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COLORS  作者: 和泉 兎
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再会

疾風のごときスピードも鵺にはかなり遅く感じられたが、半日以上かかる道のりであるにも関わらず、わずか半分ほどの時間で目的の洞窟が見えてきた。

生い茂る木々から頭を出すほどに大きい岩の側面に、ぽっかりと大きな口があいている。

少し高い位置にあるその裂け目が視界に入ると、鵺は銃を取り鉛玉を抜いた。


幸いにも魔術を使えるほどに回復したのがわかる。

手早く魔弾を装填して、さらに速度を上げた。


草むらから飛び出して大岩の前のひらけた場所に出ると、二頭の馬が木に繋がれていた。

洞窟の入り口へはこの岩を登らなくてはならないため、ここに置いて行ったのだろう。すぐに後を追って岩を飛び、登って行く。


入り口に近付くにつれて、嗅ぎ慣れた匂いが鼻を突いた。

むせ返るほど強烈なその匂いは錆びた鉄のものによく似ているが、これは血だ。

鵺は最後の岩の出っ張りを一気に跳び越えて洞窟の入り口に着地すると、素早く中へ銃を向けて様子を探る。

たいして広くない洞窟は視界を遮るものもなく、一目で奥まで見渡すことができた。


そこにアルファルドの姿はなかった。


あったのは無造作に転がった二つの塊だけだ。

ひとつは鵺のすぐ脇で置物のように沈黙し、もうひとつは奥の方で岩肌にもたれ掛かっている。赤く濡れたそれらの他に、洞窟には何もいない。


すぐ横の血みどろの屍となった男を通り過ぎ洞窟の奥へ入ると、もうひとつの屍がかすかに反応を示した。

まだ辛うじて息があったらしく、薄く瞼を開けて鵺に訴え掛けるような視線を向ける。

目がはっきり見えないのか、あらわになっている鵺の瞳を見ても怯える様子はない。

もう唇を動かすことも、まともに呼吸をすることさえもままならない男は、なんとか最後の力を振り絞ってその目で助けを求めていたが、鵺は気にも留めずに素通りした。


洞窟を見回すがアルファルドの気配も痕跡も何もない。居場所を知られた人間を始末して移動したのだろうか、と考えたところで、ふと息も絶え絶えの男に目を向けた。

男は自らから流れ出た血で全身を深紅に染め座り込み、岩に力なく寄り掛かっている。バケツを引っくり返したような大量の血液はそこに大きな池を作っていたが、そこ以外に血痕はなかった。

