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COLORS  作者: 和泉 兎
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新しい場所

団長に連れられて村に入る。

叔父さんの家は村の端の丘の上にあったので、村はいつも遠くに小さく見えるだけだった。

始めて見る景色と建物、それに人に目を奪われて思わずきょろきょろとしてしまう。

最後は団長に引きずられるようにして、村の広場に設けられた仮設のテントの中へ入った。


テントの中にはたくさんの見たことのないものが置かれていて、それらの使い方が全くわからない私はここでもまわりに気を取られていた。

引かれる手に従って、顔を横に向けたまま歩く。


蛇を肩に乗せて床にくつろぐ若い女の人や、檻に入れられた猛獣、顔を真っ白に塗ってさらにカラフルなペイントをした派手な格好の人。

目に入るもの全てが不思議で、おもしろくてたまらない。

そんな風に注意力散漫で歩いていたため、団長が立ち止まったことに気付かずぶつかってしまった。

私はすぐに頭を下げて謝る。


「ははっ。そんなに面白いか」


団長は怒った様子もなく、私の頭をぽんぽんと軽く叩いて笑った。


「あとでいくらでも、好きなだけ見てまわったらいい。今日から君もうちの家族だからな」


家族。

今まで、誰かにそんな風に言って貰ったことはない。


私はどう答えていいのかわからずに戸惑う反面、あまりの嬉しさに思わず泣いてしまった。


「おいおい、泣くな!」


団長はおろおろしながらも、声も出さずに泣く私の頭を、置いたままだった手で優しく撫でてくれた。


「あっ、ちょうどいいところに!おおい!おおおい!」


撫でる手はそのままに、もう片方の手を大きく振って団長は誰かを呼んだ。

それに気づいて、声を掛けられた相手がこちらに走ってきた。


「団長、一体どうしたというのだ?」


団長の慌てた様子に、何事かと駆けてきたのは小柄な初老の男だった。


「リジュン、この子を頼む。新しい家族だ」

「は?」

「この子にいろいろ教えてやってくれ」


リジュンと呼ばれた男は、いきなりの指示にわけがわからず口を開けたまま呆けている。

団長は素早く私にリジュンを紹介すると、早々に立ち去ってしまった。


残された私たちはお互いの顔を眺めて、その場に立ちすくんでいた。


「すまなかったな。団長は悪い人ではないのだが、考えなしなところがあるのだ」


リジュンは白髪のだいぶ混ざった黒く短い髪を撫でてから、落ち着くためにとりあえず近くの小さな木箱に座るようにとすすめてくれた。

私がそれに従って腰かけると、自分も隣の木箱に腰を下ろす。


「私の名はリジュンという。このサーカスでは一番の古株だ。君は?」


とても優しい声で自己紹介をしてくれたリジュンに、私は頭を下げて応えた。

しかし、私には答えるべき名前がない。

お父さんはいないし、お母さんは私を生むと同時に死んでしまった。

叔母さんは私に声を掛けたことはないし、ティナにはあんたと呼ばれていた。


ふと叔父さんの声を思い出して、私は床に指で書いた。

文字は拾った本や新聞で勉強していたので、少しだけならわかる。

マットの敷かれた即席の床を、考えながらゆっくりと滑る小さな指を、リジュンはせかすことなく見ていてくれた。

なんとか書き終え顔を上げてリジュンを見ると、彼は目を見開いて固まっていた。

私は戸惑い、どうかしたのかと首をかしげて顔を覗き込む。


「それが、君の名前なのか……?」


小さな声で問われて、私は少し考えてから頷いた。

リジュンはそんな私の反応になぜか衝撃を受けて、顔を歪めた。


「そんなものは名前ではない!」


突然の叫びにびくりと震えた私の身体を、リジュンは抱き締めた。

私は怒らせてしまったのかと思い、身体を離そうとした。

しかし、力強く抱き締められて動くことはできなかった。


「悪魔の子、など……」


すっぽりと包み込まれて、全身に人の温もりを感じた。

私はなぜかひどく安心して、いつの間にか眠ってしまったのだった。






「昨日来たお客がさ、公演のあとに楽屋に来たんだ」


誰かの声に目が覚めたけれど、なんだかとても気持ちがよくて目を開けずにまどろんでいた。


「うちに、悪魔の子がいる。見世物として引き取ってくれないか、って」


そうか、この声は団長だ、と思い出した。


「なにが悪魔の子なものか!この子は人間だろう!」


今度は違う声が聞こえた。

極力抑えているようだか、強い怒気を孕んだ声だ。


「そう、人間だよ。ただ髪が銀色なだけのね」

「なぜ……」


荒々しい声は言葉をなくしてしぼみ、今度は消え入りそうだ。

この声は、リジュンだ。


「この村ではね、悪魔の存在が信じられてるんだ。そしてその悪魔の容姿が、偶然にもこの子と同じだったみたいだね」

「そんな!」

「この子の扱いは酷いものだったよ。豚や鶏なんかと一緒の小屋で生活してたんだ。食事も、この身体じゃどう見ても足りてない」


団長がまだ覚醒しきれない私の手を取った。


「手や足にも無理な労働の痕が見えるし、この様子じゃ風呂に浸かったこともないだろう」


そう言うと団長は、柔らかくて温かい布団の中にそっと手を入れてくれた。


「だから、うちで引き取ろうと思って」


不意に明るくなった声に、私の意識も引き上げられていく。


「……そういうことか。わかった、私が面倒みよう」


先ほどまでとは全然違う、凛としたリジュンの声が聞こえた。


「君ならそう言ってくれると思ったよ、リジュン。頼めるかい?」

「ああ。私に任せてくれ」


団長が立ち去る気配がして、続いてドアの閉まる音が聞こえ、私は完全に目を覚まして起き上がった。

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