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黒い家  作者: そら07F
150/187

不釣り合いな代償 紫 ⑤

『不義を認める』


奴は確かに

そう言ったのだ


あっさりと

あっけらかんと



まるで、呟きのような

ともすれば独り言のような

何でもない事の様な口ぶりで



それは私にとっては“耳を疑う”

などという表現では、

まるで足りない程の衝撃だった


何せ、目の前の者が非を認めるなど

関係が始まって数百年

ただの一度もなかったのだ



私とて、狼狽するのも、

無理からぬ話と言えよう



だが、

たとえそうであっても



この瞬間、

刹那の時間ですらも

沈黙する事は何よりの愚策だ


何かしら、

反応をしなければー


そういった私の必死の思いに反して、

私の口からは、空気が漏れるのみ

たった一音の声すら出てきてはくれない



「何を…言ってるんですか!?」


その間、

体感では数分


実際には、恐らく

数秒足らず後の事


私より先に声をあげたのは

眞銀だった



これまで一度も聞いた事ないくらいに

最も取り乱した声色



狼狽、焦燥、必死

鮮明に色付いた無彩色の言葉


それだけでも、黒神の言葉が

ただの戯言でない事は明白である



性急になりそうな気持ちを

必死の思いでどうにか抑え


私は、漸くの

冷静を得る



私が冷静になるまでの間

眞銀は黒神と私に対して交互に

黒神へは必死に撤回を乞い、また

私へは何やら喚き散らすを繰り返していた


状況は眞銀だけが

まさに混沌の様を呈していたが



最早、私には眞銀の言葉など雑音

それどころか環境音にすら劣ると思える程に

どうでもよい音でしかなかった


私は十分に機を見計らい

口を開く


「つまりは、藍人達への接触

 それが不義であり

 間違いであると認める

 そういう事か?」


私が言を切った瞬間、

眞銀の顔がぐるりとこちらを向き

その表情がこの上ない怒りに染まるのが

見てとれた



「今、私が黒神様と

 お話しているのが…わからないのか?」



苛立ちに震えた声で

それでも眞銀が凄む



私を真っ直ぐに睨み付ける眞銀の眼は

再度「身分を弁えろ」

とでも言いたげな眼ある



それもそのはずである

私は眞銀が黒神に訴える言葉を遮り

黒神に言葉を投げたのだ


無論、

私は敢えて眞銀の言葉を遮ったのだ


つまりは

意図した機であった事は

今更、言うまでもない



ともあれ、

私が言を止めるつもりはない


むしろー




「答えろ、“化物”」




私が追撃の言を切った


まさに、

その瞬間の事だった


再び眞銀が、

こちらへ振り返る


先程と違い

不気味な程にゆっくりと、である



“化物”



その私の言は、

実に分かりやすく

故に最大限の効果のある



“挑発”だ



案の定、

と言うべきか、眞銀には、

この上なく“効いている”



そこまではまさに、

私の狙い通り

ではあるのだが




次の瞬間、

私の背筋は凍った



ゆらりとこちらを振り返る眞銀の表情からは

全ての感情が消え去っていたのだ



無である



安易な憤怒の感情が臨海を越え

極めて純粋な“殺意”だけが残った

そんな表情である


『殺してやる』


そう言葉にしていないだけで

正確に伝わってくる


次の瞬間に、突如として

一度は収めた先程の鎌で

私に斬りかかってきても


なんら不思議ではない



いささか

火力を強め過ぎた感は否めないが


無論、

私も今更撤回する気も


また、

引くつもりはない



斬り合いが望みならば

望むところである



眞銀の眼に、

ひどく狂気じみたものを感じ


それが紛れもなく本気である事は

最早、疑いようがない


一度は鞘に納めた刀の柄を握り直す

私の手にも思わず力が入る



一応言っておくと、

私と眞銀の力量から考えれば、

その差は歴然だ


単純な斬り合いであれば

武の才などが、まるでない私には

万に一つの勝ち目もないだろう



しかし、だ



私とて、お人好しでもなければ

決して勝ち目がないからといって、

簡単に諦めてしまう程の敗北主義者でもない


だからこそ

ただ黙って斬られてやる道理もなければ

無論諦めてやるつもりも、

まして、怖じ気づいて主張を変える気も

更々ない



それに彼女らとて

斬られて死ぬ事はなくても

痛覚はあるらしい



空気は痛いほどに張り詰め

場はしんと静まり返り

僅かな物音でさえも

殺し合いの開始の合図足り得る



互いに感覚的な緊張を覚える

たちまち静寂が場を静かに支配する




その時だった


不意に黒神が

「フフフ」と含笑を一つ




斬り合いの開始となり得る

物音、或いは相手の僅かな隙などの

“合図”を待っていたためか


場がこれ以上ない程に静まり返っており

常なら微細な音のはずの


それは


不思議なほどに

やけに明瞭に聞こえ



私だけではなく、眞銀さえも

思わず黒神に視線を向けた



十分に計られた間


絶妙な機で発せられた

それは



最悪な状況にしかなり得なかった

この場の、そんな雰囲気でさえも

いとも簡単に一転させてしまった



黒神は、敢えて

眞銀や私の激情が沸点を迎える寸前を狙った


そうする事で、所謂

“茶を濁す”や“肩透かしをー”

といった印象を強く演出する事で

場を納める事が出来る



所詮は結果論じゃないか?

