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黒い家  作者: そら07F
149/187

不釣り合いな代償 紫 ④

大変に、

本当に大変に遅くなりました


待っていてくれていた方

また、待ちくたびれてしまった方


本当に申し訳ない気持ちで一杯です


言い訳のしようもございません


【身の程を弁えなさい】



重く冷たい眞銀の言葉が

私の中で何度も繰り返し、反響する



そうだ…、

私は人間なのだ


これは今更、

言われずとも

痛い程に自覚している


自らを神と称する

彼女らに比べれば


私などは

下賎で卑しく、

無力で愚かな



ただの、

人間だ



彼女らが私達

“人間”を蔑む理由は

幾つかある



何よりは

人の脆さだ


先程、私が黒神の喉元へ

刃を突き立てようとした事が無意味だと

そう話した事を憶えているだろうか?



信じ難いだろうが、これは、

紛れもない事実である



言葉を飾らず、

また、“誤解を恐れず”語るなら

彼女らは【殺せない】のだ



いや、いくらなんでも

これでは余りにも言葉足らず


このままでは、想定以上の

過大な誤解を招きかねない…


少しだけ、

補足する事としようー



その前に、

一つの事実を述べる


人はの命という物の

“脆さ”について、である



人は心臓を突かれれば

それが僅かな傷であろうと

死ぬ


それが

肺や肝であっても然り


首を落とされれれば

死ぬ


たとえ首が繋がっていても

生理活動を司る脳が損傷を負えば

死ぬ


人は血の総量

その約二割強ほどを失えば

死ぬ


一定時間、

呼吸を制限されるだけでも

死ぬ


毒物を服せば

死ぬ


また、

そんな比較的に特異な

外的要因でなくとも


渇けば死ぬ、

飢えれば死ぬ


病に伏せば

大抵の場合、死ぬ


そして、幸いにして

そのような事がなかったとしても

時期に個体差こそはあれども

人の身体は、一つの例外なく

いずれ寿命を迎える



対して、

奴らを“殺す事”は叶わない


心臓を刺しても

首を落としても

毒を盛っても


私は、いや

人間では

奴等を殺せない



だが、

勘違いしてはいけない


奴等は決して

“不死身”などではない



他の生物と同様

奴等にも【寿命】が

あるのだ


だから、

奴を殺す事が出来るのは

“時間”だけ、という事である



奴等は、決して

悠久の時を生きる訳ではない




この事実を一つの足掛かりとして

我々、歴代の領主は

自らの命を代価にして

(ことわり)を求めてきた



そして、

私の代になり

持てる全てを掛けて



奴らに挑む時が来た



だが、

私が奴らに挑む理由

動機は、単に

役割が私にあるだとか

それが一族の悲願であるとか



そんな高潔な物ではない、と

理解してもらいたい



一族の為

そんな何の足しにもならない事など

関係ない


第一、私が知る領主は

母ただ一人



正直な話、

顔も知らぬ、

母以前の歴代の領主達の事など



私には、

やはり少し遠いのだ



無論、彼女らに対しての

感謝の念が全くないとは

当然だが、言うつもりはない


彼女らが苦心してくれたお陰で

私は今、この者等との勝負を


この上なく

対等な形で挑めるのだから



しかしながら、それらを加味しても

彼女らの全てを背負える程

私は器量の大きな人間ではない


だから、私が

奴らに挑む理由を問われるなら



この美祭の為だ


顔も名前も見知り

何も持たぬ私を支え続けた

美祭の民の為だ


そして、母の為、

とでも言うべきか



何にせよ、この場で

一番聞きたかった事は

聞く事が出来た


曰く、

黒神達が藍人達に接触した事は

まず間違いなく、更には

壱識と弐彩の画策にも

恐らくは、関わっている


詐言、とも

考えられなくもないが


その可能性は限りなく低い


平静の時の言葉より

激情に駆られた時の言葉の方が

情報のほうが、


よほど信憑性がある

と言うものだ


その為に、私は意図して

憤らせるような言葉と態度を

選んだのだー



その点、眞銀は

扱いやすくて助かる


彼女は、黒神を貶める言葉を

ひどく嫌う


その上、私を筆頭に

人間というものに【下等】の焼印を押し


見下している


憤慨させ、我を忘れさせる事は

至極簡単な事だ



この場合において、

何より私が、

一番困る反応としては…



私は、

黒神の方に視線を移す




案の定、とでも言うべきか

彼女は今尚

穏やかな表情を崩してはいない



一体、何を考えてるいか

全くわからないものだー






“人間は、そこに存在するだけで

 情報の塊である”


そんな言葉を

聞いた事があるだろうか?



