうでもいいと思っている鵺には、あまり危機感が無かった。

かといって下心丸出しの主に命を差し出す気も毛頭無いのだが。

ネロが後始末をしてくれたお陰で、鵺の存在は知れ渡る事はなかった。


今の暮らしに不満はない。余計な面倒事にならずに済んだのは助かった。

普段その瞳を隠すのは、ただ単にそれが煩わしいからだった。


「それじゃ、今日もよろしくね。鵺」


ネロはそう言うと再び闇の中へ去った。

貴重な魔具を持つ魔術師は手強い。鵺の仕事の邪魔にならないように、今回は外で待つつもりだろう。

鵺は銃を取り出すと、そこに込められていた銀色の弾を全て出してコートの外側に付いたポケットにしまい、更に別のポケットから新たに弾を取り出した。

赤黒い細い模様が浮き出した不気味な光を放つその弾をひとつずつ込めると、銃を手にしたまま使用人口の鍵を開け侵入した。


屋敷の中は磨き抜かれた燭台が規則正しく並び、ゆらゆらと柔らかな火がきっちりと敷き詰められたレンガ張りの廊下を明るく照らし出していた。

不自然な静寂は、人の気配を全く感じさせない。これだけ大きな屋敷ならば通常は使用人がいるのだろうが、この屋敷にはどうやらグエル以外の人間はいないようだった。

埃ひとつ無い、手の行き届いたこの屋敷は、魔術によって管理されているのだ。鵺はそれを肌で感じ、グエルがこれまでの相手よりもはるかに大物であることを確信した。

フードをしっかりとかぶり直し、注意深く廊下を歩き出した。


生まれつき魔力をその身に秘めている竜や魔物、自然の中で魔力を溜める宝石や植物など、古来より魔力は人間のすぐ傍にあった。

だが人は自ら魔力を持つことはなく、まるで必然のように魔力を宿したものを加工して魔具を作成し利用してきた。


しかし、誰でも魔具を思い通りに使用できる訳ではなかった。

その魔力を利用できる資質が無ければ、魔具はコレクションとしての価値しかない。

優れた資質を持って、初めて魔術師となれるのだ。


占いや簡単なまじない程度の資質なら持つ者は少なくない。だが、この屋敷に溢れる魔力は、今まで体験した中でも比較にならないほど重く濃密だ。

主の元にいる魔術師たちの中にも、及ぶ者はいないだろう。


鵺は注意深く廊下を進み、記憶したルートを辿って何度か角を曲がって奥を目指した。

ネロの話によれば、この屋敷の一番奥の広間にターゲットが保管されており、そこにグエルもいるはずだ。


今回のターゲットは“銀竜の鱗”。

“鵺の血”と並ぶほどのレア物なのだ。


人の住めない高山や魔物が犇めく未開の森を好み主な住処とする竜は、簡単には見つけることはできない。また見つけることができたとしても相手にするのは難しく、主の命令で捕獲に行った者が帰ることは一度としてなかった。

