木山 ②
「さて、どこから話したもんかねー」
木山は緑茶を一口飲むと湯飲みをちゃぶ台に置き
俯いて暫く考え込む。
それからゆっくりと顔を上げ灯を見やると
「私はこの町では変わり者として知られている、聞いた事があるかい…?」
木山は、少し悲しげな表情を浮かべ
灯にそう尋ねてきた。
灯はコクリと頷き
「木山さん…ですよね…」
灯の返事を確かめる様に聞いて、さらに木山は灯に尋ねる。
「あんたは灯ちゃんで間違いないかい?」
名前を呼ばれた事で、
灯は佇まいを正すと
小さな声で「はい」と返事をした。
木山はふわっと優しい表情になり、
手をひらひらさせ
「そんな固くならなくてもいいよ、ゆっくり聞いておくれな」
と言った。
それから木山は立ち上がり部屋の奥から数冊のファイルを持って戻り
その中の一冊を開いて
「この町が村だったのは知っているかい?」
と灯に尋ねた。
灯は、
「はい…ある程度は調べました…。学校の授業でですけど…」
と答えた。
それを聞いた木山は
「そうかい、ではこれは見た事はあるかい?」
そう言って灯に見せたのは古い地図だった。
上には
『昭和元年 色彩村全図』
と書いてあった。
灯は目を丸くし、
驚きを隠せない様子で
「い、いえ、見た事ないです。でもこの時代の書物は先の大戦全て燃えたって図書の先生が…」
それを聞いて木山は、
「そりゃあそうだろう」
と笑う。
「この地図も、ここにある書物も、村の記録は全てここにある。」
灯は木山の言った言葉の意味がわからず混乱した
そんな灯に構わず木山は続ける。
「この四季彩町、いや色彩村は昔から人が存在ごと消える土地なんだ。だから消えた事は誰も気づかない。神隠しのようなものと思っていいだろう。」
普段ならばこんな意味のわからない話は誰も信じない。
しかし、
この木山の話には、
何故だか不思議な説得力が感じられた。
その為、灯は何も反論はしなかった。
「信じられないかい?」
そう言って木山が次に取り出したのは
真新しい1枚の写真だった。
それを見て灯は困惑した。
そこに写っていたのは、紛れもなく茜だった。
隠し撮りの様なアングルで撮られた写真には茜と、
もう一人、
茜と同じ位の年齢の見たことのない男の子が公園で仲良く遊ぶ姿が写っていた。
「この写真は何ですか!?この写真はいったい…」
灯のその様子を見て
木山は変わらない優しい口調で灯に質問を投げ掛ける。
「この写真は私が撮ったものだよ。それよりこの男の子に見覚えがあるかい?」
思いもよらない質問に、
灯は「知りません」とだけ答えた。
それを聞いた木山は続けて尋ねる。
「本当に知らないのかい?年の頃は茜ちゃんと同じ位に見える。恐らく同じ学校だろう。という事は灯ちゃんとも同じ学校という事になるがね」
確かにそうである。
灯は茜の教室には何度か行った事がある。
同じ年齢ならば、その教室で一度は見た事があるはずだ。
そもそもこの町には学校は一つしかなく、
クラスも学年に一クラスだけという閑散ぶり。
茜と同じ学年でなかったとしても
一度も見た事がないというのはおかしな話だ。
それよりもこの後に木山が告げた事実に、
さらに灯は混乱し、思考は完全に止まってしまった。
「この写真に写っている男の子の名前は、水戸野 優翠くん。そう、灯ちゃんの家の真向かいの家の子だよ。」