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COLORS  作者: 和泉 兎
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はじめてのこと

白くて柔らかい布団は、雲の上に乗っているようにふかふかとしている。

自分の寝かされていたベッドを見て、感嘆の溜め息が漏れた。


「ああ、起きたのか」


リジュンは私に気が付くと、口の開いた瓶を差し出した。


「水だ。ゆっくり飲むといい」


私は頷いてそれを受け取り、ゆっくり飲み始めた。

瓶に入った水は、いつも飲んでいた川の水と違って臭いがしなかった。

しかもとても美味しくて、いつの間にか一気に全ての水を飲み干してしまった。

リジュンはそれを見て、少し笑った。


「団長から、君の世話係を任された」


ベッドの横に置かれた椅子に座って、リジュンは私に視線を合わせる。


「君は、もうこのサーカスの一員だ。これから私がいろいろと教えていくから、ゆっくり覚えていきなさい」


私は一度頷いてから、もう一度深く頭を下げた。

リジュンはさっき団長がしてくれたように、私の頭を撫でてくれた。


「君は……」


それから少し言いにくそうに切り出す。


「話せないのか?」


躊躇いながら掛けられた質問に、私は首を左右に振って応えた。

リジュンは少し驚いてから眉間に皺を寄せた。


「それなら、なぜ話さないのだ」


私は綺麗なシーツに指を立て、またゆっくり拙い文字を綴る。


「禁じられている?」


読み上げられた言葉に頷けば、リジュンは首を振って私の肩に手を置いた。

その顔は笑顔のままではあるものの、どこか悲しげに見えた。


「もう、喋っても良い。君は自由なのだから」


その言葉を頭が理解する前に、目から涙がこぼれた。それはどんどん溢れてきて、手のひらでは受け止めきれないほどだ。

さっきせっかく飲んだ水が、全て流れ出てしまうのではないかと思う。

リジュンは、シーツを引っ張って涙を拭ってくれた。

いつの間にか、私は声をあげて泣いていた。


「そんなに泣いたら、枯れてしまうぞ」


笑いを含んだ優しい声を聞いたら、もう止められる気がしなかった。




それからリジュンは、まず私に風呂の使い方を教えてくれた。

そしてさっき見た蛇を首に載せていた女の人を連れてくると、私はその女の人と一緒に風呂に入ることになった。


「あんた、汚いわねぇ」


風呂場の入口で女の人は私を見るなり、そう言って目をしかめた。


「ミア」


リジュンの低い声に肩を軽く上げて応え、ミアと呼ばれた女の人は私の手を引いた。


「だってホントのことだしぃ」


べっと舌の先を出す姿はどこか蛇のようだ。


「まぁ、任せてよ。ちょー綺麗にしてやるからさ」


そう言って、ミアと手を繋いだまま一緒に風呂場へ入る。

リジュンはなぜか不安げな表情で私たちを見送っていた。


風呂場に入ると、すぐに着ていたものをすべて脱がされた。

そしてたくさんのお湯の入った大きなバケツのような入れものに入れられる。


「そん中で全身ごしごしこすんな」


そう言いながら手渡されたブラシで、言われた通り腕から順番にこすり始める。

ミアは服の裾と袖をまくって私の後ろにまわり、私の頭を洗い始めた。


「女の子なんだからさ。これからは、いつも綺麗にしとくんだよ」


私はこくりと頷いてから、小さな声で返事をした。

ミアはそれ以上は何も言わず、髪をすくように丁寧に洗ってくれた。


湯から出て全身を柔らかなタオルで拭き、ミアが用意してくれたシンプルな白いワンピースを着た。

着方が合っているのかわからなくて、片付けをしてくれていたミアに声を掛けると、ミアは口をあんぐりと開けて動きを止めてしまった。

そして、しみじみと私を見て呟いた。


「……あんた、美少女だったんだねぇ」


私には意味がよくわからなくて、首を傾げることしかできなかった。


風呂場を出ると、見送ったままの場所にリジュンが立っていた。

入るときと同じようにミアと手を繋いで歩いていくと、それに気付いたリジュンもさっきのミアと全く同じ表情になって固まってしまった。


「あっはっはっはっ!驚くだろ、リジュン!」


ミアは笑いを堪えきれずに、お腹を抱えて吹き出した。

私はまたしても意味がわからず、戸惑いだけが増す。


「ああ。これは驚いた」


リジュンはミアの言葉に素直に頷くと、私に笑いかけてくれた。


「とんでもない美人だったのだな、君は」


美人の意味は知っている。とても綺麗な人のことだ。

でもその言葉は私に掛けられたことは一度もない。

反対の言葉ばかりいつも受け取ってきたのだ。

私は首をぶんぶん左右に振りながら、力いっぱい否定した。

ミアとリジュンは私のそんな様子に驚きつつも、優しく声を掛けてくれた。


「君はもっと自信を持っていい」

「そうだよ。美人って言われて否定するなんてアホのすることさ。ありがとって言って笑えばいいの!」


ミアに鼻をつままれて、思わずふがっと変な声が出てしまった。

それを聞いてミアとリジュンが笑い出す。


「じゃ、次はクリスのとこかな」


笑いやんだミアが、ちらりとリジュンにウィンクをして何か提案をした。


「それは名案だ」


言うが早いか、今度はリジュンに手を引かれて、また私は足早に歩き出した。

手を振るミアをその場に残して、ぐんぐん進むリジュンに駆け足で必死についていく。

リジュンはどこか楽しそうだ。


「クリス!どこにいる」


リジュンはドアを開けると大声で叫んだ。

ドアの先は食堂のようで、とてもいい匂いがする。お腹が鳴ってしまいそうだ。


「リジュン、呼んだ?」


リジュンの身体で中の様子はよく見えなかったが、奥から背の高い青年が片手を上げながらやって来るのが見えた。


「手伝って貰いたいことがあるのだが、頼まれてくれないか?」

「リジュンが頼みごとなんて珍しい。いいよ、何?」


クリスは快く返事をして食堂から出てきた。

食堂の扉が閉まると、リジュンは自分の後ろから私を前へ出してクリスに見せた。

クリスは目を丸くして、私を見たまま呟いた。


「……この子が?」

「そうだ。新しい家族だ」


私はなんだか気恥ずかしい気持ちになりながらも、小さな声でよろしくと言った。


「こちらこそよろしく。俺はクリス、ナイフ投げのクリスさ」


私の倍くらいはある長身を折りたたんで、目の前で手品のようにナイフを出現させる。

私はびっくりして、思わずリジュンの後ろに隠れてしまった。


「あまり驚かせるな」


リジュンの呆れた声に、クリスは短い笑いで応える。


「あ。頼みごとの中身、わかった」

「頼めるか?」

「もちろん」


話についていけない私をおいて、話は進んでいく。


「どんな感じがいい?」

「私にはわからぬ。お前に任せよう」

「了解」


クリスは私の顔をまじまじと見て何か考えてから、私の手を引いて歩き出した。

焦ってリジュンを振り返れば、笑顔で手を振られてしまった。


「大丈夫、すぐに解放してやるよ。ただし、もっと可愛くしてからな」


私の不安を察知して、クリスは明るく言った。

私はまたしても意味がわからないまま、ただ頷いてついていくしかなかった。

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