との疑念をもつ者もいるだろう


だが、この黒神の事である

そうなると確信していたのであろう


そして、実際

その通りになった



実に狡猾な奴であると

言わざるを得ない



同時に、ひどく

忌々しくもあるのだがー



言うまでもないが

強者であるが故に、自らの力を過信し

無計画に、そして無警戒に

それを振るう者の方が

相手にするには、やりやすい


勝負を急いて大振りする者

弱者を侮り、面白半分に嬲る者



これらは、

歴史が証明する様に

大抵の場面、失敗する


知恵を磨き

綿密な計画のもと、小賢しく奇を衒う弱者に

容易に足元を掬われるのだ



大事なのは、まず、

相手を客観的に捉え

決して相手を侮らない事


机上の空論、

目下の成功体験は勿論


『こうなればいいな』

との都合のいい推論

また

『こうに違いない』

との勝手な既成概念や先入観


これらは、

あくまで参考にこそなれ

物事の決定材料には

決して成り得ないのだ



私は、黒神の能力を

かなり高く評価している


不必要な事など

決して行わない


全ての言動に意味があり

また、感情に踊らされる事なく

全て適切に処理する



つまり、だ

黒神が藍人達を巻き込んだ事、

それを不義だと認めた事


更には

眞銀のを止めた事にも


全て意味がある

と、捉えて

まず間違いない



いや、正確には

最後の事柄


“なぜ眞銀を止めたか?”

これについては

おおよその見当はついている



だが、

“藍人を巻き込んだ理由”

更にそれを“不義だと認めた理由”


これについては

さっぱり見当もつかない



だが、


これらは

重要な事であるのは疑いようがない上に


壱識と弐彩の事もあり

歴代の領主手記群を再び精査する暇もない



ならば、どうするか?


直接聞くに限るというものだ



しかし、

黒神と話をするにあたり

さしあたって、一つ

大きな問題があった



眞銀の存在である



彼女は

私と黒神が話をする際


先程までのやり取りだけでも分かったと思うが

度々、余計な横槍を入れてくる


それでは、

遅々として話が進まない


はっきり言葉にするなら

“邪魔”なのだ



だからこそ、

私はわざと、ここで彼女を憤慨させ

彼女の存在が、この場に於いては“無益”である

と、黒神へ伝える手段とした


そして、眞銀は

そんな私の安っぽい挑発に対しても、

まんまと乗り

あまつさえ私を手に掛けようとすらした



それは、後に語るが

言うなれば、

彼女らが犯してはいけない道理の内の

最大の【禁忌】であり


寧ろ、仮にそうなっていれば

それは同時に、その瞬間


私と彼女らの

“賭け”の破綻を意味し


果ては、私の【勝利】

になったのだった


とだけ

言っておく事にしよう



ともかく、であるが

未だに完全に冷静になりきれていない眞銀は

この場では黒神にとっても“無益”であり

ともすれば“有害”であったりもするのだ



案の定、

次の黒神の言葉は

眞銀に対して


「下がれ」


との命令だった



命令が下った瞬間

眞銀は、ほんの少しの驚きと

その直後、この上ない

落胆や悲壮の入り交じる様な

そんな表情を浮かべ


だが、それでも

一言の反論もせずに

「はい……」と

短い返事を返し

後ろに下がって行った



その途中、

眞銀は一度だけ、

それも一瞬ほどの短い時間だが


私と視線を交差させてきた


眞銀の容姿は

呆気なく、可愛らしい少女である

それは疑いようがないのだが


そんな少女が、一体どうしたら

そんな表情ができるのか?


ふと、私が

そんな疑問を抱くような


何とも言えない恐ろしい睨みを一つ

私へ送り、その場から静かに去っていった



それは眞銀なりの、精一杯の

抗議だった事には違いないのだろうが



それを向けられた

当の私はと言うと

恐怖や、それに準ずる感情は

全く湧いてこず


それどころか

正直、笑いを堪えるのに

必死であった



だが、決して

私は彼女を嘲笑したかったわけではない


むしろ、今、目の前にいる黒神より

よほど人間臭い反応を見せる眞銀に対して



ほんの少しだが



親近感にも似た何かを

覚えたのだ



そう、

理解した





何はともあれ、

眞銀は下がり


こうして、ようやく

私は黒神と一対一で話が出来る



これは、言うまでもなく

またとない機会



好機である



ここで私は黒神から

最大の譲歩

つまりは最大の利益を

勝ち取らなければならない



そう、

覚悟を決め、

改めて視線を上げた私は


暗闇においても尚

異質な存在感を放ち

一見、不気味であるのだが

ともすれば、魅了され

吸い込まれてしまうような錯覚を覚える


そんな妙な魅力を持つ

血の様に鮮やかな瞳と


対峙するのだった



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