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黒い家  作者: そら07F
176/187

ある日の出来事 黒 番外編⑧

光のない暗闇の中を

暫しの間、彷徨って

行き着いた先


ゆっくりと瞼を開けると

まだ陽の昇らない薄闇の奥に

実に見慣れた天井が

そこにはあった


重たい身体を起こせば

季節外れの汗で

しっとりと濡れた部屋着が

身体に張り付き

気持ち悪い


鼓動と息が

平時より少し速い


数秒、瞬き数回分の

混乱の後、気温のせいか冷えた身体と

次第に明瞭になってゆく

視界と思考


結論だけを言えば

先程までの光景は

夢、だった


だが、勿論の事だが

あれは紛れもなく

“実際にあった出来事”である


あの日、

あの集落で

惨劇は、間違いなく起こった


俺は“運良く”

間一髪の所で助けられたが


他の者、

その大部分は助からなかった

家族も“いなくなってしまった”


これが変な言い回しだという事は

自分でも理解している


何せ“全員”が【死んだ】とは

断定出来ていないのだから

仕方がない


補足をするならば

俺の父、祖母を含む

多数の遺体は、

一部損傷が激しいながら

身体的特徴から、

その場に居た全員の身元が判明し

同時に集落の

ほぼ全滅も確認された


しかし、

母、妹を含む

数名は、集落全体を

隈無く探したにも関わらず

遺体はおろか、

痕跡の一つすら発見されず

今も消息不明となっている


言うまでもないが

これまでの長い年月の中で

微力ながら自分なりに

更には、先代と現代の領主様に

協力を頼み込み

その絶大な権限で

探して頂いた事もあったが


それでも

手掛かりの一つもなかった


手を尽くせる限りは

探し尽くしたとは思う

それでも、今に至るまで

見つからない、という事は


つまり、

【そういう事】なのだろうー


逃げ出して死んだか

敗走した敵に浚われたか

或いは、可能性は極めて低いが

逃げ延びて

全く別の人生を送っているか


その実

行方不明の全員の性別が

女性である、という事からも

生存はもとより、無事である可能性の

低さを物語っている


いずれにしても

再会は叶わないだろう




そう考えるべきだ、と

“表面上は”諦めた



そうは思っても

本心では、きっと

諦めきれてない


時折見る、

この悪夢が

何よりの証拠だ


頻度は

昔と比べれば

随分と少なくなった



助けられ、

ここに来た直後は

毎晩の様に魘され

目を覚ました時には

叫びながら取り乱しては、

周囲の人々を困らせたものだった


その度にー



「それは夢だよ!」


そう言って、

その小さな身体で

俺の身体を強く抱き締めて


「大丈夫、落ち着いてー」


と、俺を宥め

落ち着かせてくれたのは

誰あろう、まだ齡僅か三つだった


現代の領主

敷辺ゆかり

その人だ



すぐ側の

閉じられた襖を見れば


この先で静かな寝息を立てているだろう

その人物に想いを馳せる


文字通り、

俺の命を救った

先代の領主の


一人娘である


「目的さえあれば

 生きていられる」


そう言って、

先代の領主は


俺の事を、

まだよく知りもしないにも関わらず

恐らく自らの命より大事に思う

一人娘の付き人という重役に任命した


正直に言えば

この事がなければ

俺は、すぐにでも

消息不明の母や妹を探しに行くつもりでいた


そして、たとえ、

その道中で命を落としたとしても

構わなかった


【死】は怖くはなく

一度落としかけた物である

寧ろ、本望とさえ思えた


きっと、

それを見抜かれたのだ



「【命が惜しくない】

 もしも、それが本心であれば

 そして、私に対して

 僅かでも恩を感じているのであれば

 命に替えても、守ってやってほしい」


【恩義】

そう口にされ

到底、断る事など出来なかった

と、思ってくれていい


加えて、彼女は

俺の母と妹の捜査を約束してくれた


「お前が闇雲に探すより

 随分と可能性は高いと思う

 それに、見付かれば

 私の権限で、ここに住まわす事も可能だ

 もしも…、いや、これ以上は

 今は言うまい…」


“もしも、亡くなっていたらー”

今になって考えれば

容易に考え付く


兎も角として

当時の俺としては

異常なまでに破格の条件に感じ

俺は二つ返事で承諾したが


この安易な決断を

すぐに後悔する事になる



そうして

引き会わされた

領主の一人娘は

誤解を恐れずに言うなら


【破天荒な娘】

とでも言うべきか


兎も角、

腕白な娘だった


大きな木の身の丈より高い枝に登る

足も着かぬ深い池で泳ぐ

右に左に、上に下に

振り回され、引き摺り回され

ろくに息つく間もなかった


これじゃあ

【付き人】ではなく

【下僕】じゃないか

と、一時でも考えてしまったのは

口が裂けても言えないが


しかし、

それなのに、だが


彼女はどこか

非常に鋭い一面も持ち合わせており

それら数々の悪戯も

決して一線を越えないもの


これをより正確に表現するならば

一見すれば向こう見ずな言動も

その実、自らの力量を正しく計り

それを一度たりとも越えない


そんな、妙な違和感

言い換えるなら

一種の【気持ち悪さ】さえ

覚えるものだった



付き人として過ごし、

数ヶ月が経った頃


限りなく平和に見えていた

この美祭に、ゆっくりと

暗雲が立ち込め始める



始まりは

一人の住人の何気ない

体調不良の訴えからだった


この種の報告は

忽ち、領主の耳に届く事となる


専門の医者がいない

美祭では、この手の案件は

医術の心得のある領主の

領分だからだ



この手の問題は

如何に症状が軽くとも

決して侮る事が出来ない



何せ、その病が

はっきりとした症状を見せるまで

病の種を特定する手段がないからだ


もしも致死性が高く

感染力が高い物だったならー


だからこそ、領主は

常に細心の注意を払う


そうして、

大半の場合は、

事なきを得る



しかし、


そうでなければ






それは、

最悪の結果さえも

覚悟しなければならない







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