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黒い家  作者: そら07F
145/187

不釣り合いな代償 黒と碧




藍人が縁側で

寒空の星空を仰ぎ


もしもー

と考えていた



丁度、同じ時刻



静まり返る美祭の中とは

対照的に

この季節特有の、

冷たく強い風が木々を揺らし

葉音がやけにうるさいく感じられる


ここは、

美祭のすぐ側の雑木林


その獣道を行灯の灯りを頼りに

足早に美祭の方角へと進む人影が

二つ


行灯を持つのは大柄で、

かつ体躯のいい者

行灯に近い分、よく照されているので判るが

黒石である


対して、

もう一方は、

全体的に細身で、一般的な大人と比べれば、

少し小柄とも言える者

その身体の凹凸からも判るが

この者も性別は男性である


年齢は五十代といった所か

普通であれば、後輩に席を譲り

一線を退いていても不思議でない



一見して横に並ぶ様に見えて

それでも少し前を歩く黒石


黒石は唐突に口を開く


(へき)、本当に

 間違いなどではないんだな?」


話を振られた細身の男

黒石の言葉から 

名を(へき)と言うらしい


碧は、

前触れなく立ち止まる


合わせて、

黒石も足を止める


碧は懐から細い管の様な物を取り出すと

更に懐から小さな袋状の物を取り出し

ごそごそと、何やら準備をした後


黒石に行灯の覆いを下ろすように

手振りで指示する


黒石がそれに黙って従うと

そこらに落ちていた適当な細い草に火を取り出し

火皿に火の付いた草を入れ、

慎重に細かく吸っては刻み煙草に火を付ける


煙草に火が付いた事が確認出来たら

草の火を消し、深く呼吸して

肺を煙で満たす


そうして、

碧は一回、二回と煙を満喫してから

漸く「ああ、間違いない」と、

酷く短く黒石の質問に答えるのだった


この一連の動作には、

慣れていても数分は掛かる

暗闇の中であれば尚更である


わざわざ立ち止まらさせられた上に

本来なら数秒で終わるやり取りに

数分も掛かるとは…


彼が何をしているかわかった後半は

黒石でなくとも、

誰もが少し苛つく場面だろう


しかし、そんな碧に対して

黒石が異を唱える事はない


年上であるという事が

理由の一つ


もう一つは

碧とはそういう人間なのだと

黒石はよく知っている


いちいち腹を立てるだけ

時間の無駄なのだ


更に付け加えるなら

黒石は、この碧という男を

高く買っている


と言うのも

彼の【野生の勘】とでも言うのだろうか

【危機を察知する能力】は

常人のそれと比較しても並みを外れている


それは、他よりも小柄で

戦闘能力が低い碧が、必死の思いで身に付け

過酷な戦場を生き残る為に磨いた

一つの才能


危機を誰よりも早く察知し

極力、正面戦闘を避け、

生き残りに徹する



正面戦闘に長け、

戦場で先陣を駆ける黒石は

謂わば【陽】である


闇夜に紛れ、諜報活動を主とし、

情報を確実に持ち帰る事で、

その後の戦闘を優位にする

碧は【陰】である



どちらが欠けても

成り立たないのだ



それにしても、

である


碧は如何にして今回の情報

つまり、壱識と弐彩の

水面下の接触という前線の向こう側

もっと言うなら、

敵の懐にある様な情報を掴んだのか


そして、何を以て

確実な情報としたのか


これは、黒石には

全く判らなかった


碧の喫煙時間の小話として

黒石は軽く切り出したつもりだったが

碧は「“クロ”」と名を呼ばれ話を制され


更には、向けられる鋭い眼光と

「“お前”は聞かない方がいい」

との言葉で、

あっさり一蹴されてしまった



ここまでのやり取りで

十分に伝わったとは思うが


碧は黒石を

嫌っている節があるように見える


遅まきながら

碧は黒石を常は“お前”や“小僧”と呼び

希に“クロ”と呼ぶ


美祭に於いて

黒石を“そういう風”に呼ぶ人間は二人

敷辺と碧のみである

他の人は大抵、“黒石さん”や“隊長”と

更には“様”付けの時もある


敷辺のそれは、

普段の二人のやり取りで解るように

自らの威厳を誇示する意味と

ほんの少しだが、昔馴染みという親しみからの

呼び捨てであると予測できるが



碧からのそれは

決して愛称などではなく、そこには、

憎しみすらも含有されているように感じる



無論、

理由はハッキリしているのだが

現時点に於いては明確な解決策もない上に

長くなるので、ここでは割愛するとしよう


ともあれ、

それでも話をしておかないといけない事として


現時点で、黒石は近衛隊の首領であり

碧は諜報部隊の首領兼、

前進活動拠点の責任者である


立場として、どちらが上であるといった

そう言う理論が無意味であるという事はもとより


今後の作戦の立案実行に際して

このままではいけないといった懸念を

黒石は持ち続けていた



さて、碧に小話までもを拒絶され

遂には重苦しい沈黙が訪れていた



居心地の悪い空気に

どこか気まずそうにしている黒石


その黒石の姿に、“見かねた”

