邂逅
この白い檻に捕らわれて、どれだけの月日がたったのだろうか。
昼間は天窓からのぼんやりとした光、夜にはかすかな月明かりか漆黒の闇。
それを繰り返すだけの季節感のない部屋は時間の感覚を狂わせた。
いつからか昼の回数を数えたりもしたけれど、千を過ぎてそれもやめた。
今日も、淡く降り注ぐ陽の光を見つめて静かに過ごす。
天窓からの光は次第に弱くなり、ほんのりと赤く色づいた。
今日も一日が終わる。
同じ毎日の中で、この瞬間の光だけが私に彩りをくれた。
今日は月が出ているようで、日が沈んでも明るかった。
私は身体を丸めると、眠りにつくべく目を閉じた。
少しだけ眠っただろうか。なんだか胸がざわざわと波打って、目が覚めた。
首を持ち上げると、天窓の下に置かれた黒い椅子にあの男が座っている。
「お前も感じましたか?すごい魔術の気配でしたね」
男は嬉しそうに廊下へ続くドアを見つめていたが、私には魔術の気配なんてわからなかった。
現に、何回かこの屋敷へ魔術師が入り込んだことがあったようだが、私は全く気が付かず眠っていた。
「ここまで辿り着きそうですね。素晴らしい」
男は気持ちの悪い笑みを浮かべて、その指にたくさんの指輪をはめた。防御や瞬間移動、それに封印などの、私に自慢げに見せていた特に強い魔具を身に付けていく。
よほどの力を持った相手なのだろう。
なぜか、私の鼓動まで早くなっていった。
ドアが開くかすかな音がして、硬いタイルの床に足音が響いた。私はそちらに顔を向けて目を凝らす。
並んだ天窓の下を男に向かってまっすぐ歩いていくそのひとは、全身真っ黒の服に身を包み、フードで顔を隠していた。
月明かりに照らされた真っ白な床を滑るように進む姿は、まるで影のようだ。
拘束の魔術の影響で、そのひとは私に気付かない。
私の前を通り過ぎて、男の前で立ち止まった。
何か会話をしたかと思えば突然銃を放ち、直後に椅子が紫色の炎に包まれて消えた。
私はその炎に目を奪われて、既に何もない場所を呆然と見つめていた。
あんな色の火は見たことがない。
なんて不思議で、綺麗な色なのだろう。
また銃声が響いて炎が上がった。
そちらへ視線を向けるが、動きが速すぎてよく見えない。
それでも、ふたりが戦っているのはわかって、知らず知らずのうちに目で追っていた。
男があのひとに電撃を放っている。
紫の炎を撃ちながらそれをかわす姿を、私は必死に目で追いかけた。
あのひとが床に手を付いたときには、思わず叫び出しそうになってしまったけれど、攻撃を受けたのはあの男の方だった。
大爆発が起こって、目の前が紫色の光に包まれた。
天井からは原色のガラスがきらきらと降り注いで、色鮮やかな光の雨が降っている。
その下に、あのひとが立っていた。
フードが外れて髪が見える。髪も服と同じで新月の夜みたいに黒かった。
その髪が揺れて現れたのは、紫色の瞳。
さっき見た炎と同じ、不思議な色がそこにあった。
あの男はもう息も絶え絶えで、あのひとが最後に一発だけ銃を放つと崩れ落ちた。
私は、家族を殺したあの男を最初は殺したいと思っていたけれど、実際にそうなってみると、喜びも嬉しさも達成感も何も感じることはなかった。
ただ、何か長い夢から目が覚めたような、そんな感じがした。
崩れた男をただ見ていると、その指から魔術が放たれているのが見えた。
それはあのひとの腕へと続いていて、あのひともそれに気付いたようだった。
大丈夫だろうか。あの白い光は、おそらく何か呪いの魔術だ。
心配しながら見ていると、あのひとはこちらへ振り向いた。私は、突然のことに驚いて固まるしかない。
視界の端で檻が破壊されているのを見つけて、拘束の魔術が解けたと理解した。
あのひとが私に銃を向ける。
不思議と恐怖はなく、私もあの紫の炎に包まれるのだろうかとぼんやり考えていた。
それも悪くないかもしれない。
でも、どうせならばもっと近くであの瞳を見てみたい。
私は、ゆっくりとあのひとの方へ歩いていった。
近くで見るそのひとは、とても綺麗だった。
男のひとなのにそんな風に思ったのは初めてで、鼓動はどんどん早くなる。
近付けば撃ち殺されるだろうと覚悟はしていたけれど、向けられた銃は引き金を引かれることはなかった。
もう少し、近くまで。
そう思って近付いていくと、そのひとは突然腕を押さえて苦しみ出し、倒れてしまった。
やはり呪いを受けてしまっていたようだ。
私はそのひとの腹の下に頭を押し込んで、長い首に載せた。
紫の瞳がとても綺麗だと思った。
また見たいと、そう思った。
漠然とした気持ちに素直に従って、私は決めた。
このひとを助けたい。
ちゃんと飛べるだろうか。
不安はあるが、ここにいても仕方がない。
やるだけやってみようと思い、翼を左右に広げて上下に動かしてみた。
肩に力を入れて風を押し潰すように羽ばたくと、身体が浮遊する感じがした。
なんとか飛べそうだ。
ガラスが落ちて空の見えるひときわ大きな天窓へ向かって、ひと思いに飛び上がる。
一度飛んでしまえば、慣れるまでにそう時間はかからなかった。
初めて飛んだとは思えないほど、空は心地好い。
どこへ行けばいいのかもわからないので、久しぶりに会った友人に尋ねてみた。
一番眩しく煌めいた星が私を呼んでくれた気がして、その星を目指して進路を決めた。
リジュンと一緒に空中ブランコで飛んだのを思い出す。
とても懐かしい気持ちが沸き上がって、全身にやっと血が巡ったみたいだった。
首の上であのひとが動くのを感じた。
あの瞳をもう一度見てみたかったけれど、慣れないことをすると落としてしまいそうで、振り返ることはできなかった。
だから、そのまま明るい星を目指してひたすら飛んだ。
このひとを乗せた身体が妙に熱かったけれど、夜の冷たい風が気持ちよくて、私はいつまでも飛んでいたいと、そう思った。




