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COLORS  作者: 和泉 兎
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サーカス

私がサーカス団の一員になって、何度目かの冬がきた。

公演は成功続きで、どこへ行っても満員御礼。

毎日、明るく楽しく賑やかに忙しく、月日は過ぎていった。


意外なことにリジュンは空中ブランコの名手だった。

様々な町や村をまわってきたが、どこへ行っても一番人気はリジュンだった。

このサーカス団で一番年上のおじいちゃんが、花形スターなのだ。


団長は相変わらずで、何か困ったことがあるとすぐにリジュンに助けを求めた。

他のみんなもクリスとマールが結婚したこと以外は、私が家族になったときから何も変わりなく、楽しい生活が続いていた。


私は背ものびて、あんなにおとなの女性だと思っていたミアと同じくらいに大きくなった。

ミアは髪や肌の手入れの仕方から恋の話、芸の話などまるで本当の姉妹のようにいろいろと話してくれた。


ポポとゾゾは、最近競って私に話し掛けてくるようになった。

子どもの頃はよく遊んでくれるおもしろいお兄ちゃんという感じだったが、それとは少し違うように感じる。

ミアに違和感を相談してみると、それは年頃特有の甘酸っぱい事情だと言って笑われた。

私にはまだよくわからないけれど、楽しみなと言われてただ素直に頷いた。


リジュンは、忙しい中でも練習の合間をみては言葉や歴史、世界のことなどあらゆることを教えてくれた。

それと、勉強と一緒に少しずつ空中ブランコも教えてくれていた。

私は最近になって、アシスタントとしてショーに参加できるようになっていた。


それまでは、裏方で掃除や雑用などをしていたのだが、師匠であるリジュンのすすめで舞台に立てることになったのだ。


「アルファルドは飲み込みが早い。それにたぐいまれな運動神経の持ち主だ」


リジュンは団長に得意気に言った。

私はリジュンの後ろで黙って団長の反応を待つ。


「そっか。まぁ、リジュンがそこまで言うなら、……やってみるかい?」


団長は少し考えたあと、私にどうしたいかを聞いた。


「私はやってみたいと思っている。自分の力を試してみたいのだ」


素直に自分の気持ちを団長に伝えると、団長は微笑んだ。


「わかった。それじゃあ、試してごらん。自分を信じて頑張れ」

「団長、ありがとう。感謝する」


私は団長に抱きついた。

団長は頷いて、頭をぽんぽんと叩いてくれた。


「まったく。すっかりうつってしまったね」


団長は笑いまじりに呟いた。


「そうなのだ」


リジュンはがっくりと肩を落として嘆いた。


「私ではなく、マールに教育係になって貰えばよかったな」

「おかしいのか?」

「「……」」


私がぽつりと呟くと、団長とリジュンは切なそうな瞳で何も言わずにただ私を見つめた。

私はその様子に何となく罪悪感を抱いてうつむいた。

それを見て、団長とリジュンは慌てて取り繕う。


「いや、おかしくないよ!なんかかっこいいし!」

「おかしくなどない!ただ……!」

「ただ?」


聞き返してみたが、続きは教えてはもらえなかった。


「いや、何でもないよ」

「さぁ、もう行きなさい。マールに食事の支度の手伝いを頼まれているのだろう」

「……ああ」


私は訝しげな視線を向けて返事をすると、食堂へ向かうべく団長の部屋を出た。

部屋に残された男ふたりは、男らしい口調を身に付けた娘を思い、深い深い溜め息を吐いて肩を落とした。




次の公演から、私はリジュンと一緒に空中ブランコの舞台に立った。


開演と同時に、団長の進行でまずはポポとゾゾのプログラムが始まった。


二人の曲芸には双子ならではの息の合ったものから、それぞれの特徴を生かしたダイナミックなものまで、多種多様にレパートリーがある。

今日は大きなボールを使った演技をするらしく、白く塗った顔に赤い星を描いたポポがおもしろい動きをしながらボールを操っていた。

まるで生きもののようなその動きにお客のどよめきが聞こえる。


そこへ、白く塗った顔に青い星を描いたゾゾが、アクロバットをしながら飛び乗った。

動きまわる玉の上と下でジャグリングを始めれば、歓声は大きくなるばかりだ。


ポポとゾゾの演技が終わると、次はミアの番だ。

艶かしい薄い衣装を身にまとって、横笛をくるくる指先で回しながら踊る姿は、その辺の踊り子よりもよっぽど美しく色っぽい。