というと少し語弊があるかもしれないが

碧が重い口を開く



「……本気で好いている女を理不尽に奪われ

 全てを懸けても、その女を助けると決めた時

 男は一体どんな事まで出来ると思うか?」



「…は…?」



碧が口にした言葉に対して

黒石は何とも間抜けな一文字が口から漏れる


碧は時折、黒石に対して

そんな難解な謎かけを投げ掛ける


無論、理由がないのであれば

ただの偏屈なのだが

当然、そんな事はない



黒石は、

深く考えてみる



もし、自分の大事な人が

理不尽に奪われたなら


もし、

その人が自分に助けを求めていたなら


「全てを…壊してでも……」


そして、奪った相手が

その地を統べる領主のような存在

或いは、それに準ずる立場の人間なら



「俺、なら……里を…傾けてでも…」



そこまで思考して

ぞっとする


そうなのだ、

仮にそうなった時、“力のある黒石なら”

見境なく、全てを壊し尽くすだろう


だがもし、自分が非力なら

“自分の代わりの誰か”にそれを託す事は

なんら不思議な事ではない



そんな折、

目の前に

碧の様な人物が現れたならー



ここまでの話でも、

十分に背筋の寒くなる話ではあるのだが


この話の本当に恐怖すべき点は

そこではない



そこに気付いた時

黒石ともあろう人間でさえ

酷く顔を青ざめさせた



そもそもである


この状況自体が、美祭にとってのみ、

都合が良すぎるのだ



全てが仕組まれている

そう感じずにはいられない



黒石の思考が

そこに至った事を感じ取った碧は

即座に喫煙を終わらせ

咳払いを一つしてから

黒石に対して、こう告げる



「さあ、休憩は終わりだ…

 先を急ごう

 ぼやぼやしていたら朝になる

 お前は“昨日の夜”出発してから

 ろくな休みもなく歩き続けているだろ

 普段なら往復に三日はかかる

 前進拠点との往復の道のりを

 今回、お前は僅か一日で往復している

 早く戻って休まなければ、身体を壊してしまうぞ

 無茶を止める気はないが…少しは自重しろ」



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



俺は、黒石の様子から

その思考の深さを察した


そこまで行き着くとは

成長したと言うべきか…

はたまた

出した手掛かりが簡単過ぎたか…


恐らく

後者であろう


何にせよ、

この程度の事で青ざめるとは

全くもって甘いものである



俺が指揮する隊

便宜上は諜報の為の部隊である


だが、その実

相手にしているのは

人口も軍事力も格上とされる

壱識と弐彩である


どちらも

一筋縄では通用しない事は

誰の目にも明白だ


王道である間諜や

侵入諜報活動だけでは

正確な情報を“素早く”掴む事など

到底、出来ようもない


情報とは、如何に早く

正しい情報を掴むか


そこに重きを置く必要がある



なぜなら、どれ程

正しい情報であったとしても

何かがあってから、では

無意味だからだ


或いは、

知り得た時点で既に、対処不能

といった事にもなりかねない



俺らの隊が持ち帰る情報を基に

領主である敷辺が策を練り

クロが率いる隊で確実に対処する



これが正に

理想的な形である


情報の精度は

作戦の立案と実行に大きく影響がある

策を練る、作戦を立てる、確実に対処する

このどれにも迅速な情報は不可欠


ならば、

極めて簡単な話であるが



手段など、

選んでられないのだ…



この隊、つまり

俺の部下員は、クロの指揮する近衛隊同様

敷辺が編成する



各部隊は、既存の守衛の中、

新米達を除いた、所謂

熟練者の中から

選り抜きを揃える


だが、

諜報隊が唯一、

近衛隊と明確に違う点があるとすれば


その知名度、

といった所だ


クロの率いる近衛隊は

謂わば、全ての隊の花形

その高い戦闘能力の評判は

敵里である、壱識や弐彩にも轟いている


その存在自体を抑止力にする為

また、同時に

美祭の住民に対する安心材料の意味合いもある


高潔さを売りにした隊


【光】である



対して、俺の指揮する隊

正式名を

【前線防衛、並びに諜報、工作隊】という


仕事内容として

公には、前線の警護

万一の時の警報を発する隊となっているが


無論、

それだけではない


まずは、斥候

次に潜入諜報と間諜、

それに、有事の際の時間稼ぎ

破壊工作や、果ては暗殺任務

なんてのもある


つまりは、公に出来ない汚れ仕事の隊

【影】の部分を担う隊という事である


その為、知名度は皆無

たとえ美祭に住む者ですら

存在を知らない隊である


敵にも味方にも秘匿された任務を

粛々とこなす隊


隊員には

所属の秘匿が義務付けられ

自らの所属を家族にすら明かせない


聞かれたなら

「前線警護の隊」と名乗る決まりとなっている


これは、

家族を危険に晒さない配慮である


所属を知られ

家族を人質に捕られるなど

笑い話にもならないのだ



それにもう一点、

最も重要な掟として

【決して捕虜とならない】

としている


それは、

諜報活動に従事している事と関係し

持っている情報は

他の守衛群や近衛隊と比べても段違いであり

それこそが美祭の致命傷となりかねないからだ


では、

どうするか?


