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COLORS  作者: 和泉 兎
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素敵な夢の果て

飛びながら、私はこのひとのことを考えた。


このひとは“鵺”なのだろうか。

紫の瞳はその証だと、まだ幼い頃にリジュンが教えてくれた。

そして、その身に恐ろしい魔力を宿しているということも、生まれてすぐに間引かれてしまうということも教えて貰った。


私は、生まれ持った自分の髪色のことを考えた。

悪魔の子と言われ、話すことも許されずに送った生活は、決して楽ではなかったけれど幸せだった。

この色がみんなを死なせることに繋がってしまったけれど、でも、なければ出逢えなかった。

私はこの色を持って生まれて、良かったと思う。

今も、苦しみと喜びがせめぎ合っているけれど、本心からそう思えた。


このひとは、その瞳の色を持ってどんな風に生きてきたのだろう。

幸せを、喜びを持っているだろうか。

囚われてはいないだろうか。

リジュンから聞いた鵺の話はあまりに悲しくて、できれば思い出したくない。

でも、このひとのことを、もっともっと知りたいと思った。




しばらく飛ぶと、遠くに湖を見つけた。


このひとが呪いを受けて倒れたとき、すごい汗をかいていたのを思い出した。

喉が渇いていないだろうかと考え、私はもっと飛んでいたい気持ちを抑えて、森にあいた隙間に身体を滑り込ませた。着地は思いのほかうまくいって、ほっとした。


このひとは、頭を下げればすぐに理解して降りてくれた。

少し残念に思ったけど、私はとりあえず自分の喉を潤す。

あのひとも湖に口を付けて水を飲んだ。


私は少し考えてから、話しかけてみることに決めた。

このひとの受けた呪いの種類くらいなら、多分私にもわかるだろう。

私はこのひとの力になりたかった。




このひとは、自らを鵺と名乗った。

そして、自分は人じゃないと言った。


でも、自由に憧れ、縛られるのは嫌だと感じるその心は、人のそれと同じものに感じる。

とても熱くて力強い、確かな熱がそこに見えた。




鵺は呪いを解くために夜が明ける前に旅立ち、私も身を隠すべく近くの洞窟へと旅立った。


目的の洞窟へ着くと、私は狭いそこへ身体を押し込み、久しぶりに朝日を眺めて過ごした。

鵺が、まさか私の呪いまで解くと言ってくれるとは思わなかったので、ずいぶん久しぶりに笑ってしまった。

残念ながら私の呪いは解けないけれど、少しでも鵺が動く糧となるなら任せてみようと思った。


私の呪いは、もう解けない。

愛してくれるひとは、もう誰もいないのだから。


洞窟で身体を丸めて家族の夢を見た。

そこにはなぜか鵺もいて、とても変な感じがしたけれど、いつも見る夢より何倍も幸せだった。




眠りから覚めると、目の前に天使が立っていた。


とても綺麗な男の子が私を見ているので、首を持ち上げようとしたが、身体が動かないことに気付いた。

視線を前へ向けてみると男の子の両脇には黒いローブを着た人が二人いて、私に向かって杖を向けていた。

この感じは知っている。身体の下に浮かぶ青い光は、忘れもしない転送魔術だ。


私は、また誰かに捕らわれるのか。

悲しみの気持ちも諦めの気持ちも浮かばず、漠然とそんな風に思った。

青い光は強くなって、私は静かに目を閉じた。

思うことは、ひとつだけ。

鵺の呪いは解けただろうか。




転送された先は、広々とした平原だった。

私は僅かに動くことも叶わぬまま、そこに磔にされた。


私の命はもうここで尽きるのだと、静かに理解した。

身体中を鉄の杭で打たれて、気の遠くなるような痛みを感じていたけれど、もうそれもほとんど感じない。

肌には刃を突き立てられて、またえぐられて、初めはあまりの激痛に抵抗もしたけれど、もうその力も残されていなかった。

苦痛の中の時間はとても永く感じて、グエルに捕らわれていたときよりも月日がたったような錯覚に陥る。


みんなに、もうすぐ逢えるのだろうか。

そんな思いすら浮かんできて、私は心なしか穏やかな気持ちになった。


身体はどんどん冷えてきて、とても寒い。鵺を乗せたときの熱が恋しかった。

あの体温をもう一度感じたいという淡い願いが浮かんで、思わず笑ってしまった。


どうか、幸せになってほしい。

どうか自由に生きてほしい。

今望むのは、それだけだった。




いつの間にか、瞼を開けてもあまり見えなくなっていた。

私は終わりが近いことを感じて、降りだした雨の感触を最後に覚えていこうと、また目を閉じた。


「アルファルド」


雨の音に混じって、誰かが私の名前を呼んだ。

もう一度だけ目を開けてみると、そこにはいつかの天使が立っていた。


「今、杭を抜くからじっとしてて」


天使は、私を助けようとしているようだった。


「……もう、よいのだ」


私は声を絞り出した。

天使は、私が喋ったことにとても驚いて目をみはる。


「私に、構うな」


天使は再びかけられた私の声に我に返ると、首を振った。


「ダメだよ。諦めないで」


天使は私に刺さった杭を、ひとりで一生懸命抜いてくれた。


「鵺が助けにきてる。もう少しだけ頑張って」


