エピローグ・人が語った夢の果て
廃墟と化している港を宵闇が覆い尽くす。
私兵団によって回収された魔女の泥人形は――ぱちりと目を開けた。
「こコハ……」
「お、爺や起きた〜?」
聞き慣れた声に、従者は思わず跳ね起きた。
その脇で、仮面の商人が足をぶらつかせている。
「ぼっちャマ!?」
「スペアを用意しといて良かったよ。片腕は僕にはもう作れないけど」
触れてみれば、破壊されたはずの核が新しくなっていた。
ぷるぷると球体関節の指先が震える。
「そンナ……心優しい成体にならレテ……ウッ」
「ちょっと爺や泣いてないじゃ〜ん」
「ア、人形にも涙があると信じてるお年デ?」
「純粋にムカつく〜」
起動したばかりのためか、従者の動きは鈍い。
それを見て、クトーは泥人形を背中に背負った。
「もー、スペア探しですっかり墓荒らし上達しちゃったんだよ〜?」
「それはまたご趣味が増えてしまいまスネ」
「そうなんだよねえ」
ぽてぽてと青年は自分の育て親を運んで行く。
夜の町には彼らしかいなかった。
ふと、クトーの服のフードから、ぴょこんと女性の手が姿を見せた。
「オヤ、ひだり様マデ」
「そうそう、ひだりちゃんが修復手伝ってくれたんだ。も〜マジ感謝」
恥ずかしいのか、左手は指先を擦り合わせている。
「とこロデ、これからどうするおつもリデ?」
「う〜んそうだなあ」
クトーは弾むような声音を紡ぐ。
「とりあえず旅でもしてみる? 無職満喫しながらさあ」
本懐を遂げた母を悼む代わりに、魔女の息子は左手に頬を撫でられながら、ようやく肩の力を抜いた。
そして時間はシオンとアニタが並んで墓に眠り、オリバーの遺灰が海へ撒かれ終えた頃へと進む。
艶やかな桃髪が空中で解けて、黒いマントへと変わる。
孤独のアダムは今日、煉獄へと帰還したのだ。
悪魔の会議場では強欲だけが座って待っていた。他の者は仕事中なのだろう。
「おかえりなさい『父上』」
「ああ、ただいま」
「…………それは?」
強欲の悪魔が一冊の本を指差す。
小脇に抱えていたそれを、孤独の悪魔はそっと撫でた。
「叶ったんだよ。彼の夢が」
著者名には『S・ユグォン』と印字されていた。
強欲は思わず腹を抱えて笑い出した。
あの少年は一生をかけて、目標をやり遂げたのだ。
そして彼が繰り返し言っていたように、
「なるほどね? ――世界の果てまで、届いたってわけだ」
この世の向こう側にある煉獄の管理者は、くすりと笑って頷いた。
彼が持っている本は、今の地球では当然のように本屋に置かれている。
悪魔召喚や精霊が過去の話になりつつある当代で、彼の著作は貴重な史料の一つだ。
そしてこれこそが、彼らの旅の終着点である。
ふと、原初の人類・アダムは考える。
幸も不幸も、善も悪も、永遠の孤独も、人から無くなることは無いのだろう。
だとしても背負い方を変えて、一歩ずつ進むことはできる。
自身の歩みを、自分で肯定してやることが、許してやれる日がくるかもしれない。
その時ようやく、自らの過去に意味がつく。
希望と言うにはあまりにも小さな灯である。
それでも踏みしめてできた足跡を――そうやって幾万幾億が歩いた軌跡のことを――
振り向いたいつかの誰かが『歴史』と呼んだ。
最終章了。