ダンスだけで観客を魅了したところで、ミアは横笛を口にあてる。

すると、そこから摩訶不思議な音楽が奏でられ、ステージに蛇が飛び出してきた。

歓声が悲鳴に変わり、女性のお客は口元を覆った。


しかし、それでもステージに釘付けになっていたのは、ミアの演奏に合わせて、蛇たちが美しい模様を描き踊っていたからだった。

音楽に合わせて波打つ蛇に段々と魅せられ、いつしか拍手がミアに降り注いでいた。


続いてステージに上がったのはクリスだ。

クリスはいつも女性客に大人気で、登場した途端に黄色い歓声が飛び交う。

片手を上げて応えれば、客席から飛び出さんばかりに身を乗り出したファンが悲鳴を上げた。


その内の一人を選んでステージにエスコートをするのは、もういつものことだ。

選ばれた女性はうっとりとクリスを見つめたまま、手を引かれて舞台へ上がる。

そして女性を舞台へ立たせると、その頭と左右へ伸ばした両手の先に林檎を載せた。


クリスは女性から距離をとって目隠しをする。

その状態で三つの林檎を的に、ナイフを投げるのだ。

お客たちは物音ひとつたてずに、息を飲んで見守った。


クリスは腹の底から息を吐き出すと、一拍おいてから目にもとまらぬ速さでナイフを投げた。

投げた三本のナイフは見事全てが林檎へ命中し、客席からの拍手喝采はなかなか鳴りやまなかった。


まだ興奮冷めやらぬうちにフローラが舞台へ登場すると、今度は男性客からの大歓声が轟いた。

舞台上で声を発しないフローラは、女性だと思われているようだ。


テンポよく魔術を使って蝶の形の使い魔を会場いっぱいに放てば、幻想的な光景に誰もが心を奪われた。


フローラは見惚れた客の目を覚ますように、ぱちんと指を鳴らした。

我に返ったお客たちの前から蝶が一瞬で消え失せる。

視線が再びステージに戻ってくると、そこには猛獣に跨がるフローラがいた。

お客はそのギャップに驚き、惜しみない拍手をフローラに贈った。


トリを務めるのは、もちろんリジュンだ。


照明を落として暗くなったステージにスポットライトを浴びて登場すれば、それだけで今日一番の拍手が鳴り響く。

リジュンは世界中に名をはせる空中ブランコ乗りなのだ。


今日は私も一緒にライトの中にいた。

お客たちは私を指差し、ざわざわと話し出す。

リジュンは私の手を取って、優雅な動きでお客へ紹介してくれた。


私も師匠に恥じないように思いっきり優雅に挨拶をする。

お客は温かい拍手で迎えてくれた。


「もうファンが付いたようだな」


リジュンが、お客に見えないようにこっそり呟いた。

その顔が少し不機嫌だったのは、きっと私の気のせいだろう。


リジュンと繋いでいた手を離して、ステージの両側に設置してある梯子へ、それぞれ歩き出す。

歩くときも梯子を登るときも、息を合わせて同じタイミングで移動する。

それはポポとゾゾも驚くほどのもので、お客もふたりの動きを目にすれば、自然と拍手が沸き起こった。


梯子の頂上に到着すると、ブランコをしっかり握って深呼吸を繰り返した。

距離はあるが真正面に小さく見えるリジュンも、同様に息を整えている。


完全に呼吸が合うまで何度でも繰り返す。

そして、リジュンが頷いた瞬間。


足場を蹴って空中に飛び出した。


そこからは宙を舞ってはブランコに戻り、縦に横に回転を繰り返す。

視界の端でちゃんとリジュンとタイミングを確認しながら、翼でも生えたように自由に飛んだ。

客席からは割れんばかりの拍手が絶え間なく続き、私の気持ちもどんどん高揚していった。


ブランコを漕いで勢いを増し、私はリジュンと練習してきた大技に挑む。

自分のブランコから飛び出して回転をしながら、リジュンのブランコへ飛び移るのだ。


鼓動が耳にうるさい。

ふっと短く息を吐いて、自分のブランコを飛び立った。


私は小さく丸まってくるくると回る。

回数を数えて狙った方向へ手と身体を伸ばすと、そこにはぴたりとリジュンの手があった。

がっちりお互いの腕を掴んで、更に勢いをつけていく。

そこから再び自分のブランコへ戻り、またいくつかの技を繰り出して、私の初舞台は大成功に終わった。


お客の歓声で耳がおかしくなりそうだ。

指笛や叫びのような奇声を上げて、お客はみんな立ち上がっている。


私は今まで感じたことのない達成感と充実感に満たされて、最高の一日を過ごすことができたのだった。

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