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COLORS  作者: 和泉 兎
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解けない呪い

確かな魔術をその目で確認すれば、マリーは得意気な笑みを浮かべた。


「まさかグエルがこんな使い方をするとは思わなかったから、どんな風に作用するか心配だったけど、さすが私の作った魔具ね!」


そう言うと、鶏にちゅっとキスをする。

しかし鵺は素直に喜ぶことはできなかった。瓶の中の薔薇から目を離さずに、頭を整理する。


「ちょっと待ってくれ」


喜ぶと思っていた鵺の反応が予想に反して深刻な表情だったので、マリーも訝しげに応えた。


「なに?どうかしたの?」

「この呪いはすぐに解けるのか?」

「ええ。掛けられた瞬間からだんだん効果はなくなっていくわ。あと二日くらいで完全に戻ると思うわよ」


マリーの回答に、鵺は更に表情を固いものにした。

これはどういう事なのか。やっとまともに回り始めた頭で考える。


鵺の魔力は封じられていなかった。魔力ではなくそれを使う力を封じられていたのだが、それも数日で解けるとわかった。

アルファルドは長い時を呪われたまま過ごしていると言っていた。鵺は自分と同じ呪いを受けているのだと思っていたが、それであれば既に解けているはずだ。

それ以前に、アルファルドは確かに魔力を失っていた。鵺が呪いを受ける前にもその魔力を感じることは無かったし、マリーが鵺の持つ鱗の存在に気付かないあたり、それは間違いないだろう。


「あーあ!せっかく鵺の血が手に入りそうだったのに、残念。でもきみがいてくれるなら、まぁいいわ」


ちゃんと成り立っているのか、鶏と会話を楽しむマリーに鵺はアルファルドのことを話すか思案していたが、少しの間をおいて唐突に切り出した。


「魔力を感じない魔物がいる」


マリーは顔を上げてきょとんとした顔で鵺を見た。


「魔力を感じない魔物?」

「ああ。どう見ても魔力自体を封じらたとしか思えない」


鵺は肯定し、魔力を封じることはできないという話が本当なのか再度聞いた。マリーは指先を顎に寄せると目を閉じて考え始める。


「うーん。絶対に無理かと聞かれると、そうは言い切れないわね。私も不老不死の魔術の研究をしてるくらいだし。優秀な制作者なら開発できる可能性はゼロではないわ」

「不老不死?」


絵空事でしか聞いたことのない突飛な単語に、思わず聞き返していた。


「そうよ。不老不死」


マリーは得意気に鵺に笑顔を向けると、私実は三百十六歳なのと明るく言った。


「この本に鵺の血は万能薬になるって書いてあったから、不死の魔具を作るのに使えないかと思ったのよ」


分厚い一冊の本を指差したかと思えば、その手を拳に変えて熱く語り出した。


「不死は誰も成功したことがない魔術だから、資料がなんにもなくてなかなか進まないの。でも同じ状況でも不老は成功したし、ゆっくりやるわ。私の夢はね、永遠にこのこたちと一緒に暮らすことなの!」


きらきらと目を輝かせて語るマリーはどう見ても夢を話す子どもだが、宿屋の女の情報は思いのほか正確だったようだ。本当にマリーは三百年以上を生きる魔術師だった。

鵺の血が万能薬になるなんて話は聞いたこともないが、未だ不老不死について語るマリーに細めた目を向けると、話を戻すべく口を開いた。


「もしも、魔力を封じる魔術があったとして、どうしたら解ける?」


話を戻されたマリーは表情を真面目なものに戻し、再び考え込む。


「そうねぇ。魔物の魔力を消す……」


しばらく唸っていたが、何か思い付いたように小さく声を上げ、鵺を見上げた。


「それって、もう動物みたいね」


鵺が意味を理解できずに首を傾げると、それに気づいたマリーは説明を続けた。


魔物は一見すると動物によく似ている。彼らには特有の見た目の特徴というものもなく、魔力を持たなければ動物との明確な違いは定かではなかった。

生まれつき魔力を持つ種族が魔物と呼ばれたのだ。


「そういうふうに考えると、魔力がなくなった魔物は動物と同じだと思って」


言われてみれば、その通りだと鵺も思った。アルファルドに興味を示されても面倒なので、同じ魔力を持つ魔物に例えて聞いたのだが、竜と魔物では違う。


竜の生態は魔物に近いだろう。

しかし明らかに異なる点は、魔力と共に生まれ持つ強大な力と身体だ。

どんな生きものにも屈しない強さを持ちながら大空をも自由に舞う。人以外の生きもので彼らを狙うものはなく、また圧倒的な力を持ちながらも他の種族を蹂躙することもない、最も気高く誇り高いとされる種族だ。

そんな姿に、神として崇める人間がいるほど竜は特別な存在だった。


それから見れば人間はなんと弱い生きものだろう。魔力はなく、爪も歯牙も武器としては使えない。魔物はおろか、動物や昆虫にさえ命を脅かされることもあるのだ。

しかし、その身の内には深い心があった。

ひとりひとりにたいした力は無くとも、その心と卓越した知性、そして行動力により絶え間なく大地に縄張りを広げていった人間は、最も強かな種族といえた。


獣、鳥、虫、竜、魚、魔物、植物、人間。この世界には多くの生きものが息づいている。

孤独を好むものもいれば群れるものもいて、それぞれが命の営みを繰り返して己の種族を育んでいく。


その中で唯一ひとりきりの存在。

それが鵺だった。


人を親として産まれるにも関わらず、魔物と同じように魔力をその身に宿し、人には決して持ち得ない色を持って生まれてくる忌み子。親から子へと受け継がれていくサイクルの中で、不意に現れる異質な命。

