喪失
おそらく天井に付いた窓からだろうか、淡く差し込む光が見えた。
部屋の広さに対してあまりに小さい窓からの光は、ここまで届かない。
まわりを見渡すと、床に綺麗に敷き詰められた白いタイルが目に入った。
私はこんな綺麗な床は見たことがない。
視線を上げても壁は遠くてよく見えなかったが、まわりをぐるりと白くて太い柱に囲まれているのがわかった。
「ふむ。さすがにこの距離を転送するのは骨が折れますね」
不意に、暗がりの先から男の声が聞こえた。
そっと足を踏み出してみると、身体は動くようになっている。
ゆっくりと声のする方へ歩いていった。
「ほほぅ!これは美しい!」
柱の向こう側に男が立っていた。
「魔力が無いのは惜しいですが、いや、それにしても素晴らしい!」
男は興奮した様子で、舐め回すように私を見ている。
「あんな小さなサーカス団が、まさか銀竜を捕らえるとは思いませんでしたよ」
サーカス団と聞いて、停止したままだった私の頭にやっとスイッチが入った。
ここはどこなのか。
この男は誰なのか。
みんなは……
「それも、あれほど力無い集団が!」
この男の言葉で、背筋が一瞬にして凍りついた。
嘲るように吐き捨てられたそれに、恐ろしい考えが拭っても拭っても拭いきれない。
「まさか、全員始末するのに一分もかからないほど手応えがないなんて」
グエルは笑い出した。
私は動けなくなった。
全員、始末した。
それは、宣告。
「でも、さすがに私も今回の転送魔術は疲れました」
何も考えられない。
「今日は、もう休むことにします」
男が本当に疲れた顔をしたのを、ただ見ていた。
「そうだ。この檻には拘束の魔術が施してあります。抵抗は無意味ですよ」
まぁ竜に言っても仕方ないですかね、と付け加えて男は楽しそうに笑う。
「それでは、おやすみなさい」
いつも、みんなと交わした挨拶。
ゆっくり休んで、また明日も頑張ろう。
一日の終わりにそれを聞くと、充実感に満たされた。
「また、明日」
同じ言葉なのに、私は絶望の底に突き落とされた。
私は全てを失った。
この男が家族を殺した。
抱えきれない怒りが、私の中に満ちていくのを感じた。
ばたん、と扉が閉まって男はいなくなった。
私は、感情のままに咆哮をあげた。
理性なんて無い、本当の獣のように鳴いた。
泣くかわりに、夜が来て日が昇るまで、私は鳴き続けた。
どういう訳か、朝になるとこの男に対して抱いていた怒りの感情は消えていた。
あれほど殺してやりたいと思った気持ちも、もう湧いてこない。
ただ、深い深い悲しみに心が引き裂かれそうだった。
胸が痛くて、痛くて、痛くて、痛くて、痛くて、それだけだった。
銀竜が、そこまで人を魅了するものだと気付いていなかった。
魔力を持たない銀竜ならば、そこまでの価値はないだろうと判断したのが間違いだった。
私がやりたいなんて言わなければ、こんなことにはならなかったのに。
団長、ミア、クリス、マール、ポポ、ゾゾ、フローラ、リジュン。私の愛する家族はもういない。
私を愛してくれる者は、もう誰もいない。
星も、ここからは見えなかった。
私はこの白く薄暗い部屋で、毎日を過ごすことになった。
男は朝から夜まで檻の前にいて、いつも私に話しかけた。
私は相手にする気など毛頭起きず、いつも寝たふりをしてぼんやりとそれを聞いていた。
男の話で、みんなが殺された理由を知った。
男は銀竜の魔力を戻す方法を、みんなに迫ったようだ。
でも、誰も何も教えなかった。
もともと魔力など持たないことも、私が本当は人間だということも、一切喋らなかった。
私は、その理由をすぐに理解できた。
家族だから、理解してしまった。
私を、守るためだ。
私がただの人間だとわかれば、この男は躊躇なく私を殺すだろう。
だから、言わなかったのだ。
みんなは、私ひとりを守るために死んだのだ。
考えるのは、なくした家族のことだけ。
思い出の波に心を任せて、ひたすら漂うのだ。
みんなが繋いでくれた命を大事にしたいと思う反面、とても投げやりな気持ちにもなった。
グエルの用意する食事はもちろん生肉で、私は死なないためだけにそれを毎日食べた。
おいしいと思うことはなく、でも不思議とまずいとも思わなかった。
まどろみに囚われた日々の中で、みんなを思ってただ生きた。
思い出の中のみんなは、不思議だった。
過去の記憶であるはずなのに、今の私に話しかけてくれているように感じるのだ。
笑顔が、言葉が、温もりが、今でも私に届く。
「「「アルファルド、頑張れ!」」」
みんなはいつでも私の背中を押してくれる。
応援してくれる。
声が、聞こえる。
私も、誰かに何かをあげられるひとになりたい。
希望もない檻の中で、そんな思いだけが生まれて育っていった。