鵺はその姿に不自然さを感じて、未だ助けを乞う男を眺めた。


致命傷となったその傷は、一方的なものだ。肩から逆側の脇腹まで袈裟に切られ、皮膚がぱっくりと割れている。

鮮やかに赤く染まったそれは、刃物による傷だ。


鵺は顔を険しく変える。無抵抗な状態で切られたとしか思えない傷に、鵺は状況を理解した。

自分よりも先にここには誰かがいたのだ。

しかも、同業の。


確信を持って視線を上げると瀕死の男の瞳が凍りついているのに気がついた。

それはいつも鵺に向けられるものと同じ、恐怖に絡め取られ逃げることも目をそらすことも叶わなくなった、死神を前にしたときの人の顔だった。

鵺の後ろを凝視したまま、その瞳から命の灯火が消えていく。男は抱えきれない恐怖に包まれたまま息絶えた。


鵺は、良く知る気配を放ち洞窟の入り口に立つ者へ、ゆっくりと身体を向けた。


「おまえがやったのか」

「うん。鵺を待ってたらいきなり現れてさ、うるさかったから黙ってもらった」


鵺の問いを受けて、柔らかな金髪を揺らしながら応えたのは、天使と呼ぶに相応しい容姿をした少年だった。


「銀竜はどうした」


ネロに見つかる前に危険を察知して逃げてくれていればいい、とわずかな希望を持って聞いてみたが、やはりそんなに甘くはなかった。


「どうしたって、もちろん主に渡したけど」


ネロはそれがどうかしたのか、というような笑顔で首を傾げる。今まで通りに仕事をこなしただけなのだが、鵺がなぜそんなことを聞くのかわからないといった様子だ。


「鵺がグエルの屋敷から銀竜に運び出されたのを見て、後を追ったんだよ」


ネロは鵺の真意が読めないまま、これまでの経緯を話し始めた。


「僕も、まさか銀竜本体が生きたままいるなんて思わなかったから、びっくりしたよ」


そう言いながら小さく首を振って、情報の不足を謝った。


「何とか見つけたと思ったら鵺はいないし、もしかして食べられちゃったのかと思った」


くすりと笑って見せても鵺の表情は動かない。ジョークに反応がないのはいつものことだが、報告にすら何もないのは初めてだった。

鵺の態度に、敏感に何かを感じてネロは笑みを消した。


「……鵺、どうかしたの?」


ネロはいぶかしみながらも、どこか心配を滲ませて鵺を見つめた。

目の前で向き合っているはずがとても遠くに感じる。心は、後ろ姿さえ見えない何処かへ行ってしまったかのようで、何を考えているのか想像もつかなかった。


遂に痺れを切らしたネロは、探るように伏せられていた鵺の瞳を覗く。そこには相変わらず怪しい光が宿っているが、不気味なだけでなく何か別の輝きを放つものが見えた気がした。

何事にも常に無関心だった男はネロの言葉にただならぬ興味を示し、思案に耽っている。

一見隙だらけにも見えるが、一歩近付けば取って食われそうな予感がして、ネロは近付くこともできずに再び声を掛けた。


「ねぇ、本当にどうしたの?」


やはり反応のないまま待っていると、ようやく思考から抜け出た鵺がゆっくりと視線を上げた。

目が合えば、強烈な感情の浮かぶ瞳に一瞬にして射抜かれた。


「鵺……?」


鵺はまっすぐにネロを睨む。


「銀竜はどこだ」


低く、相手を威圧する声は怒りを孕み、ネロはそこに込められた殺気に立ちすくんだ。

そらせない視線の先で、鵺の手が強く握り込まれているのが見えて、戸惑いは大きくなっていく。


「て、転送魔術で主のところに送ってもらったけど……」


なんとか震える声を絞り出して答えた。


ネロには一流の情報屋としてのプライドがある。どんな所にも軽く潜り込み、必要な情報とアイテムを必ず手に入れてきた。それには、もちろん多少の血生臭いやり方も必要で、殺し屋としての腕もすでに一流だった。

仕事によっては鵺まで回さずに自ら手を汚すことも多々あり、主の下で働く殺し屋の中でも鵺に次ぐ功績をあげるほどの力を持っていた。


はぐれた鵺を導くために流した情報に釣られて、この洞窟にのこのこやってきた男たちも虫を殺すのと同じくらい簡単に始末した。

魔術師ではないにもかかわらずそこまでの力を持ったネロは、これまで自分に向けられる殺気に恐れを感じたことなどない。手強い相手なら、逆に楽しさすらおぼえることもあったのだが。


しかし、今は恐怖で指先でさえ動かせなかった。

震える口許を閉じるのが精一杯だ。


「じゃあ、主はどこにいる」


さらに低くなった声に、びくりと肩を揺らして必死に答える。


「えっと、スズ平原、だよ」


鵺はそれだけ聞くと視線を外し、怯えるネロの横を通り抜けた。


「ま、待って!」


ネロは気が狂いそうなほどの殺気から解放されて、やっとまともな呼吸ができるようになり、焦って鵺を呼び止めた。

鵺がゆっくりと首を巡らせて振り返ると、再び合った目に怯みながらもネロは問い掛けた。


「主のところに行くの?」

「ああ」


すぐに強い意思を含んだ返事が返る。


「主に、鵺を連れてくるように言われてるんだ」

「俺を?」


鵺は眉を寄せた。

張り詰めた空気が揺らいで、少し軽くなった。


「うん。だから、僕が案内するよ」


気付けばネロは、必死に鵺を引き留めていた。

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