以前目にした書物によると、一番最近で鵺が生まれたのはもう百年以上も前で、しかもその鵺は生まれてすぐに間引かれたという。

意味を見出だせない孤独な存在───。


「そうすると、呪いを解くというよりも動物を魔物に変える方が近いのかしら」


落ちていった思考から、マリーの声に引き戻された。やはりまだ意識が重く、頭の回りが悪いようだ。

鵺はなんとか思考を戻して、考えながら辺りの本を片っ端から広げては投げを繰り返すマリーに再び問い掛けた。


「……もしも、魔物じゃなくて竜だったら、どうだ?」


マリーの反応を注意深く見守りながら答えを待つ。


「竜?」


マリーは目を大きく開きぱちぱちと瞬きを繰り返すと、鶏を抱えたまま腕を組んで目を細めた。


「魔物じゃなくて竜なの?」

「……ああ」


鵺は慎重に肯定し、マリーを見つめる。


「……そう。まぁ、あなたの気持ちはわかるわ。私にも守りたいものがあるし」


意外にもマリーは、竜に対して特に興味も示さなければ魔物と嘘をついた鵺を責めることもなく、今度は別の本の塔を崩し始めた。


「竜だとだいぶ話が変わるわね。えっと、どこかしら」


いくつかの紙の束と本を投げたところで一冊の本を見つけ、鵺に渡した。それを受け取りタイトルに目をやると原材料収集法と書かれている。


「開いてみて。後ろのほうの竜のページよ」


言われるままにめくり、竜の絵の描かれたページを開く。そこには竜の牙や爪の剥がし方が詳細に書かれていて、その下には採集するまでの段取りも載っていた。

ざっと目を通すと、竜は鉄に弱く鉄の楔を打ち込めば捉えるとこができると記されていた。

簡単に描かれた竜の絵の翼や尾、それに首には注意書きと共に楔の図が描かれていたが、鵺にはそれが虐待の様子にしか見えず、眉を寄せた。


「竜の魔力はね、鉄の杭で抑えることができるみたいなの」


マリーが横から本を覗き込んで補足の説明をするのを、鵺は腹の底から沸き上がる怒りを抑えながら聞いていた。


「だから、多分鉄を使った魔具で呪いを掛けられていると思うわ」


マリーは鵺の様子に気付かないふりでもするように本だけに視線を留めていたが、ゆっくり鵺に目を向けるとフードから覗いた瞳を見上げた。


「ごめんなさい、動物ばかり見てきた私には竜のことはよくわからないの」


目をしっかりと合わせて話す少女に、鵺は戸惑い身を引いた。


「でも、方法はあると思うわ」


マリーは視線をそらすことなく、瞳に力を込める。


「もし、私を信じてくれるなら、その竜を連れてきて」


掛けられた言葉に、鵺はその紫の瞳を見開いた。

マリーが嘘をついているようには見えないが、応えることはできなかった。


「見てみないと、憶測だけじゃわからないのよ」


マリーはふぅと小さく息を吐き、真剣な表情に薄い笑みをたたえる。

鵺の瞳から視線を外すと、本でできた自分の席に向かって踵を返した。


「なんで、そこまで協力する気になった?」


人から好意など受けたことのない鵺は、その裏を疑わずにはいられなかった。

騙し騙され、利用しては利用されて生きてきた。マリーも、竜の素材を手に入れたいがためにそう言っているのではないか。

小さな背中に声を受けて振り返ったマリーは、その表情から鵺の心情をありありと読み取って、苦笑を浮かべると鶏を鵺に差し出した。


「このこがね、どんなにあなたが好きかずっと私に話してくれているのよ」


マリーの手の先で、鶏は鵺に向かって首を伸ばしている。


「あなたを助けてほしいって、私に言ってるの」


鵺は鶏を見た。


「だから私はあなたを信じるし、助けたいと思ったの。だってこんなに動物に好かれたひとなんて初めてよ」


それに人間じゃないしね、と付け加えてマリーは鶏を鵺の膝の上へ置いた。

鶏に好かれるようなことをした覚えはない。まともに動物に触れたことすらなかった鵺には扱いもわからず、ただここまで運んできただけだった。

頭を寄せる鶏に、ゆっくりと手を伸ばしてぎこちなく触れてみる。


「ふふ。すっごく喜んでる」


鵺には鶏の気持ちは全くわからなかったが、マリーが少し悔しそうな顔をしたのを見て、本当なのだろうと思った。

鵺は一度目を閉じて、ゆっくりと開いた。


「竜を連れてくる」


呟くように、けれどもはっきりと掛けられた声にマリーは顔を上げる。


「ただし、何かしたらお前を殺す」


偽りを許さない紫の瞳が、まっすぐにマリーを刺す。


「いいわ。その時は殺してちょうだい」


鵺の射抜くような視線にも、動揺など微塵も見せずマリーは即答した。


「あなたには人間除けの魔術は効かなかったし、竜にももちろん効果はないわ。ここで待ってるわね」


あっさりと返されて逆に鵺のほうが少し戸惑ったが、表情には出さずに頷いた。


「それから、こいつは」


連れていけない、と言おうとしたところでマリーが言葉を遮った。


「このこはわかってるわ。私が預かってもいいかしら」


鶏はここで鵺と別れることをちゃんと理解している。マリーがそう言いながら鵺の膝から抱き上げると、鶏はおとなしくその腕に収まった。


「ああ」


鵺は頷いて鶏を見つめる。その顔には、どこか穏やかな表情が浮かんでいた。

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