第三十話・助っ人参上
エッシェンホルスト私兵団は、順調に上司のいる高台に集まっていた。
依然として調子の悪い無線機を見下ろして、ニンファ・エッシェンホルストは眉間にシワを寄せた。
(落とし子の可能性が有効……でもどうして明確な指揮の元に動いているの?)
冷たくなった指先を自分でぐにぐにとほぐす。
「応急手当は?」
「現時点では全員に対処できています。まだ死亡報告はありません」
「そう。わかったわ」
不意に、ニンファの後ろの方で、一人の団員が首を捻る。
「あれは何だったんだろう……」
「あん? どうしたよ」
「さっき変な華玉の遺体を見かけたんだ」
「変?」
曰く、こちらを襲う様子が無く、ただ空を見上げていたのだとか。
「背中に剣を刺したけど、俺のことは気にしもしないんだ」
「そりゃあ奇妙だな」
「――ねー、おいば……さっきちゅれてきたひと、ちやない?」
「グレン隊長、あの若いのですかい?」
「ちょー」
団員達は軽く辺りを見渡すが、灰髪の青年は影も形も無かった。
ざりっと砂が擦れ合う。
破壊された魔女の従者の側で、仮面の商人は口を開いた。
「楽しそうだね〜、母さん」
膝を曲げて、商人・クトーは言葉を続ける。
「僕もさっき会った時『パパ〜認知して〜!』って言えば良かったかな?」
乾いたわざとらしい笑い声が響き渡る。
それもすぐに呆気なく止んだ。
彼の母であるリリスは、アダムの精気を盗み――新世界で赤子を産み落とした。
イヴと並びたかっただけなのか、彼女が詳細を語ったことはない。
夜の子供は従者である「爺や」と、母親の「左手」にほとんど育てられたようなものだ。
リリスの左腕だけは、彼女と誘導したとある蛇の意識が主体となっている。
つまり、母自身に撫でられた経験は無いに等しい。
彼女は息子に躊躇いなく暴力を振るい、雑な扱いをするが――アダム以外で唯一、彼女に愛されているのも事実。
(……だからこそ嫌だ)
どこまでが本音で、どこからが嘘かわからないクトーの、数少ない本心が覗く。
「イヴさんが本当のお母さんだったら良かったのに」
そうは言っても現実は変わらない。
困ったことに、彼は母親に興味関心と微かな情を向けている。
それ故にこの「恋文」を手伝ってきたのだ。
クトーが選んだ奴隷商人という職は、リリスにとっても都合が良かっただろう。
夜の暗闇で増す、人間の負の感情を養分に、魔女はゆっくりと力を蓄えていった。
「さてさて、どうなるのかね〜――君はどう思う?」
ゆっくりと笑顔の仮面が傾いた方向には、金髪の青年が立っていた。
すかさず彼、ラナンは剣を抜く。
「お前……」
「あれ?」
警戒心以上の何かを持って震える青年に、クトーは心底嬉しそうに声をかける。
「君〜! 少し前に売った子じゃ〜ん! えーうっそお、元気にしてた〜??」
久々に再会した友人のような態度だ。
ラナンは珍しく表情を崩し、青白い顔で荒い吐息をこぼした。
体中にある古傷がピリピリと痛む。
脳内では、目の前にいる奴隷商人から与えられた苦痛が思い起こされた。
刹那、火器の発砲する音が響く。
「――――オイッ! 何ぼさっとしてんだ団長ッ!!」
はっとラナンが顔を上げれば、商人の顔面が弾丸で撃ち抜かれている。
恐る恐る顔を横に動かす。
そこには、団員に肩を借りて立つ、副団長の姿があった。
「ユーゴ!」
「よお」
「ば、爆破は」
「あー、あれな」
苦笑しながら、ユーゴは自分の太ももをさする。
彼は両足共に義足だが、その片方は現在失われていた。
「俺の足が役に立ったよ」
先刻、ぶよぶよした改造人間は、第二小隊のテントにも侵攻してきた。