人とは対照的な生き方で在りながらも決して滅びることが無いのは、単にその力が強大であるからだ。

そんな竜の中でも比較にならないほどに凄まじい魔力を持ち、また最も賢いと云われているのが銀竜だった。

白銀に輝く美しい身体は見る者を魅了するともいわれているが、それを実際に見た者は無く、これらの知識も全て根拠も無く伝承されたものに過ぎない。

そして人が求めてやまないその魔力は、鱗に最も宿っていると伝えられていた。


それが此処にあるという。


鵺は、銀竜に対してそれほど興味を持たなかったのだが、ネロはいつもなら伝えないターゲットの情報を鵺に伝えた。

似た存在である鵺が興味を持つと考えたからか、ただ難易度の高い仕事であるために多くを伝えたのかは分からない。

ターゲットに自らの未来の姿を重ねながらも、気を削がれること無く廊下を進んだ。


いくつ目かの角を曲がったところで立ち止まり、不意に手早く銃を正面へ向けた。そこにはこれまで同様、明るい廊下が続いていたが鵺は騙されない。

すぐ目の前の空間が音もなく歪み、そこから黒い影が現れた。

薄汚れた犬のような姿だが、頭は人間を丸飲みできそうなほどに大きい。赤い眼をぎょろぎょろと動かし、裂けた口からは鋭い牙を覗かせている。

見るからに魔具によって使役されている魔物と分かった。

おそらくセキュリティ用の魔術に掛かってしまったのだろう。更に四頭の魔物が現れ、空間の歪みは消えた。


鵺は落ち着いた様子で五頭の魔物を目だけで見回す。魔物はぐるぐると咽を鳴らすと一斉に飛び掛かってきた。

それでも鵺は焦ることもなく、先頭をきって迫りくる魔物に銃を構えたまま動かない。

伸ばされた前足に光る鋭い爪が喉に届く、その寸前で鵺は引き金を引いた。


間髪入れずに続けて四発を後続の魔物目掛けて放ち、全ての弾はそれぞれへ吸い込まれるように命中した。

魔物は飛び掛かった体制そのままに床に落ち、その身体を瞬時に紫色の炎が包んだ。

不気味な色で燃える炎は一瞬で亡骸を燃やし尽くすと、何の余韻も残さずに跡形もなく消えた。


鵺の扱う武器はただの銃ではない。正確には、銃自体は誰にでも手に入る普通の品だが、それに込める弾が違う。

特製の弾丸に彫り込まれた細い溝に、己の血を含ませ乾かしたものを詰めてある。

魔具として特級品の鵺の血を染み込ませた魔弾は、常に凄まじい力を発揮してくれた。


まだ幼かった頃、自分に殺しの術を仕込んだ男をこの力で初めて殺した。

その男は修練と称しては暴力を奮い、鵺を痛め付けた。

主は鵺を発見し連れてきた殺し屋の男を最初は評価もしていたが、殺しの腕は二流、更に粗暴な性格から貴重な鵺を殺しかねない事態が度々起こり、鵺に一丁の銃を与え自ら男を始末させた。

その時、偶然にも男の虐待によって流れた血が銃口に付着し、魔弾となって男を跡形もなく吹き飛ばしたのだ。

そして鵺は言葉や伝承だけでなく、初めて自分の力とその使い方を知ることになった。


主にとって誤算だったのは、鵺本人に魔術師の才があったことと、鵺が既に自衛が可能なほどの力と知識を持っていたことだった。

強欲な主は、鵺がより強い魔力を持つようになるまで育ててから利用するつもりだったのだが、それが仇となった。

まだ子どもとはいっても、既に鵺の身には強大な魔力が宿り、そして己の力を使用する術を身に付けてしまった今、誰も簡単に手を出すことができなくなった。


それでも鵺が主のもとから逃げなかったのは、この瞳を持つ限り一人で生きるには難しいということを理解していたからだ。

赤ん坊の頃から自分を知る者たちでさえも、鵺を恐れるか忌み嫌うか、又は利用しようとするかのどれかだった。


ならば、自分も利用してやろう。

そして表面的なギブアンドテイクの関係が始まった。


鵺は主の下で殺し屋として働き、報酬を得た。主は危険な仕事を次々に鵺にまわした。

主は、難しい仕事も鵺ならば簡単に遂行が可能な上、もしも任務中に鵺の身体に傷が付けば“鵺の血”を手に入れることができると考えていたのだ。


あれから数年。結局鵺は一度の失敗もなければ、かすり傷一つ負うこともなく仕事をこなしていた。

殺し屋としての腕もどんどん上がり、今では鵺に及ぶものは無い。

そんな中で今回のこの仕事、どうやら主も焦りを覚えているようだった。


銀竜の鱗を持つ魔術師ともなれば、鵺の血は何よりも魅力的な素材であることは間違いない。万が一正体が知られれば、その瞬間に目の色を変えて襲い来るだろう。

死闘が予測された。


鵺が勝てば銀竜の鱗が手に入り、グエルが勝てば鵺の血が流れる。そして決着がつくときには勝った方もただでは済まない。

主にとってこの仕事は、両方を手に入れるにはもってこいだった。

もちろん、そんな思い通りに進んでやる気は毛頭ないのだが。


鵺がこの仕事を断らないように、主はこの仕事にはかつてないほどの報酬を弾んだ。鵺がこれ以上力をつける前に、何とかして血を手に入れたいという意思が感じられる。

今の暮らしには何ら不満も文句もないが、主に踊らされるのは面白くない。

今では身体も成長し、この身で生きるのに必要な知識も十分得た。

あとこの柵を断ちきるには金だけが足りなかったのだが、それもこの仕事を成功させれば手に入る。これは鵺にとっても好機だった。


自由に生きたい訳ではない。

いつ、どこで朽ち果てようとも構わない。

興味の無いこの世界で、誰かの思惑に縛られることだけが許せなかった。

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