優しい時間
一通り話終わると、木山は時計を確認し灯に
「もういい時間だよ、灯ちゃんはそろそろ帰りなさい…親御さんが心配するからね…」
言い終わると木山は少し寂しそうな表情をした。
灯も時計を確認すると、午後6時を少しまわったところだった。
この部屋には窓と呼べるものはない。
秋も終わりに近づく季節のため、外はもう薄暗くなってる頃だろうと想像できた。
灯は少し後ろ髪引かれる気持ちもあったが、
まだ小学生で、さすがに帰らなくてはいけなかった。
「…わかりました…今日は…帰ります…」
「さっきは泣いてしまって、ごめんなさい…私…泣き虫ですね…特に茜がこうなってからは泣いてばっかりで…」
そう言って少し俯く灯に木山は
「灯ちゃんはまだ子供だろうに、子供は泣いて叫び出しても誰も文句はいわないよ。無理して笑う必要も、周りに合わせる必要もない。思うまま生きたらいいのさ…」
灯は少し救われた気がした。
茜が入院してからの灯は
自分だけでもしっかりしようと務めていた。
灯の世話をほとんど放棄した母親や帰らない父親
金銭問題以外は両親に頼る事なく
食事や洗濯は自分でやっている。
近所の人はこぞって同情の意を唱えた。
木山の言葉に止まったはずの涙がこぼれそうになったが、
これ以上木山に迷惑をかけるわけにはいかないと
無理矢理に感情を押し殺すと、
今できる精一杯の笑顔を木山に向け
「ありがとうございます。私は大丈夫ですよ…おばあちゃん…」
灯はハッと口を押さえる。
気が緩んだ瞬間に自然と口をついた言葉だったのだ。
木山は一瞬面食らった顔になった。
失礼にあたるかと「すいま…」と言いかけた灯を手で制すと、
木山は悲しそうな、嬉しそうな何とも言えない表情で
「いいんだよ…ありがとう…」
と言った木山の瞳は
少しだけ、潤んでいた気がした。
木山はその後、灯を玄関まで送った。
ゴミだらけの廊下や土間には照明と呼べる物はなく、
また外の光も入って来ない。
そのためとても暗く、
慣れなければ足を取られゴミの中に飛び込みかねないのである。
木山に連れれられ、灯は玄関までたどり着いた。
玄関の扉を灯がカラカラと開けると、
外はもうすっかり暗くなってしまっていた。
灯は木山の方へと向き直り
「今日は…いろいろ教えてもらって…ありがとうございました…それと1週間後…どうか…よろしくお願いします…」
と言って深々と頭を下げた。
木山は
「いいんだよ…」
と言いながら優しい笑顔で手をひらひらさせた。
それを見た灯は続ける
「また…ここに…来てもいいですか…?」
思いもよらない灯の提案に木山は一瞬固まったが、
今日一番の優しい顔と口で
「あぁ、いいよ…こんな家でよければ、いつでもいらっしゃい…」
と灯の提案を快く承諾する。
直後「でも」と木山が付け加えたのは
「私と親しくてると近所の人達に思われたら…灯ちゃんまで疎まれてしまうかもしれない…次来る時は周りに気付かれないようにおいで…」
そう言うと木山は少し俯いた。
灯は木山のその寂しそうな顔を見て、
ずっと周りから迫害されてる木山の姿を想像する。
灯はそれは自分の想像を絶するものだろうと考える。
思えば木山の事がとても不憫に思えた
灯は飾らないない笑顔で、
木山へ優しい言葉を投げ掛ける
「いえ、私が…おばあちゃんと仲良くしたいんです…周りの言う事なんか気にしません…私が信じて一緒にいる人は…私が決める事ですから…」
言い終わると灯は木山の顔を見る事なく
「では…また…」
と再度深々と頭を下げると足早に帰路についた。
木山は俯いたまま片手を自分の顔に当て
反対の手を灯に小さく振った。
徐々に小さくなる灯の背中を見送る
木山の目には抑えきれない涙が溢れていた。




