決意
その冬の公演は、今までで一番の盛況となった。
しかし、その喜びは長くは続かず、春になるとサーカスは悲しみに沈んだ。
リジュンが、死んだのだ。
いつも元気そうに見えたリジュンの身体は、知らず知らずの間に病魔におかされていた。
リジュンは今年の春が来る前に、眠るように息を引き取った。
このサーカスの中でみんなの父親のような存在だったリジュンを失って、公演にも生活にも活気がなくなってしまった。
みんな口数が減って、笑顔はもうずいぶん見ていなかった。
楽しいはずのサーカスに満ちた悲しみは、演技にもあらわれてしまった。
お客は次第に少なくなり、運営も難しくなってきた。
ある日、団長はみんなを食堂に集めて会議を開いた。
「リジュンが死んでしまって、僕もみんなもなかなか元気がでないけど」
話し始めた団長の隈のできた目は、ひとりで必死に立て直しをはかっている証拠だ。
みんなは黙って耳を傾ける。
「このままじゃ、このサーカスはやっていけない。みんなの意見が聞きたいんだ」
団長の言葉を受けてみんなそれぞれ考えた後、クリスがぽつりと応えた。
「俺は、リジュンのためにも立て直したい」
クリスに寄り添って座るマールもそれに賛成した。
「そうね。我が家がこんな空気じゃ、リジュンも悲しむわ」
「そんなの、みんなだってわかってる!でも、あたしはそんなすぐに切り替えらんないよ……」
ミアは、まだ深すぎる悲しみからは抜け出せずにいて、頭ではわかっていても心がついてはいけないようだった。
「「オレも……」」
それはポポとゾゾも同じらしく、それぞれ片手を上げてミアに賛成した。
団長はゆっくりと深く頷いて、泣きそうな顔で微笑んだ。
「リジュンは、父親であり花形だったからね。難しいね」
私はただ黙ってみんなの話を聞いていた。
身体は大きくなっても、うまい言葉がなかなか見つけられないのは相変わらずで、それがもどかしかった。
いつしかみんなも言葉をなくして、食堂は沈黙に包まれてしまう。
そこへおずおずと声を発したのはフローラだった。
「手は、あるわ」
突然の意見に、団長は目を丸くした。
「なんだい?言ってごらん」
みんなの視線が集まる中、フローラはちらりと私を見てからあまり気乗りしない様子で続けた。
「私の持ってる魔具の中に、いいものがあるわ」
私はフローラがなぜこちらを見たのかわからなかったけれど、先を促すようにフローラに頷いて見せた。
「失った家族は戻らないけど、サーカスの集客ならリジュンと同じくらいできると思うの」
「だから、何?」
はっきりとしないフローラの態度に、ミアはもどかしそうに先を急かす。
フローラは、意を決した様子でごくりと唾を飲み込んだ。
「人の姿を、竜に変える魔具」
みんなは言葉をなくして、呆然とフローラを見つめた。
少しの間をおいて、団長がみんなの思った疑問を口にする。
「その魔具でどうやって集客するんだい?」
「猛獣使いのショーで竜を操るってこと?それだけで客が集まるとは思えないけど」
ミアも、不審な目をフローラに向けて質問を返す。
しかし、フローラがそれに答える前に、クリスがはっと何かに気付いて声を上げた。
「……まさか!」
クリスは私を振り返った。
それを見たフローラは、クリスに小さく頷いて言いにくそうに呟いた。
「アルファルドに銀竜に化けて貰うの」
みんなの視線が私に集まった。
確かに伝説の銀竜を目玉にすれば、サーカスは大盛況間違いなしだろう。
しかし、マールがすぐに反対した。
「そんなのダメよ!」
ミアもそれに続く。
「あたしも反対。アルファルドが危険すぎる」
「でも、確かに人は集められそうだな」
クリスは可能性を見出だして、前向きに考えているようだった。
「クリス!」
マールとミアが非難の声を上げた。
「フローラ、その魔術は危険じゃないのか?ちゃんと人に戻れるのか?」
クリスはマールとミアに視線だけで軽く謝って、フローラにその魔具についての説明を求めた。
フローラは、ちらりと女性ふたりを見てからクリスに答える。
「ええ。呪いの魔術だけど、姿を変えるだけだから苦痛はないわ。人にもちゃんと戻れる」
クリスとフローラの話に、ポポが疑問を口にした。
「アルファルドを見世物にするのか?」
「オレたちはそんなの嫌だ」
ゾゾは苦しそうな顔で首を振る。
「俺もフローラも本当は嫌だよ。でも……」
クリスが何か言おうとしていたところで、私は沈黙を破った。
「やる」
突然食堂に響いた大声に、みんなの視線が集まった。
団長が何か言おうと口を開いたが、私はその前にフローラに願い出た。
「フローラ、私を竜にしてくれ」
「アルファルド!」
ミアが悲鳴のような声を上げて、私を呼んだ。
「もう決めたのだ」
私の心は決まっていた。
「頼む」
フローラに向かって頭を下げる。
深く頭を下げて頼み込む私に困って、フローラは団長へ視線を向けた。
「フローラ。呪いは本当にちゃんと解けるのか……?」
苦しげな顔で、団長がフローラに訊いた。
フローラはこくりと頷く。
「うん。心から愛してくれる者のキスを受ければ、解けるわ」
それを聞いて、ミアは怒りだしてしまった。
「はぁ?胡散臭すぎる!却下!」
信じて貰えなかったフローラは、必死にミアに説明を続けた。
「本当なの!すごい魔女がいてね、その人が作った魔具なのよ。動物に変える魔具もあって、それも同じ方法でちゃんと解けるわ」
みんなは黙ってそれぞれ考え込んだ。
最初に沈黙を破ったのは双子のピエロだった。
「本当にそれで解けるのか?」
「本当にそれで解けるんだな?」
まだどこか疑わしそうに、ポポとゾゾがフローラをじろりと見た。
フローラは必死に何度も頷いている。
「その条件なら、私たちの誰でも解くことができるわね」
「そうだね、それは間違いない」
マールがふわりと呟けば、団長もすぐに肯定して頷いた。
私は、不謹慎にも嬉しくなって笑ってしまった。
私はこんなにも家族に愛されている。
「アルファルド、笑い事じゃないんだぜ」
クリスはそれを見て呆れた顔をしたが、すぐにつられるように笑顔になった。
笑顔はいつしかみんなに伝染して、機嫌が悪かったミアまでも笑みを浮かべていた。
この日、ようやくサーカスに笑い声が戻った。
「アルファルド」
団長に呼ばれて私は返事をする。
「嫌だったらやらなくていい。本当は家族の誰も望んでないんだ。……でも」
「やります。私はやってみたい」
団長が言う前に自ら応えた。
迷いはない。
私はみんなのために自分にできることがあるなら、どんな事でもやりたかった。
「……わかった。それじゃあ、一度だけやってみよう」
団長がそう言えば、最後はミアもしぶしぶ承諾して、私は自ら呪いを受けることを決めた。




