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黒い家  作者: そら07F
174/187

ある日の出来事 黒 番外編⑥

大事な物は



ある日


ある時



突然に、

失われる



多分、それは

偶然の産物


そう

“偶然”の重なりだ



その日は、雲一つ見当たらない

抜けるような青空の日


優しい風が

気持ちよく

汗を冷やす


俺を含めた家族

両親と祖母、俺と

数ヶ月前に産まれたばかりの妹は


畑仕事の合間

集まって、午後の一時を

ささやかながら

穏やかに過ごしていた


日々の糧を得るには

実に生半可ではない


勿論、

裕福などではない

それどころか

余裕と呼べるものは

常に無いに等しい


何故、

こんな枯れた場所に

集落があるのか


口承めいた物は

残ってはいるけれど

詳しくは知らない



曰く、

昔々の話

ここら一帯は戦地であり

その戦禍から【落ち延びた】者達が

依り集まって出来たのが

この集落であるらしい



【落ち延びる】

文字通り解釈するなら

戦から【逃げ延びた】

って事になる



つまりは

義に背いた【臆病者】

もっと直接的な表現だと

【裏切り者】だ


実際は、どうなのか

確かめる術はないけど

それでも、事実として

この集落は、隣接する三つの村々とは

一切の関係を持っていない



合理的に考えれば

人口の多い壱識や弐彩と

交易を結べば

生活面は確実に楽になるし


美祭と交流を持てば

いざという時

守ってくれるかもしれない



自分達が仮に、話にある様に

本当に【落ち延びた裏切り者】

だったとして


それは遠い過去の話だ


その頃に生きた人達は

既に、この世にはいない



勿論、一度で全てが上手く行く

なんて夢物語を語るつもりはない


時間を掛けて

真剣に向き合い

真摯に過去を詫びれば


或いはー



そんな話を一度

祖父がまだ生きている時

拙いながら話をした事がある


一蹴されたけど…



俺はまだ

決して諦めてなんかなかった


もう少し、

時間をかけ、研鑽を積んで

まずは皆を説得して

実行可能な策を練り上げる



少なくとも、両親が生きている内に

足掛かりの一つでも作れたなら


何より、目下一番の課題は

もう少し成長してから


その話に

尽きるのだけれど



そう考えていた



その瞬間だった




聞きなれない音が

風に乗り、

微かに耳に届く


それは、

一瞬なら気のせいかと

思える程の物だった


耳を澄ませば、

音は、まだ続いているようだった


俺は立ち上がり

音の出所を探す


家族は

いまだ談笑している

と、父が

「九郎、どうした?」


と、

俺の不審な行動を

訝しみ尋ねてくる


どうやら

この音は


「いや…、今

 妙な音が聞こえてるような

 気がして…」


「妙な音?」と

父は俺の言葉の一部を反芻し

父もまた、風の音に混じる

俺が捉えた不協和音を探し始める


気付けば、気付く程に

その音“等”は

決して一定ではないと分かる



確かに

変化している


音量が、

ほんの少しずつではあるけれど

確実に大きくなっている


音の源、

つまりは発生源が

こちらに近付いている様だった


最早、ここまで来ると

俺や父だけではなく

母、祖母にも聞こえだしたらしい


各々、不安な面持ちで

立ち上がり

耳を澄ませている



そして、

地鳴りの様な音も

混じり出し

言い知れぬ不安を駆り立てた


「父、さん…?」


俺は思わず

隣に立つ父を呼ぶ


「……………」

返事はない


不審に思い、ふと

父の顔を見上げれば


そこには

今までに見たことがない程に

青ざめた父の横顔が

俺の瞳に映った


父の戦いた表情は

俺や家族を、いとも簡単に

絶望へと陥らせる


今、角度的に

父の表情が見えているのは

俺だけだったのが

不幸中の幸いだ


「父さん!」


俺は、

強く父を呼ぶ


瞬間、父が

ハッと我に返ったのが

見てとれた


そして

「お前達は逃げろ

 今すぐに…」


落ち着いた声

いや、感情を可能な限り

押さえ込んだ声で


父は

そう告げる


「え…?」


言葉の意味は理解している

だが、それでも

聞き返さずにはいられなかった



逃げる



逃ゲル



ニゲル



俺と母、妹、祖母


そこに

父は居ない


含まれていない


これが何を意味するかは

不思議と、考えずとも解った


それでも


「父、さん…は…?」


本来的に、

聞いたらいけない


それを聞いてしまえば

答えを知ってしまえば


後悔しか

残らないだろうから


父の緊張が

ふっと緩む

「大丈夫だ、俺も

 後から追いかけるから」


父は

俺の両肩を優しく掴み

いつもの、穏やかな表情と声で

俺に、その言葉を掛けてきた



直感的に

嘘だと見抜けた


「お前は自慢の息子だ

 お前の考えを、親父は…

 お前のじぃさんは

 鼻で嗤ったが、俺はそうは思わない

 いつかは実現して欲しいと、いや

 実現できると確信がある

 お前が先頭に立てば、皆も

 今よりずっと暮らしやすくなる」


「その…みんなの中には…

 父さんも、含まれてるんだよ!」


掠れてしまった声で

それでも精一杯の思いを伝える


父が、ぐっと

何かを飲み込んだのが

見てとれた


それから、

一瞬の間を置いて


「だから、追いかける

 と、言ってるじゃないか

 お前は、母さん達と行け

 俺は時間を稼いだら

 すぐに追いかけるから」


困った様に笑い

変わらぬ、落ち着いた声で

そう続けた


こんな俺等のやり取りに

母も、只事でない事を察して

口を挟みかけたが


そんな母を制し

父が「後は任せたぞ」

そう口にしてしまえば


最早、

母に反論する手立てはない


余計な議論の間は

既にない



遠くから聞こえていた音

初めは、それが何か

解らなかったが


この時には

はっきりと

馬の蹄の音だと分かる



それ程までに

近付いていると



理解出来たからだ




尋常でない事

それも決して“良くない事”が

起きようとしている事だけは

疑いようがない


全身が総毛立ち

生存本能が絶え間なく

警鐘を鳴らし続けている


「さぁ、早く」


父の言う通り

最早、一刻の猶予もない


俺は振り返る


幼い妹を抱える母

老いた祖母


とても非力な三人は

少なくとも

ここにいてはいけない



しかし

それは父も同じ事だ


合理的に考えるなら

父が作った時間で


俺は三人を守りながら

この集落を脱出する


たとえ一人失っても

四人生き残るなら


それを選ぶ“べき”なのは

はっきりと理解している



しかし、でも、

だってー


それらが

幾度も巡っては

決断を鈍らせる



出来る事ならば

誰も失いたくない


……


……………


……………………





そうして

俺が出した決断はー



「父さ…」



「え……」


俺の迷いは

父に伝わってしまった


だからー



「父さん!」


俺は強く父を呼ぶ


きっと気休めにもならない

武器とすら言えないような農具を手にし

全速で走り出した父の背中は


瞬く間に遠ざかり

やがて、見えなくなった



「父、さん…」



それが

【生きている】父を見た



最後だった


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