今度は私がその言葉に驚く番だった。


「ダメだ、鵺が、危ない……!」


どうして来たのだろう。自分の呪いは解けたのか。それなら、少し一緒にいただけの私など放って、自由に幸せに生きてほしいのに。

取り乱した私を、天使がそっと制した。


「大丈夫、鵺は絶対君を助けるよ」


私は言葉を詰まらせて、戸惑いながら天使を見つめた。


「だから、君も。鵺を助けるために力を貸して」


私はその言葉を聞いて考えることをやめ、小さくわかったと返事をした。

鵺が、数えきれないほどの魔術師に囲まれている。天使は私に隙をつくってほしいと言った。

私は最後の力を振り絞って、なんとか立ち上がる。

天使も鵺を助けるべく、すでに向かった。

私は溢れて零れ落ちる血にかまうことなく力いっぱい息を吸って、唸り声と共に思いっきり吐き出した。

これだけ大音量を響かせれば、鵺が逃げるだけの隙をつくれただろうか。もう一度息を吸って咆哮を上げた。


どうか、無事に逃げてほしい。

でも、本当は。


もう一度だけでいいから、あの瞳を見たかった。


そう思った瞬間、目の前に鵺が現れた。私の名を呼んで駆けてくる。

私は溢れ出る喜びを必死に抑えて、鵺に逃げろと繰り返した。

その姿はよく見えなかった。

あんなに見たかった綺麗な瞳も、かすんでどこにあるのかもわからない。

でも、冷えきった身体に、温もりだけは確かに感じた。


私が迎える最後の時に、鵺が傍にいる。

それがとても嬉しくて、私は穏やかに目を閉じた。




───とても温かい。

まるで生まれて初めてお風呂に入った、あの時のようだ。


止まりそうだった心臓は再び規則的に動き出し、肌の上をすべる風が優しく痛みを拭っていく。

死を覚悟したそのときに、私は生きる喜びを感じていた。


遠のいていた意識を引き上げる。

どういう訳か身体の痛みが消えていた。


ゆっくりと瞼を開けてみる。

天国が見えるのかと思ったら、目の前に鵺がいた。

私はゆっくり立ち上がって、自分の身体を確かめる。鵺は心配そうに、そんな私を見つめていた。


鵺が何かしたのだろうか。傷も痛みもすっかり癒えて、私は信じられない現実に驚いた。

それは鵺も同じだったようで、とりあえず飛んで逃げるべく首を下げた私に、乗るのを躊躇った。

それでも、私が乗るように促すと、ようやくそっと気遣うように跨がった。


私は、助けてくれた天使の前に降り立つ。

天使は鵺の友人だったようだ。


この天使も、鵺を大切に想っているのが伝わってくる。

それがとても嬉しくて、なぜだかこの天使と仲良くなれそうな気がした。


そして、私と鵺はまた空へ舞い上がる。

遠くに虹を見つけたら、鵺がすかさず綺麗だと言った。

行き先は聞いていたけれど、私はこのままどこまでもどこまでも、飛んでいきたかった。


最後の最後に着地に失敗してしまったけれど、鵺に怪我はないようでほっと息を吐き出した。


それから私はどうにも眠くて、鵺との会話の途中で眠ってしまった。

何の話をしていたのかは眠すぎて忘れてしまったけれど、また起きたら話ができるだろうか。

また、あの瞳に逢えるだろうか。


そんなことを思いながら、私は夢の中のあなたに逢いにいった。






「鵺、あなたもちょっとは休んだら?」


可愛らしい少女の声が聞こえた。


「いや、大丈夫だ」


これは鵺の声だ。


「そう。それにしても、びっくりしたわ。まさかあなたが竜じゃなくて女のひとを連れてくるなんて」


少女は鵺をからかうように言った。


「……竜だったんだ」


鵺の戸惑いに満ちた声が聞こえた。


「え?」

「だから……、突然、俺の目の前で竜が人になったんだ」


鵺の声はかすかに揺れている。


「それって……」


少女は少し言葉を切って、あっと声を上げた。


「まさか、私の……!」

「何か知っているのか?」


鵺はすかさず問い詰めた。


「うっ。いえ、あの」

「なんだ」


鵺は容赦なく追求する。


「昔……、研究資金が欲しくて、いらない魔具を売ったことがあるんだけど」

「どんな」

「人を動物に変える魔具と、人を竜に変える魔具を……」


鵺は言葉を無くしたようだ。


「たぶんこのひと、もとは人で、その呪いで竜になってたんだと思うのよね……」


少女の声が少し遠くなった。


「だから、竜なのに魔力がなかったんだと思うの……」


また少し遠くなった。


「でも、解けてよかったわ!本当に!」


だいぶ離れたところから叫んでいるようだ


「なんで、いきなり解けたんだ?」


鵺の呟きが聞こえた。


「え?」


少女は変な声を出した。


「お前、知ってるんだよな?」


鵺が少女に問い掛けた。


「わ、わたし、えっと、ちょっと急用が!」


少女は、足音を響かせてどこかへ行ってしまったようだ。

静かな空気に包まれて、私は再び眠りの海に沈んでいく。


「あいつ、なんで顔が真っ赤なんだ」


最後に残った意識の隅で、鵺がぽつりと呟いた。


私は久しぶりのふかふかの布団が気持ちよくて、まだまだ起きられそうもなかった。

それに、こんな素敵な夢ならいつまででも見ていたい。

心からそう思った。

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