人は、他人から受けた言動に対して

何らかの感情を抱いたなら

それを言葉、或いは表情に表す

他の動物とは全く違う

心豊かな生物である



だが、それ故に

偽りも横行する


詐言を口にしたり

知っている事を秘匿したり


そういった悪意からの

虚言が大半であるのだが


善意から発せられる

優しい嘘という物も存在する事も事実だ


親が子供を宥める為に使う言葉にも嘘はある

人間関係を円滑に進めるにも

世辞という名目の嘘を活用する場合もある


そして、

死に際に見せる笑顔にも



嘘はあるのだ



これらの事から、

この世の全ての虚言が悪だとはいう事はなく


また、以上の事柄からも、

たとえ嘘を言うからと言って、

あまねく悪人と言うわけではないと

結論付ける事ができるのだ



人間は、私も含めてだが、

嘘をつかない人間は

存在しない



とはいえ、言葉の正否を

出来るだけであっても

正確に判断しなければならない場面が

存在する事も、また事実


そして、それらの言葉全てを

精査する事は極めて困難である


かくゆう私も

全ての言の虚実を

正しく見極められているか、


そう問われれば

そんな事は絶対にない



だが、私のような

立場ある人間同士の交渉事ともなれば

虚実が入り交じり、思惑は巧妙に隠される


その中で、

妥協すべきは妥協し

認めぬ事は決して譲らず

最大限の利益を追及しなければならない


交渉の如何によっては

全てを覆される


思わず隙を見せてしまい

全てを奪われた者も何度も見てきた


正に以前の

美祭(ここ)のように、だ



“裏付けのない言は全て、詐言や甘言で

 決して信じられる物ではない”



これは、幼い時分に即位し

長い時間を領主として過ごした

私が得た、数多くの教訓の一つだ



ならば、

相手の言葉に対し

いかにして裏付けを取るか、



そこで前述の言葉に戻る

“人は存在自体が情報の塊”という奴だ


通常の場合、

交渉相手の立場や普段の人柄はもとより

交渉の前段階で予測される事柄は

全て頭に入れておく事は大前提だが


一度交渉が始まれば

それらを駆使する事はもとより

目の前の相手の全ての言動から

情報を得る事も怠ってはならない



私の場合に限れば

特に“眼”に気を配る


視線、瞬きの回数、瞳孔の拡縮

これらは何より雄弁に真実を語る


更には、顔色、表情筋の微細な動き

息遣い、指先の僅かな動きなど

目に見て分かる物は全て

有益な情報と言える


意識すれば隠せる表情や

その気になれば

いくらでも作れる言葉などより


より無意識に近しく

もっと言えば

生理現象とすらも呼べるそれらは

よほど強く意図しなければ

完全に隠す事は困難であり


何より

信頼がおけるというものだ



これで、数々の修羅場をくぐり抜け

更には何度、死線をくぐり抜けたか

数えきれない



だからこそ、なのだが

この時、目の前の黒神の反応は


私にとって最も都合の悪いものだと

言えるのである



憤らせるわけでもなく

また、侮るわけでもない

既存の感情の介在する余地のない



“無”そのものと言える



こうなってしまえば、

私には有効策がない


もっと分かりやすく言ってしまえば

付け入る隙がない



ならば、

奴の出方を待ち

そこに僅かでも活路を求めるしかない


実に非効率な

“出たとこ勝負”というやつだ



それから幾分の沈黙の後

私がそれ以上の発言をしない事を確認出来たのか

黒神が口を開く



それはー




「今回の件の

 お前の言を……つまり、

 我らの不義を認める」




予想の斜め上、

という表現では

到底足りやしない


まさに常軌を逸した

そんな言葉であった




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