表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
黒い家  作者: そら07F
131/187

知るという事

またも遅くなってしまって 

本当に申し訳ないです


すいません ○| ̄|_

「…は……?」


葵の返答は、

藍人を混乱へと導く


“【敗北はない】とは

即ち【勝利する】という事ではないのかー”


普通に考えるならば、

そうである


この世には、本質的には

勝者と敗者の、いずれかしかいない


“勝者は全てを手にし

敗者は命を含めた全てを失う”


命の遣り取りと言われて

藍人が真っ先に思い浮かぶ事といえば

少年期に過ごした、あの暗い森の事


藍人が、そこで学んだのは


“敗者は勝者の糧となる”


という事


だが、それはあくまでも

対獣戦、或いは対人戦であっても

少人数戦の物である事が

前提となっている


人が獣を狩る目的は、

第一に食糧としてである


そこに至っては、突き詰めると

身を守るだとか、縄張りを犯しただとか

戦う理由に細かい違いこそあれ

獣も、人も目的に大差はないはずで


得る物もどちらが勝っても

そう変わらない


勝てば肉を得る

負ければ、命を落とす


至極、

簡単な理屈である


そして、食わねば死ぬ

至極当然の摂理であり

正に真理であるとも言える




人が勝利した場合は、それに加えて

副産物として、

毛皮や油等の採取があり、防寒や、

その他には骨を削り出しての

即席の武器の作成も可能である


それは少人数での対人戦であっても

そう大して変わりはしない


勿論、人対人という構図では

殺した者を食べるという事ではないが

零和の原則に基づき


勝者が利得を、

敗者が同等の損害を得る


尊厳や貞操を含む人権や

命さえも、相手の手中に堕ちる


これもまた、

実に分り易い理屈である


敗者には何の権利も与えられない




背後に守りたい者がいた場合

敗北には、本当に最悪な結果が待っている




詰まる所、自分が守りたい者にまでも

危険が及ぶという事である


猛った勝者に

倫理観や人間性などは皆無


面白半分に嬲られ、或いは凌辱され

その命尽きるまで搾取され続ける



正に、最も忌避すべき状況だ



回避する方法は、

ただ一つ




「何れにせよ…

勝つ以外に……ない…」


ポツリと溢れ落ちる

呟きのような藍人の声




さてー


ここまでが対獣戦、

並びに対少人数戦の概要であり


現時点での藍人の理解の及ぶ

限界点である



「そう、敗北は絶対に許されない……

 是が非でも、勝つしかないんだー」



苦々しく、

そう口にした藍人


その時だった


「じゃあ、勝った後は?」


葵の澄んだ声だった


藍人は思わず隣に居る葵へと視線を移し

「え?」と、何とも間抜けな声で聞き返す


未だ全容を全くとして理解していない


そんな藍人に対して

葵は続ける


「仮に、この戦いに美祭が勝ったとして、

 その後…、つまり

 多くの人が死んでしまった後の事だよ…

 どうやって美祭(ここ)を再建するの…?

 それだけ激しい戦いなんだよ?

 当面の方針として、人口を増やす事としても、

 それは、一朝一夕では絶対に出来ないし

 そもそも、人手不足だと残った人でさえも

 食べさせるだけの食糧も足りなくなるの…

 作物を育てるにも、狩ってくるにしても

 何をするにしても、

 絶対に人手は必要でしょう…?

 まさか勝つって事が、つまり、

 必ずしも生き残る事だと、そう思ってる…?」



葵の藍人に対する問いは

まさに核心と言える物だった


「ーっ」


藍人は、返答に窮し

言葉を詰まらせる


それこそが、

同じ対人戦といえども、

少人数戦との違いだ


前述の通り

少人数戦の場合


襲撃側の目的は、

目先の金品などの強奪狙いの場合が大半を占める

そして、その殆どが衝動的で短絡的なもの


襲って、殺して奪う


それ自体が目的であるから故

良くも悪くも、それ以上はない


それで仕舞いである



ではー

果たして今回のような

大規模となる戦闘はどうか?


正に里の威信と

存続を懸ける戦い


参戦する人数も桁違いであり

想定できる戦闘の規模も計り知れない


相手の目的は

ケチな金品などではない


美祭の全てー


美祭の全戦力の排除と

人的資源を含めた略奪


つまりは

占領と隷属である


目的が達成されない限り、

敵は、決して止まらないだろう


そして、奇跡的ではあるが

仮に、これを撃退しえたとしよう


その場合であっても

戦力的に大差がある以上、

大勢の犠牲者が出る事は免れず


葵の言葉通り、

残された者にも辛い日々が待つ


そして更には、

防御力を欠いた美祭は、

普段ならば気にする必要もないような

脆弱な野党にさえも怯える必要が出てくるだろう


全力で戦い勝っても、

それで終わり、平和な日常が戻る


とはいかないのだ


「つまり…もともと、

 勝ちは…ない、と…?」


震えた声で確認をとる藍人に

葵はゆっくりと頷いた


藍人はここまで来て

漸く理解する事となったのだ



「そ、んな………」



力なく漏らす藍人

そして、葵もまた項垂れるのみ



再び訪れる重い静寂




そんな時だった




突如として、

何かが弾けるような快音が、

絶望に沈みきった暗い部屋に響く



あまりにも突然の事で

我に返った藍人達が

音の発生源と思われる場所に視線を移すと


そこには、

それまで静寂を保ってきた敷辺の姿

彼女は相変わらず穏やかな表情を浮かべている


そして、

見ると彼女の手は

まるで柏手を打ったかのように

左右両手が合わさっている


何事かと藍人達が見ている前で

彼女は続けて一つ二つ、三つ四つと

柏手を打って見せる


彼女の奇行に

二人が目を奪われているにも関わらず

彼女は、構わずに続ける



そして、

柏手の回数が十を数えた時



彼女は口を開いた




「全くもって、見事な事だ」



彼女が、

そう口にした事で、二人は

敷辺の先程の奇妙な行動が

ささやかな称賛であると


ようやく気付く事となった


だが、

気付いた所である


彼女の口ぶりからも解るように

藍人達がやっとの思いで理解した状況など


敷辺が思い付かない筈もない



そして、

その賢明な彼女をもってしても

“勝ち”はないのだ


それを思い

再び暗く沈みゆく空気


だが、

そんな物は彼女によって

いとも簡単に一新される


彼女はおもむろに目の前の洋机の引き出しから

赤錆た一本の鍵を取り出すと


それを二人へと見せつけてから


静かな口調で

こう言い放った



「知る覚悟は、あるか?」



そう口にした彼女の顔からは

いつの間にか穏やかさは消えていて


その表情は


妖しく嗤っていた





評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