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黒い家  作者: そら07F
141/187

残酷な選択 ⑤

敷辺の説明は、驚愕できる点を数ヶ所告げ

最後は反して呟くような愚痴で

あっさりと結ばれた


藍人は口をつぐむ、だが、

何も返せなかったわけではない

全力で思考を巡らせていたのだ


まずは

“ここが当時、井戸を掘っている最中

たまたま堀当てた横穴”

であった事


そして

“長い年月を掛けて掘られたこの洞窟は

 やがて、美祭の住民全てが隠れる事の

 出来る広さとなった”


更には


“その後、この場所で

密かに子供を産み育てる者が増え

美祭は少しずつ人口を回復させていった”


それらの事実から推察するに

当初の予想どうり、

ここが避難壕であった事が

裏付けられた


恐らく初めはただ身を隠す為だけの、

避難壕だったものを

後に長い時間を掛けて要塞化した陣地

である


そして、初代の領主は、

まさにこの場所で

産まれ育った


男尊女卑の風潮が激しい時代で

それでも彼女が領主を務めるに至った経緯は

恐らく、並みの道ではない


文字通り、

茨の道であったに違いない


ただ、それでも

それ故に、彼女は後世に語り草となっていても

何ら不思議ではない


だが、しかして最も不思議なのは

彼女の【美祭を救った】とする偉大な功績は

表舞台には何一つ残っていない事


少なくとも藍人は

静養期間の間、学問に勤しみ

文、武、医、史、など

ありとあらゆる文献を読み漁り

知見を広げんと努力した


だが、初代領主

彼女個人については、

功績は勿論、その人物像についても

全く記録がなかったのである



それは何故か?