簡単な話である




この隊に属する者は全て

捕虜となる前に、死を選ぶのだ




最も危険と隣り合わせの隊であり

従事する事が否定的な面だけに見える隊だが

無論、そんな一面ばかりではない



まずは、前線部隊は

所属する事で

家族の生活面の保証が約束されている事


この部隊が初編成されたのは

凡そ七十年の前に遡る

実に先々代の領主の統治時の事であり

開祖当初に編成された近衛と比べれれば

随分と歴史の浅い隊だ


だが、

初編成の時、既に

美祭は高度の法治里であり

知識の蓄積も十分である


その為、その時の領主の名に於いて

制定された数多くの約定には

遵守に無理な物は定められていなかった


その中で、

条文の、いの一番に

家族の保証は、事細かく

定められている


そして、これら約定は当時から、

いくつか改訂された物もあるものの

家族に関わる約定だけは代を越えて

今も変わる事なく存在する


そして、

その約定は

隊員の退役、或いは死後にも適用される


つまり、

危険は勿論だが

後顧の憂いも、可能な限りは取り除かれ

隊員は心置きなく任務に邁進できるという

そんな仕組みなのだ


次に、

圧倒的な自由度の違いだ


行動に、正義や公平、

高潔さを求められる近衛隊と違い、

前線は美祭からは

片道でも一日半の距離がある

そもそもが敷辺の目の届きにくい地だ


ある程度の事は把握されているとはいえ

黙認せざるを得ない状況の特性上

非道極める事由を除くが

一定の事柄は許容されている


一例を挙げるなら

現地調達を条件とした

飲酒の自由


また、強姦行為を除く

情事の自由である


これらの事柄で彼等が

無法者達の集まり

烏合の衆の様にも聞こえなくはないが


今回の藍人達の宴の様な催しにも参加できず

また、基本的には

家族とも満足に会えないのだ


その為、この辺りは

正直に言えば仕方ないのだ



とは言え

彼等とて士気が低いや、統率がないとは

全く違う


一度、開戦ともなれば

彼等は卓越された連携で

最高の働きを見せる事であろう


そこは専ら

長年寝食を共にした事はもとより

死地であっても仲間を見捨てない姿勢や

そこから来る

長年の仲間間同士の絶対的な信頼度の高さから

成せる業である事は、言うまでもない事だ


彼等は、互いに

それが避けられず、

また仲間の生存へと繋がる確信のもとであれば


喜んで、

自ら死を選ぶことだろう




兎も角

俺の隊も総合的な戦闘能力は

連携を発揮し、かつ、

数が大きく劣らなければ

壱識や弐彩の正規軍は勿論

美祭の近衛達にだって

見劣りはしないはずだ


現代の敷辺も

その点は大きく評価している



ある意味に於いては

認められているが



だからこその不満もある


だが、

これもまた、

長年の積み重ねであり


到底、

解決策などはない






今は……な






勘違いはしないでほしいのだが


確かに、

前線部隊の中には近衛に対して

不満を抱えている者もいるにはいるが


少なくとも

俺はクロを嫌ってなどはない


ただ、少し


ほんの少しだけ

期待をし過ぎているのやもしれない…


しかし、

それも仕方なかったのだ…


クロの成長は目覚ましかった

俺と違い戦闘の才能もあった


この様な若者が

前線の隊を率いてくれるならば

俺は喜んで役を譲っただろう


この隊の隊長は

あの様な者が成るべきなのだ


そして、俺は

彼の指揮下で、まだ青臭い彼を支え

彼と共に酒を飲み明かし

必要とあらば、彼の為に命を捧げただろう



だが…

現実は違った……



クロが選んだのはーー



この思いを

俺はクロに対して伝える事は

決してない


故に、俺の態度の理由も

クロは知る由もない



俺は先代の近衛隊長とも

良い関係を築けていたから


それを自分が打ち負かしてしまったから


その後、経緯はともかく

果てに彼は自らの命を絶った形となったから


そう思っている事だろう?




せいぜい勘違いしたままでいるがいいさ




どちらにせよ

俺も、お前の選んだ【あの人】も


この戦いが終わる頃には


きっと、

この世には

いないのだから……




そんな事を思い

俺は星空を仰ぐ


そんな瞬間

噎せるように抑えられず数回の咳をする


掌で口を押さえても漏れる

痰の絡むような

息苦しい咳は数回を数え

尚、止まる気配はなく続く


直後

少しだけ前を歩くクロが、足を止め

こちらに心配の眼差しを

送ってきたのが横目でわかったが


俺は咄嗟に

「大丈夫だ」と身振りで応え

無理やりにでも咳を飲み下す


彼は溜め息一つ漏らして

再び足を進め出す


クロの視線が俺から完全に外れたのを確認し

俺は素早く、

先程自分の口を押さえた掌を

そこらの適当な木の幹で雑に拭う


そして、何事もなかったかの様に装い

彼の後を追うのだった



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