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黒い家  作者: そら07F
171/187

ある日の出来事 灯と茜 番外③

灯と茜、

二人の視線がゆっくりと交差する


少しだけ潤んでいる茜の瞳には

それだけでも

様々な感情が入り雑じっているのが分かる


割合として一番多く含まれているのは

【恐怖】

だろうか


姉妹喧嘩の原因の一端が

自分にあると自覚しているのだろう


一方で、茜から見た

灯の瞳には

何が宿っていて


茜は何を感じ取ったのだろうか



灯は、

それが【嫌な物】でない事を

祈らずにはいられない


もしかしたら、

茜は自分が嫌われてしまった

と感じているかもしれない



勿論、

そんな心配は杞憂であり

たとえ何があっても、それはない

と、伝えたいのだが


灯が言葉を尽くした所で

それを伝えきる事がー

誤解なく、理解してもらう事が


果たして、

可能であろうか?



「あ…、あのー…」


灯は言葉に窮する

自分から声を掛けておいて

言葉に窮するとは

少しおかしな状況だと思われるかもしれないが


本当にどんな声を掛けたらいいか

迷ってしまったのだから

仕方ないだろう


そんな時だった



「お姉ちゃん…、

 さっきは、ごめんなさい!!」


それは

本当に突然の事だった


「……………」

灯は思わず、

一瞬、体感時間にしても

ほんの僅かな時間ではあるが


言葉を失ってしまった


それは、自分が先に

言うべき言葉だった


そんな事をぼんやりと

思った時には


既に


先程の【一瞬】から

加えて数秒が経過した後だった


灯が、漸く

はっと意識を戻した時には




もう遅かった




茜の潤んだ瞳から

堪えきれずに

一滴の涙が頬を伝い


音もなく床に落ちた後だったからだ


灯の目の前で

茜が瞬きをする度に

一滴、また一滴と


涙が茜の頬を伝い

床へ落ちる



意識は

はっきりしている

それなのに、灯の身体は

動こうとしなかった


いや、

動く事を【忘れさせられていた】という方が

より正確かもしれない


灯が行動出来たのは

その更に数秒後


茜の口から漏れた

こんな言葉がきっかけだった


「お姉ちゃん…、私の事……

嫌い…?」


「違ッ…」


思いもよらない茜の言葉に

灯の口から反射的に出た言葉

紛れもない【本心】からの反論のはずだ



だが……

何故か、それ以上の

言葉は出てこなかった



心の片隅

【僅少】という物より

遥かに、取るも足らない



そんな

あまりに小さな



【揺らぎ】



それが

灯の言葉を邪魔をした


気付いた時には

遅かった



致命的な間



本来であれば

力一杯の否定をしてやらなくちゃ

ならなかったんだ


しかし、詰まった言葉は

乱雑に絡まり、

そのどれもが口から出てこない


灯は完全に

機を逃してしまったのだ



中途半端な否定に終わった

灯の言葉は

茜をより傷付ける結果となってしまった



この間、時間にすれば

数十秒、凡そ一分にも満たない

僅かな時間ではあるが


茜を

この上なく落胆させるには

最早、十分だった



茜は、灯に対して

ゆっくりと背を向け

その小さな背中越しに


「私が、下で寝るから

 お姉ちゃんが上で寝て…」


平常を装いながら

それでも涙で酷く滲んでしまった

その言葉は


灯の心を抉った


灯の口の中

未だ縺れたままの

複数の言葉達は


この時になって尚

一つも形にならない



沈黙は

鋭利な刃となって

茜の心を傷付け続けた


堪えられなくなったのは

勿論、まだ幼い茜の方で


茜は、ゆっくりと

部屋を出ていってしまった



静かにドアの閉まる音

ゆっくりと遠ざかる小さな足音



それらは、

やけに鮮明に聞こえ

全てが去り、


漸く、息が出来たと実感出来たのは

どれくらい時間が経った後だろう


灯は、全身をベッドに投げ出す

そうして始めに襲って来たのは

今までに感じた事のない程の

【罪悪感】


こんな事になるなら

躊躇うことなく

二言返事で【譲って】あげればよかった


次に

【自己嫌悪】


何故、茜の言葉を

即座に否定出来なかったのか?


その答えは既にある

だが、認めたくはない


茜が産まれて、ずっと

我慢をしてきた


そんな意識が

心の片隅に、いつの間にか宿り

あまつさえ行動さえも

乗っ取るまでに成長をしていた事




その為であろう



我慢、は大切だ

だが決して美徳などではない


この世は、理不尽極まる

我慢をする事は、それこそ

星の数よりも多いと言って過言ではない


自らの意思では、

どうにもならない事も多く


我慢する事、それ自体は

生きてく上で

必要不可欠な事である


だが、その一方で


嫌な事は、先程の茜のように

はっきり『嫌だ』と言える事

それはそれとして

人としては必要な事ではある


確かに、過度になれば

単なる【我儘】となるが


より良い環境、状況を求める事

その為の、主張は

決して間違いではない


不遇を甘んじる事は

言い換えれば

怠惰でしかないからだ



さて、と

漸く冷静になりつつあった頭で

灯が考え出した事は


勿論、

この先の展開と対処



茜の問いに即答できなかった事は

今更考えた所で変わらない

後悔と反省こそすれ


不可逆な時間の流れは

やはり不可逆なまま


やり直しなど出来ない



だから、

茜を追いかければ良かった

などの後悔も

今更になっては何の意味もない


せめて出来る事は

その失敗を次に生かす

と刻む事だろうか



今後の対処、

とは言ってみたものの


灯ですら

まだ十歳そこそこの子供


思い付く事など

限られていた



「謝る…、しかないよね…」



他に選択肢などない



ただ、これも

タイミングが最重要となる


闇雲なタイミング

例えば、今すぐ謝ってみた所で

効果は見込めない


理想的なのは

しっかり向き合えたタイミングだ


決して、

【今】じゃない



次に重要なのは

これ以上茜を傷付けない事だろうか



灯は目の前

二段ベッドの下段に

仰向けに寝転んでいるので


目の前には

上段の床板が目にはいる



茜は

ああ見えて、

妙に頑固なところがある


一度譲ると言った言葉を

簡単に覆すとは思えない


仮に

黙って譲ったところで


今以上に拗れてしまうのは

自明である



茜に謝るタイミングまでは

灯が上段を使う他にない



「大丈夫…」

灯は自分の心に言い聞かせる様に

呟く



熱が覚め、

冷静に向き合えれば

こんな姉妹喧嘩なんて


大した事はない



二、三日


それくらい経てば

きっと冷静に話が出来て


元通りの

仲の良い姉妹に戻れる



二、三日など

すぐの事だ



そう、


きっと




すぐ



この間、

茜と必要以上に

口をきけないのは


何よりも辛い


けれど、

これは自分に対する


【罰】


これくらい

甘んじて受けよう




その後は

元通りになる


してみせる




そう、

思っていた





しかし






灯が心に決めた事

茜との【仲直り】は








結果、


果たされる事がなかった







茜が失踪したのは

その三日後の事だった



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