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黒い家  作者: そら07F
144/187

不釣り合いな代償 藍と朱

時刻は既に真夜中

藍人は独り、敷辺の別宅の

庭を望む縁側に腰を降ろして


眠れぬ夜空に思いを巡らせる



あの後、梯子を登り

やけに重たい二枚目の扉を開けると


そこは、

敷辺の別宅の、すぐ側

雑草の茂る原だった


まず自分が縦穴を這い出て

後から登ってくる葵に手を貸し

その後、

もう一度縦穴を覗くと、いつの間にか

既に一枚目の扉は固く閉じられていた


彼女に案内の礼すらも出来ず、

藍人達に出来た事は

今、自分達が出てきた扉を閉める事


その際、

何の気なしに扉の周りを見ると

雑草や土が不自然に荒らされたように見える


恐らくは、この土や雑草は

この扉を隠す意図で

扉の上に盛られていたのだろう


扉が、やけに重たかったのも

これで説明がつく


仕方のない事とはいえ、さすがに

このままという訳にもいかない


藍人達は終始無言で周りの土や雑草を使い

なるべく不自然にならないように

扉を隠した




葵は別宅に戻ってからも

深く沈み込み、一言も言葉を発さないまま

身体を小さく震わせていた



藍人は、その小さく弱々しい背中を

そっと抱いて共に布団へと導く


彼女は、ほんの一瞬だけ

戸惑いの表情を浮かべたが

自分に触れた相手が、藍人であると解ると

精一杯の安堵の表情を作り

その身を、そっと藍人へと預けた


二人は共に布団へと入り

互いを求め合うように、手を繋ぎ

確かな温もりを共有するように抱き合った


そうして、幾十分かの時間の後に

葵は先程、漸く藍人の腕の中で、

眠りに落ちる事が出来たようだった


彼女の眠りが深くなるのを確認して

藍人は一人、慎重に布団を後にする


無論、

藍人も葵と共に眠るつもりで布団へ入った


彼女と布団に入れば、常なら藍人は

数分と待たずに穏やかな眠りに落ちる事が出来る

疲弊しきっているはずの今なら、尚の事だ


だが、この時に限っては

不思議と、どれだけ頑張ってみても

いや、頑張れば頑張るほどに


藍人に安らかな眠りは、

訪れなかった


眠れていたなら、擦れきった心も

少しは楽だったに違いない




冷え込みのせいか、

虫の声の一つもしない

本当に静かな夜


時折、肌を撫でる冷たい風に

意図せずとも思考は冴えてゆく



今夜、

あの場所で敷辺が話した事柄は

全てが真実


そう仮定するなら

これから起こる出来事は

つまりは、敷辺でさえも

回避不可の惨劇という事になる


全てを知り、そして、

あれ程の才に恵まれた彼女を以てしても

何一つ変えられない未来


そう、それはまるで、

出来の悪い演劇のよう



そして、今

藍人達の手には

敷辺から託された封書がある


謂わば

凄惨な戦いから逃げる為の

最終切符


彼女が、

はっきりと言葉にする事はなかったが

これは紛れもなく

彼女の優しさである



後悔を対価に

多くの親しい死を見なくて済む




選択すべきは、

はっきりしている




優先すべきは、葵だ

そう頭では既に理解している




だけど、もし




あくまで

もしもの事、である




自分が美祭(ここ)に残る事で

何か、僅かでも変えられたとしたらー






ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




この夜

藍人達へと突き付けられた物は


【選択】


これが、

藍人の運命を決定付ける

最初の大きな分岐点になる


最良でなくとも

最善の選択を繰り返したならば

藍人が悪に染まる事などない


そもそも、今

藍人は間違いなく葵を愛し

葵もまた、藍人の為に尽くしている


成長し、

私とお姉ちゃんの前に現れた藍人が

狂った殺人鬼となった引き金は

親友と葵という二人の、裏切り


そう、

あの時の藍人は話していた


その親友とやらは兎も角として

葵が藍人を裏切る事など


現時点では到底考えられない



私に何が出来るか

わからないけど



もしも、

変えられるならば



「変えて、みせる…」







この時は、私も

【まだ】そんな酷く愚かで

甘い事を考えていた




【まだ】間に合う、

きっと変えられる、と

本気で信じていたんだ






そんな、

無意味な事をー





ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


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