神髄
【戦闘能力値】
その言葉を聞いて
何を思い浮かべるだろうか
恐らく大半の者が
真っ先に思い付くのは
対峙した相手
それは、
人であれ、獣であれだが
総じて相手を
【無力化する能力値】
を指す
そして、この美祭に於て
置かれた状況を鑑みれば、
対峙する相手とは、
間違いなく人間であり
前述の【戦闘能力値】と称する物
そして、
求められる能力を考えるなら
それは
【他者を殺傷する能力値】
つまりは
【殺人の能力値】
となる
当たり前だが、
その能力値というものは
確かに存在するものの
決して数値化できない
従って、
能力値の高い、低いの判断は
見る者の主観により
常に大きく変動する
より厳密に言えば
指標となる者を零とし
その者より高いか低いかで
判断をする
それなりの人数がいるのであれば
格付け、或いは順位付けが
正確を期する方法がある
ただし、戦闘能力が
高いから、低いからと言って
必ずしも生死の結果に直径しない
何故ならば、
前述の通り
戦闘能力値は、体格、筋力、才能などの固有数値
加えて、体調、状況、はたまた運などの
膨大な変数の塊
絶対に数値化出来ないからだ
先程の指標からの測定方法
また格付け、順位付けといった方法は
あくまでも自軍の数値化であり
相手が自軍でなければ
その者が余程、
名の通った将でもない限り
いや、そうであっても
相手の能力を正確に測る術は、
まずはない
そして、
訓練ではない以上は
競い、高め合うなどの生ぬるいものではなく
奪い合うのは、称賛などではない
敗者が失うは【命】であり、
勝者が得る物は【生きる権利】である
勿論だが、負けは即ち
死を意味する
美祭で今後、
予想される混戦なら
尚の事である
敢えて、言葉にするなら
圧倒的な強者が
数多飛び交う
流れ矢や弾で、或いは死角からの刃で
呆気なく命を落とす事など
何も珍しい事ではないからだ
ならば、そんな戦場で
更には圧倒的な不利の中
【生き残る】には
斯くして
如何なる能力が必要なのだろうか?
どういった鍛練が必要なのだろうか?
碧が藍人に求めた
高めるべき能力とは?
藍人が解に至るのは
もう少し先の話
いや、正確には
藍人が後に至った解ですら
必ずしも正解かと問われれば
そうではないだろう
それに、
知る術はない
何故ならば
碧が【最後まで】解について
語らなかったからだ
つまりは、至った解と称したところで
どこまでいっても
憶測でしかない、という事である
さて、
場面を戻そう
碧は明確な事は
一言も口にせず
つまり、
藍人へ、何か指示するわけでもなく
藍人から視線を外し
ゆっくりと歩きだす
彼が向かう先として
方向から考え付くのは、ただ一つ
この里の出入口である
大門だ
今朝、
葵を見送った門
未だ見ぬ
外界との境
絶対なる安全との
境界線
少しだけ、竦む
碧の足取りには迷いはない
ゆったりとした歩調だが
確実に地を踏み、意思をもって前進する
対して、藍人の足は
拭えぬ不安から
足は地を踏みしめているものの
数歩に度々、一つ、二つ
それは数える程ではあるけど
ふわり、ふわりと
どこか地に付いていない感覚に襲われる
ただ、藍人は付き従う以外
現時点では他に選択肢はない
生き残る力
生き抜く力
それを得るには
きっと
それしかない
無理矢理にでも
そう、考えると
自然と顔が上がり
いつの間にか、視線だけを
こちらに向けていた碧と
不意と視線が合う
そして、
「先に言っておくが、
覚悟はしておけよ?」と
突然に釘を刺してくる
恐らく、
他意はない
口調と声色からも
害意や敵意といったものは
微塵も感じられない
しかしながら
自ずと睨み付ける様な形で
こちらへ向けられた為か
冷たく鋭い眼光と
【覚悟】という単語は
藍人を緊張させるのには
十分だった
だが、それでも、
【主語】がない
この【忠告】なのか【警告】なのかは
定かではないが
ともかくとして、
守りようがない
藍人は碧の
続く言葉を待ったが
碧は以降、
黙ったままだった
便宜的に
「何に対してのですか?」
藍人が、そう問うのを待っているのか
そう思い至り
藍人が口を開こうとした瞬間の事
碧は漸く続けた
この事からもー
いや、それ以前の
碧の立ち振舞い
特に話の間や、
酷く分かり難い、抽象的な物言いに対して
思う所がある人物
より正確な言い方をすれば
嫌悪を抱く者は
凡そ、
少なくないだろう
事実、藍人だけでなく
黒石さえも、決して口には出さないが
正直な意見として
碧の余計な、とも言える間には
特に苦心していたのだ
だが、それ故に
ではあるが
碧の言葉には
何故だかは分からないが
無下には出来ない
させないような【何か】が
常にあった
抽象的でありながらも
物事の核のようなー
そして、やはり
この時発された
碧の言葉には
それがあった
「これから、
お前に教える事は
一見すれば、所謂……
俺自身は、こんな言葉は好みではないが
敢えて言うのであれば【正義】とは程遠い
だが、【正義】とは決して一つではない」
「人それぞれ、
例えば、そこに十人の者がいるなら
十通りの【正義】があり
そうであるべきだ…、だが、
普段は見えなくなっているだけだ」
「【唯一の正義】なんて物はない
“勝てば官、負ければ賊”なんて言葉があるように
勝利までの過程が、如何に
【正義的行い】から外れようとも
この世は常に、勝者が【正義】を謳う
一部の【多数派】が【正義】を謳う
善悪の判断は後の人々が
つまりは、歴史が判断する」
「ならば、常に勝者であり続け
常に多数派であり続ければ
それこそは
【不変の正義】であり続けられるだろう」
碧はゆっくりと首を左右に振る
そして、
「だが、しかし、
そんな事は、誰にも
決して出来ない事だ」
「現在がいかに盛者でも
必ず、いつかは衰える
長い歴史、栄え続けた者はいない
無論、生き続けた者もいない
老いて、朽ち果てていくのみだ」
碧は決して口にはしなかったが
「俺の様に」と、
聞こえた気がした
代わりに、
碧はこう結んだ
「これからお前に教える事は
俺が辿り着いた極地、真髄であり、
絶対必勝の秘術だ
伝授にあたり他言はもとより、
反論はもとより、
指示の聞き返しも、それ以前の疑問を持つ事さえ
許すつもりもない
服従しろ、とまでは
今更言うつもりもない
命令以外は、自らの責任のもとに
考え、行動しろ
ただし、一度命令されたら、
命令されたままを愚直に、
そして即事に行動しろ」
これに、藍人は
少し間を置いて「はい」と答えた
これこそが
碧から与えられた
最初であり、最大の命令だった
後に
冷静になり考えれば
むちゃくちゃな話であったとは
この事であろう