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黒い家  作者: そら07F
170/187

ある日の出来事 灯と茜 番外②

ガサゴソと

灯は後少しで完了する荷解きを

黙々と進める


段ボールを開き

中の小物や、教科書類を

新調された本棚などに収める


内心は、決して穏やかではない

気を抜けば、本等を棚に

乱暴に押し込みかねない


しかし、すぐそばで気まずそうに

同じく作業している茜がいる手前


『乱暴な態度は禁物』


と、

自分に強く

そして何度も言い聞かせ続け

内心とは裏腹に

努めて丁寧な所作を心掛けている


物音を可能な限り抑えるように

一つ一つ慎重に、である



あの後、

灯が「わかった」と口にした後


灯の態度は

意図なく母を逆撫でしたのか

少しだけ、何かが滲んだように見えた


だが、

そこに関しては

母より先に、父が口を挟み


事実上、

庇ってくれた


父は母を言葉巧みにに宥めて

最後には

「後は二人に任せよう」と

母を階下へと促して行った


斯くして、

本当の最悪な状況は

無事に回避された



そして、部屋の入り口から

母が階段の二、三段目に

足を運ぶまでを見送り


無言のまま


つまり、茜と言葉を交わすことなく

作業に戻り、今に至る

という訳だ



ここで、今

決して立場が逆転した訳ではないが

窮する立場になったのは

無論、母という後ろ楯を失った

茜だった



それほど広くない部屋

そこに灯と茜は二人きり


否応なしにも、

視線は、不意に交差する



その度に、茜は

何かを言いたげだが


灯は意図して

視線を外す事で

茜の言葉を遮る


そうして、茜は

その度に

苦しそうな息を漏らす



勿論、大前提の事だが

こんな事では

灯は茜の事を嫌いになったりはしない


言葉だって、

投げ掛けられれば

応答する用意もある


論点だった、二段ベッドでも

その実、抱いた懸念が払拭されれば

別段に拘るつもりも

今更になってはない



では、灯が

まるで避けるように視線を外すのは

何故か



それは

最悪な自分の心を

精一杯否定する為だった


灯は、誰よりも

それこそは父や

寧ろ、母よりも



茜を大事にしたい

意思がある


他人が聞いたら

変だ、と言われてしまいそうだが



先程のような

姉妹喧嘩という

一見フェアな争いは、

ギリギリ許容できたとして


理不尽な言葉


つまり、

【嫌味】などは

決して言いたくない



灯は【姉】という、

我慢を強いられる扱いは嫌いだが


それと同様に…

いや、それ以上に


茜という【妹】の事

そして、茜を守る【姉】という

自分の立場は

決して嫌いではなかった


茜が転べば、

一番に手を差しのべたい

茜が傷付くぐらいなら

自分が傷付くのも厭わない



母のお腹に

茜が宿った時


父母に何度も言われ

更には、

絵本やテレビアニメで見聞きした

【姉】という存在は


常に、

【妹】や【弟】を守る存在であり


茜の性別が分かるより前から

心に抱いた、


それは


正に、灯の根幹、

一番の核である

とも、言えるものだった



さて、

場面を戻して


そうであるならば、だが

今、茜から目を逸らすことは


『茜を傷付ける事に他ならないのでは?』


と、

思われるかもしれない


その点なのだが

その場にあっては

灯には矛盾しながらも

確かな打算があった



それは、灯自身

自らが【姉】として

それ以前に【人間】として

まだまだ未完全、未熟であると

自覚しているからに他ならない


今すぐ、

もう一度、しっかりと顔を合わせ

自分から口を開いてしまえば 


きっと、

【嫌味】を言ってしまう

心にもない、冷酷な物言いをしてしまう


それは、

言葉を交わさない事よりも

遥かに茜を傷付ける


灯なりに精一杯考えた末の

苦肉の策だった



灯は時間を掛ける


自分の心に平穏が訪れるまで


幸い、目の前には

やるべき作業がある


手を動かしてさえいれば

気は紛れるというもの



本を収める度

お気に入りの小物を飾り付ける度

少しずつではあるけれど


未だ心に居座る

陰鬱で醜い【もう一人の自分】が

薄くなっていくのを

確かに実感する



そうして、作業を続けて

陽が傾きだした頃


あれ程部屋を埋めていた

段ボール箱達は

大半が空になり


季節物の入った

そのままクローゼットに

仕舞う物だけとなり


無機質だった

茜との共用の自室は


年頃の女の子特有の雰囲気と

まだ幼さが残る可愛らしさが、

優しく調和した


実に、灯と茜らしい

部屋へと見事に変貌を遂げていた


あと残る作業は

ほんの僅か


時間にすれば

五分か、少なくとも十分もあれば

完了と言っていい



灯は、作業が一段落ついたと

ここにきて漸く安堵の息を漏らし

二段ベッドの下段

この部屋の本当の意味でのプライベート空間に

ゆっくりと腰を下ろす


見れば、茜はまだ

忙しなく作業を続けている



正確に言えば

まだ作業が終わっていない


普通に考えれば

ここで一息ついた灯に

茜が文句の一つでも言った所で

何ら不思議はない


しかし、今

それでも、と、

茜が率先して動いているのは


多分、先程の

【申し訳なさ】

からだろう


事情、

先程まで二人で作業していたわけだが

茜は、灯に気を使っていた事は

誰の目にも明白だった



決して言葉を交わしていなくとも

灯には分かる事だ



お陰で、と言うべきか

灯の心の中にいた

最悪なもう一人の自分は

いつの間にか跡形もなく消えていた



今なら

冷静に話ができる



「あ…、茜」



灯は漸く、

口を開く



出来るだけ、

柔らかな声色で



不意に名前を呼ばれた茜は

一瞬、肩をびくつかせ


「なに…?お姉ちゃん…」


と、こちらに

恐怖やら、その他の感情が入り雑じった


そんな瞳を向けるのだった




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