歓迎会とプレゼント
クリスに連れられてやってきたのは、クリスの部屋だった。
壁のあちこちに様々なナイフが掛けられていて、練習に使っているのだろう穴だらけの的まで置いてある。
そんなに広くはない部屋は、移動住居のためか生活感があまり無かった。
クリスは椅子を部屋の真ん中に置くと私をそこへ座らせ、首のまわりに大きな布を巻いて私の身体をすっぽりと隠した。
一体なにが始まるのだろうか。
「そんなに緊張しなくても大丈夫だって。俺の腕を信用してよ」
私はこくりと頷いて、ゆっくり息を吐き出した。
クリスは少し笑って近くの壁から小さなナイフを取り、私のざんばらの髪を切り始めた。
髪を切り落とす音だけが室内に響く。
ナイフが顔の横を通るたびに、私は強く目を瞑った。
髪を整えるだけだとわかってもやはり怖い。
すると、そんな私に気付いてかクリスは口笛を吹き始めた。
明るくて軽快なメロディは乱れることなく奏でられ、私はいつの間にかその口笛に聞き入ってしまった。
曲がぴたりと止まって、我に返るともう髪を切る音は聞こえなくなっていた。
「はい、終わり」
ばさりと巻いていた布を取られ、首のまわりがすーすーした。
背中の辺りまで不揃いに伸びていた髪は肩口で切り揃えられ、前髪も目の上に綺麗に並んでいるようだ。
ぐしゃぐしゃだったのが嘘のようにさらさらと揺れ、思わず手で触れてみてさらに驚いた。
「いい感じだぜ」
クリスは歯を見せて笑ってから、私の脇に手を入れて立たせてくれた。
「時間もちょうどいいな。お次は食堂でメシだ」
その言葉を聞いて、真っ先に反応したのは私のお腹だった。
大きな音をひとつ響かせて、なんともわかりやすい返事をしてしまった。
クリスに手を引かれながら食堂の前まで行くと、そこにはまたリジュンが待っていた。
「おお。さすがだな、クリス」
「だろ?先に入ってるぜ」
得意気に笑い、リジュンに私の手を渡して、クリスは先に食堂の中へ入っていった。
「これで準備万端だな。では姫、参りましょうか」
冗談まじりに微笑みかけて、リジュンは私の手を引いて食堂の扉を開く。
中の灯りが目に入った瞬間に、凄まじい爆発音が響き、私は驚いてしゃがみこんだ。
「「「ようこそ!我がサーカス団へ!」」」
恐る恐る目を開けてみれば、うち鳴らされたクラッカーから色とりどりのリボンが自分に降り注いでいる。
壁には紙でできた花やようこそと書かれた大きな紙が飾られていて、テーブルには美味しそうな料理がところ狭しと並べられていた。
目を丸くしてその景色をただ見つめていると、正面にいた団長が頭をかきながら私に手を差し出した。
「驚かせ過ぎちゃったかな?」
「だから程々にしろと言っただろう」
リジュンが呆れ顔で団長を睨んだ。
私はまだ放心しながらも、リジュンと繋いでいない方の手を団長の手にのせた。
二人は私を引っ張り上げて立たせてくれる。
ようやく鼓動も治まり、食堂の中に視線を巡らせてみれば、ミアが軽く手を振ってくれた。
その後ろではクリスがまた歯を覗かせて笑っている。
他にも見たことのない人が何人もいて、事態を飲み込めないままぐるぐると見回していた。
「君の歓迎会だよ」
団長は、私の手を引いてその人たちの中へ連れていってくれた。
「かん、げいかい」
小さい声で繰り返した私の言葉を聞いて、団長は笑みを深めながら教えてくれた。
「そうだよ。我が家へようこそっていうパーティーさ」
私は驚きと喜びで言葉が出なかった。
誰かにようこそなんて言って貰えると思わなかったし、ここへ来てから我が家とか家族とか信じられない言葉ばかり聞いて、もう胸はいっぱいになっていた。
私には昨日まで生きてきた中で、泣いた記憶がない。
でも、今日は一日でどれだけ泣いたのだろうか。
もうこれ以上は出ないだろうと思っていた涙は、またしても勝手に湧き出して流れ落ちる。
「ど、どうしよう、リジュン!」
団長は子どもの涙に弱いようで、またリジュンに助けを求めた。
「ははは。全く、このままでは本当に枯れてしまうな」
リジュンは豪快に笑って私を抱き上げた。
今まで見たことのない高い景色に、思わず涙も止まってくれた。
「よし。止まったな」
こくりと頷けば、リジュンは私を抱いたまま周りの人たちの向き直った。
「まずは君に家族を紹介しよう。ミアとクリスはもうわかるだろう?」
再び頷くと、リジュンも頷き返した。
「そこの同じ顔の二人はポポとゾゾ。双子のピエロだ」
紹介された二人の少年は、子どもとおとなのちょうど真ん中くらいの歳だろうか。
