大さな覚悟と小さな勇気②
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藍人の心に流れ込む
大きな覚悟と
小さな勇気の欠片
その小さな背中に背負わされた
悲しくも残酷な歴史の数々
血、死、別れ…
よくも壊れずに、
ここまで生きてきたと
私は、
これまでの全てを藍人を透して見聞きし
少年の運命に魅せられている
でも、忘れてはいけない…
これは恐らく過去の出来事
この世に奇跡などない
この少年の行き着く運命はーー
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二人を残し
藍人は出来るだけ体勢を低くとり
素早く茂みの中を駆ける
蒼雲と葵ほどではないにしても
これまでの道中で消耗しているのは
藍人も、さほど変わらない
けれど
なぜだろう
少しだけ体が軽い
藍人の顔に、
自然と笑顔が浮かぶ
「今なら、何でもできそうだ」
それは、藍人の口をついて出た、
独り言だ
男達を大きく回り込み
その背後へ
ガサリと最後の背の高い草を掻き分け
藍人は街道へ出る
街道を男達の方へと向き直ると
男達は蒼雲達の隠れる茂みの近くで腰掛け
休憩しながら談笑している
まだ、蒼雲達はおろか
藍人にすら気付いていない
恐らく、検問所を越える為に
藍人達が必ずここを通ると踏んで
検問所からギリギリ見えない位置に陣取り
待ち伏せする腹積もりらしい
藍人の作戦は今回も
いとも単純なものだった
自らを囮として
男達を、遠くへ誘導する
そして、叶う事なら……
もしも、
食いついたのが一人で
一人でもそこに残るようなら
すぐさま反転して襲撃しなくてはならない
その際の勝率など、
本当に微々たるものだろう
まだ未熟な藍人の腕力は、
成熟した男達のそれに遠く及ばない
賭けの要素が強い
とても作戦とも呼べない
ちっぽけな計画
〃仮に…あのまま隠れたままやり過ごしたとしても
その場で何日か粘られれば、
葵達の体力がもたない…
それどころか、出発して今までの日数を考えれば
今にも別の人達が来るかもしれない…〃
藍人は高鳴る鼓動を抑え
怯えきった表情を作り左右を見回しながら
街道を、男達へと近づく
一歩、また一歩と
「おい!!」
〃俺は…何年も村で姿をみせていない……
つまり俺の顔は恐らく、村の誰もわからない
彼らからしたら……蒼雲達の同行者…
たとえ、覚えている人がいたとしても…〃
彼らからしたら俺は…
【村の裏切り者】
そして、
【蒼雲と葵への重要な手掛かり】
「おい!!お前だよ!!」
低く、荒っぽい怒号に近い呼び掛け
藍人はハッと顔を上げる
怪訝そうな表情を浮かべる男達と
目が合が合った
〃怯えた表情をしろ!!〃
瞬時に藍人の顔がみるみる恐怖に染まる
体を縮ませ、まるで小動物の様に震えて見せる
「な……何ですか…?」
消え入りそうな声で藍人は尋ね返す
男達は立ち上がり
手にした鉈と鍬を見せびらかすように持ち
「お前、あの二人と一緒に村に来た奴だよな!?」
「知りません!!」
藍人は男の質問が終わるより早く
顔を背け大声で否定する
藍人の反応を見た男達の口角が僅かに上がる
そして
嘲るような口調で男は続ける
「この際、男はいい…女はどこだ?」
「だから!あお……!」
そこまで口に出した藍人は
慌てて両手で自らの口を塞ぎ
思わず口に出した事を装う
男達は互いに顔を見合せ、ニヤリと笑う
そして、
「隠すなよ?…あいつ等はどこだ?
俺らに、教えてくれないか?」
静かな口調で諭すように話しながら
ゆっくりと藍人へと近づく
藍人は、怯えきった表情を浮かべ
首を左右に降りながら、
震える足で一歩二歩と後退る
「逃げるなよ」
そう言って伸ばされた男達の手を
藍人はするりと避け
藍人は何とも情けない悲鳴をあげ、
その場から反転し街道を逃げ出した
背後からは男達の走る足音が迫り
「待て!!」だの「逃げれねぇぞ!!」などの
何とも訳の分からない怒号や奇声が聞こえている
藍人は一瞬だけ振り返り
追ってくる男達を確認する
男達は、二人とも鬼の様な形相で
藍人を追って来ている
〃よし!阿呆どもが!!二人とも食いついた!!〃
藍人は、今のところ計画通りに事が運んでいる事を
心の中で歓喜する
そして
藍人は追い付かれないギリギリの速度で走った
もちろん、藍人か全力で走れば
鍬や鉈を持ちながら走る男達を撒くのは
実に容易だ
しかし、それは藍人の計画ではない
出来るだけあの場から離さなければならない
暫く街道を逃げた藍人は
疲弊し息を上がらせたように振る舞い
左右を確認し
比較的、拓けた獣道を選び
森へと逃げ込む
男達も藍人を追って
迷いなく獣道へと入って来た
恐らく男達の目には、
もう藍人しか映ってはいない
この時、藍人が拓けた道を選択したのは
見失われては困ると考えた為である
案の定、男達の追跡は続く
そして、
街道が見えなくなるまで獣道を逃げ続けた藍人は
二度と三度と無意味に方向転換を繰り返す事で
男達の方向感覚を狂わせ
街道までの帰り道を見失わせる
彼らはさながら狩人の気分だろう
彼らは、
自分より圧倒的に弱い立場の者を容赦なく狩る
卑劣な狩人のような気分で藍人を追っている
狩人と呼ぶ事すら、おこがましい
ただ力に酔っただけの者どもだ
彼らは恐怖に逃げ惑う藍人を
勝手に無力な弱者と決めつけている
嘲り、そして侮る
そして
軽蔑し、嘲笑し、蔑ろにし、蔑み
捩じ伏せたい、嬲りたい、踏みつけにしたい、壊したい
そう思っていた事だろう
しかし、
相手に対する侮りや嘲りは
時として極端に視野を狭め
決定的な隙を作る事となる
藍人の真の狙いは、
まさにそこだった