すぐに思い付く可能性は


一つ


それは初代領主、

その人間性に原因があったとする場合である



何度も繰り返すが

当時の美祭の相手

壱識と弐彩は極めて強大である


多くの正規兵を配し

肉体的にも、装備的にも申し分ない


対して、美祭は

あまりにも弱小であり

人員、装備、どれをとっても

優位は見込めない


唯一は、地の利ではあるが

それでも劇的に流れを変える物には足りえない


選べる手段など

たかが知れているのだ


それでも、

首魁となった者ならば

犠牲者が出ると確信した上であっても

時には決断し、命令せねばならない


地道な諜報活動、姑息とも言える反抗工作

たかが斥候であっても危険は付き物、

偶発的な戦闘、新鋭の蛮勇からくる自己犠牲など

いくら万全を期したとて、


絶対などあり得ない


自分の下す命令で

誰かが命を落とすかもしれない


そして、倒れた者はきっと

見知った誰かの夫で、誰かの父で、

または誰かの子供であり、


誰かの愛する者である


誰かを死なせれば叱責は免れず

残された遺族からは、やり場のない怒りから、

口汚く罵られ、ときには

心無い罵倒を受ける事も少なくない


またそれ以上に辛いのは

仲間死なせてしまった罪の意識から

容赦なく心を苛み続けられる事だ



しかし、首魁には

立ち止まる事など許されない


まして、悲しみに暮れる間など、

ありはしない


もしも、


全てが失敗に終わってしまったなら

自分の命を含めた全て失うのみならず

それまでに命令で死なせた者達を

全て【無断死に】としてしまうのだ



全ては命を捧げてくれた仲間達

彼等の悲願の為に




彼女は日々、擦り切れてゆく心を何とか騙り、

知見を広げ、幾度となく策を練り上げる


帰らぬ者の報告に、

何度、慟哭を噛み殺した事だろう


拭えぬ悪夢に

何度、叫びそうになった事だろうー



食事も喉を通らず、

無理に摂っても、全て戻してしまう

また、目を閉じれば

血に濡れた彼らの顔が、いっぱいに浮かぶ為

眠りすら満足に取れない


ギリギリの精神状態

ともすれば、何かの拍子に

ぷっつりと意識を失いかねない


だが、

彼女は決して、止まらなかった



そして、次第に住民の中にも

そんな彼女を慕い

支える者達が現れだしていった




彼女は初めの頃

孤高であったに違いない


有能が故に

誰からも理解される事のない

孤独な存在



【人らしからぬ】とは、

よく言ったものだが

実際、それくらいでなくては

その時の美祭の領主は務まらないのだ




そうして、

最後の作戦は

決行された


その時には最早

彼女を嗤う者は、誰一人としていなくなっていた





斯くして

彼女は成し遂げたー




里を支配から解放し

一時でも平和を手にした


勝鬨を上げた彼女には

惜しみ無い拍手が注がれる

眩むほどの称賛、尊敬、

彼らの、それら様々な感情の中に一つ



“畏れ”があった



成し遂げる事が

到底不可能と言わざるをおえない程の

絶望的状況


だからそこ、これは偉業となり

英雄譚として語り継がれるはずである


奇策は美化されれば英断となり

犠牲は美化されれば英雄とさえなり得る


だが、

人とはかくも薄情な生き物である


成し遂げた事が難しくなれば、なるほどに

その者が有能であれば、あるほどに

威光が大きくなれば、なるほどに


それを良しとしない人々は

必ず現れる



これは、

戦時などの非常事態には議論にすらならない

謂わば平和が故の、不平不満である



そして、

彼らは口々にこう語る


「奇策は奇策」「たまたま結果が出ただけ」

「その作戦で、いったい何人が犠牲になった?」

「そもそも、彼女は安全な後方から

 指揮をとっていたではないか」





これは、大多数が

戦いで身内を失った者の、やり場のない怒り

言ってしまえば、八つ当たりである


初めに口にした者がいたとして

その者も本気で口にしたわけではないだろう


だが賛同する者が現れたならば、

事態は一変する


不満を持つ者は一人が二人に

二人は四人に、四人は八人にと

爆発的に増加する


しかも、これの性の悪い所は

初期では、たとえ気付いても発信元が掴みにくく

また対処法の少さにある


例えば、


悪口を言えば捕縛される

これは紛れもなく圧政である


ならば、

放置するのが得策か


いや、放置すればする程

噂は独り歩きを始め、

悪質な歪曲さえ起こりうる


その結果は

想像に難くない



里を二分、三分する

内乱


その後には

革命である



そうして、

里を救ったはずの、彼女の功績は

後の争いの火種となったとして

闇に葬られる事となった




この、

一つの可能性である





ここまで思い至れば

後は、藍人でも

わりと簡単な理屈で説明ができる




まず一つ目


目前の“抜け殻”と称した者達の存在


裏付けとしては、いささか弱いかもしれないが

先程、敷辺は彼ら、

抜け殻と称する者達について


「この者達も、地上に住み

 一切迫害される事のない時があった」


と語っていた



それは裏を返せば、ある時より先、

彼らは


迫害を受ける存在になった


とも解釈できる



つまりは簡単な話、当時の人々にとって

彼らに対する価値観を根底から覆すような


【何か】があったのだ




二つ目に


初代領主の手記の中に


美祭を救った作戦の一部始終だけが

酷く暗号化され、

物事を伝えるという目的を害している点


これは一見には、

情報の秘匿が最重要視されているように見えるが

他に何らかの意図があるように思えてならない


ここは想像の域を出ないが


彼女は【非人道的】作戦を実行し

それを一度は書き記したが


後から更に、

難度を上げた暗号化を施した


恐らくは

もともと暗号化されていたに違いないが

この為に、結果として、

解読不可能なまで難度は引き上げられた


もしかするならば

彼女は自分の末期すら

初めから悟っていたのかもしれない


彼女が敢えて解読法を用意しなかったのは

出来る事ならば、その作戦が、

二度と繰り返されないようにする為


だが、それでも

解読しなければならない状況になったならば

それはつまり



そういう事なのだー



藍人は、細かい疑問は残るものの

一先ずは結論に達する事が出来た



そうして、深い思考から

ゆっくりと戻ってきた藍人


そんな藍人の瞳には、

当然の事ながら暗い影が落ちている


敷辺はそれを

確信するように


彼女は懐から、

一通の封書を取り出し

藍人達へと差し出した


そして、藍人達に

こう告げるのだった



「二日後の朝、

 私は、この里を封鎖する

 その前にお前達は立ち去るんだ…

 そして、これを葵の里の代表者に

 渡してくれ」


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