クリスよりも幼さの残る身体は非常に柔らかいようで、簡単なアクロバットを披露してくれた。
「オレはポポ。舞台のときはいつも顔に赤い星のペイントをしてるよ」
「オレはゾゾ。オレはいつも青い星のペイントをしてる」
ポポとゾゾは、面白おかしい振りをつけて自己紹介してくれた。
私もよろしくと挨拶を返す。
「そっちの奥にいるのは、猛獣使いのフローラだ」
次に紹介されたのは、ふんわりした印象の綺麗な女の人だった。
長くて波打った髪がとても素敵だ。
今度は自分からよろしくと挨拶をした。
「よろしくね、お嬢ちゃん。私は魔術で猛獣を操る魔術師よ」
声を聞いた途端、私は目を真ん丸にしてフローラを凝視してしまった。
それは、想像していたよりもあまりにその声が低かったからなのだが。
「ちなみにフローラは男だ。あの格好は趣味でしているそうだ」
リジュンの説明に頭は追い付いていなかったが、とりあえず頷いた。
フローラはにっこりと女神のように微笑んでいる。
「あとはマールだな。おおい、マール!」
リジュンが厨房の方に向かって大きな声で呼び掛けると、奥の方から返事が返ってきた。
すぐにばたばたと足音がして、食堂に大きな身体の女の人が現れる。
「はいはい、おまたせ!」
マールと呼ばれた若い女の人は、まん丸の身体にまん丸の顔が乗っかった雪だるまに似ていた。
「厨房係のマールです。今どんどんごちそう作ってるから楽しみにしていてね」
小さな目をさらに小さくして笑った顔は、とっても可愛らしい。
私はよろしくと頭を下げて挨拶をした。
「あとは団長と私。これで全員だ」
最後にリジュンと団長が再びよろしくと言ってくれたので、よろしくと返した。
「続いて君の自己紹介の番なのだが……。その前に、プレゼントを受け取って貰いたいのだ」
プレゼント。そんなものを貰ったことは、一度もない。
私は思いがけない提案に、驚いてリジュンの腕から落ちそうになってしまった。
紹介してもらったばかりの家族のみんなが、手を伸ばして受け止めようと飛び出してくれたけど、なんとか自分でリジュンの首に捕まり落ちずに済んだ。
みんなはほぉっと息を吐いてから笑い出した。
「驚くのは貰ってからにしてくれないか」
リジュンも溜め息をついて、一瞬こわばった身体の力を抜いた。
団長がまだ笑いながら私の前に立って、私の手を握った。
「君に最初のプレゼントだ。君は今日から“アルファルド”だよ」
私は目を何度も瞬かせて団長を見つめた。
団長は始めこそ笑顔だったが、反応の無い私に段々と不安げな顔になり、しまいにはリジュンに助けを求めた。
「リジュン、どうしよう!気に入らなかったかな?」
リジュンは団長に少し呆れた視線を向けてから、私を向き直らせて優しく話し出した。
「君の名前をみんなで考えたのだ」
私はリジュンの言葉を理解するために、ゆっくり繰り返した。
「わたしの、なまえ?」
「そうだ。気に入らないか?アルファルド」
「あるふぁ、るど?」
私が再び繰り返すと、リジュンは目を細くして微笑んだ。
「綺麗な名前でしょう?」
「星の名前なんだぜ!」
マールとクリスが得意気に言った。
「ちょっとクリス、初めに教えたのは私よ」
フローラがクリスに突っかかった。
「気に入った?」
「気に入らない?」
ポポとゾゾが、同じ動きで首を大げさにかしげた。
「ダメかなぁ……」
団長はいまだにおろおろと落ち着かない。
「……本当に気に入らなかったのか?」
あまりに反応の薄い私に、次第にリジュンも不安げな表情になってきた。私ははっと我にかえって、首をぶんぶん横に振った。
みんなはそれをどういう意味かはかりかねて、私を静かに見つめている。
「あの、なまえ。あるふぁるど……」
なんと言ったら良いのだろう。
気持ちは溢れそうなのに、言葉が何も見つからない。
もっともっと言葉を勉強すればよかった。
声に出すことも夜なら練習できたのに。
もどかしくて、また涙が出そうになった。
「さっき教えたでしょ。嬉しい言葉を貰ったら、どうすんの?」
ミアがにやりと笑って私にウィンクした。
「あ」
私はこくりとミアに頷いて、ゆっくり間違えないように喋る。
「ありがと」
そして教えて貰った通りににっこりと笑う。
いつの間にかみんなも笑っていた。
「……あるふぁるど、わたしのなまえ」
小さな呟きを耳にして、リジュンは大きく頷いた。
「そうだ。君の名前はアルファルドだ」
私に与えられた生まれて初めてのプレゼントは、私の一生の宝物になった。




