母親
茜が入院している病院からバスで約一時間揺られ、
そこから電車に乗り換えて、さらに三〇分程の終着駅。
そこが灯達が住む四季彩町である。
十年程前までは、まだ村と呼ばれていたが
都市計画の煽りを受けて少しずつ新しい住宅も増えつつある。
しかし
不便な土地柄の為、人口の増加は緩やかである。
灯も茜もこの町は気に入っていた。
新旧の住宅がほどよく混在する町並みと、
まだ所々残る緑の景観は美しく、
昔からいる地元民の人柄も穏やかで、とても居心地がよかった。
高台にある駅から道なりに真っ直ぐ商店街を抜け住宅街に入る。
朽ち果てた神社の前を通り過ぎ、
商店の脇にある小路を入った先にある比較的新しい住宅。
そこが灯達の自宅である。
夕暮れ時、灯は扉を開ける。
施錠などはされていない。
「ただいま」
灯は少し小さな声で、玄関から在宅してるであろう母親に自身の帰宅を伝えながら玄関へと入る。
特に返事などはない。
ふと足元を見ると母親の靴の他に見慣れない女物の靴が揃えてあるのに気づいた。
とたんに母親がリビングから出てきたのだが、
母は特別な時しかしない化粧と、髪まで綺麗に整えられている。
『またか…』
と思って落胆している灯に、母は最近見せなかった笑顔で話しかける。
「おかえりーー、灯ちゃん、今ね霊能力の先生が来てくださってるのよー」
興奮気味に話す母の後ろに、
黒いローブに身を包み頭には黒のベール。
顔は見えず年齢すら分からない人が現れた。
その不気味な容姿に驚いている灯に、構わず母は続ける。
「茜ちゃんには今悪霊が憑いていて、この人か祓ってくださるんですってー」
母は茜が廃人のようになってから、父に無断で度々この類いの人達を家に上げていた。
この人で実に5人目である。
しかし
どの人も茜を治す事は出来なかった
大袈裟な神棚で不可思議な祈祷をする者、
多額の報酬だけ受け取って姿を眩ます者の他、
得体の知れない置物を守り神と称し高額で売り付ける様な者もいた。
「そ…そうなんだ。じゃ…じゃあお願いします…」
茜はうつむき、小さな声でそれだけ言うと軽く会釈をし、
足早に2階の自室へと向かう。
灯はこの手の人間を例外なく信用していない。
自分が何を言っても母親を止める事は出来ないと知っているのだ。
父に告げ口をした事はあったが、その時は父と母は大喧嘩になった。
父と母の言い分は互いに譲る事はなく完全に平行線をたどった
それ以来、
父は世間体を気にして、高額の医療費を工面する為と母の浪費という理由のもと、
家に寄り付かなくなっていった。