何とか頭を潰すことができたものの、その腹の中から細かい虫に似た物が散らばった。
その内の一匹が起爆し、彼らも状況が理解できた。
幸いにも、一定の大きさの動く物体を追うようで、副団長は自分の義足を外して囮にしたのである。
最も大型の無線機は爆風でやられてしまったが。
「ところで、この場合足は経費で落ちるかね……?」
「まぁ、落ちるだろう。お嬢様だし」
金髪の青年が話していると、不意に仮面の商人が起き上がる。
「何?」
軟体動物のような動き体を整えて、クトーはくすくすと笑い出した。
「突然随分なご挨拶じゃないか。ほら見て、穴が空いちゃったよ〜」
「よく似合ってるぞ」
「どうなってんだあいつ……」
「ひっどお〜い!」
わざとらしく両手を振ってから、商人はすっと落ち着いた。
彼の足元の影からは気泡が立ち上っている。
不可解な状況に、ラナンとユーゴはさりげなく逃走経路を確認した。
泡が弾けたそこから、霧状の武装した兵士達が産まれ始めた。
「第一陣が終わっちゃったからね。第二陣と行こうか」
クトーは両頬に指先をつけて、明るい声音で話し続ける。
「あっ、安心して〜ちゃんと倒せるよ! こういうのは公平じゃなきゃ〜。まあ――僕を戦闘不能にしないと、増え続けるけど」
「何が公平だ」
ふと、剣を構えた団長の肩に、大柄な手のひらが乗せられた。
ばっと視線を向けた直後、ラナンは思わず固まってしまった。
「楽しそうなことしてんじゃねェか。俺も混ぜてくれや」
落ち着きのある掠れた声が、青年の頭上から降って来る。
クトーさえもが驚いているのか、一瞬だけ動きを止めていた。
――先代皇帝、バゼット・レーウェン。
灰とも銀とも暗紫とも見える瞳が、咎めるように細められる。
「おめェらは先に後退して、この霧の奴らをどうにかしてくれ」
「……あれは任せていいと?」
「そういうことだ」
ユーゴを抱えていた兵士と頷き合い、ラナンはその場を去った。
自分に向かって元気に手を振る商人に対し、こっそり中指を立てて行った。
馬車を操っていた御者、もとい色欲の悪魔が口を開く。
「それでは私はこれで」
「おう、あんがとな」
臙脂色の執事服の青年はにっこりと微笑む。
馬車の脇についた扉から、もう一人姿を見せた。
燃えるような赤い髪、そして蜂蜜色の艶やかな目を持つ青年。
一本の槍をその手に持って、彼は馬車から降りる。
それに合わせて、溶けるように車体は姿を消した。
「久しぶりに見るなァ、その姿」
「当たり前だろ? 日没までに終わらせるよ」
女性と見まごう容姿の美しい青年――ジェイコブ・アルファーロはため息を吐いた。
ニンファの頼みで別件を処理しに来た二人だったが、港の異様な状況を知り、急遽おせっかいを焼きに来た。
またその際、色欲の魔術によって、ジェイコブの肉体は最盛期の物に変えてもらったのだ。
完全に観測外での出来事であった。
仮面の商人は、わずかに動揺していたが、すぐに再び口を開いた。
「なるほど〜? 化け物の相手は化け物にってわけ?」
「適材適所って言えよ」
軽い調子の会話の脇で、バゼットに向かって剣を振り下ろした霧の兵士が、頭と胴体と腰を一度に貫かれる。
崩れるそれを無表情に見下ろして、ジェイコブは相棒の背中を陣取っていた。
老父は夜の魔女の息子に、笑顔を浮かべて拳を握る。
「んじゃ、食っちまうか」
「そうだね、蹂躙しよう」
人類最強と謳われた前皇帝と、その一番槍――通称「赤鬼」。
クトーは指を打ち鳴らし、無言で兵の数を増やした。
ところ変わっって空の上。
銀髪の少女が、破裂した肉片の隙間から滑り落ちた。
翼を広げようと目を開いた瞬間、凶暴な牙が目に入る。
「え」
口を大きく開けた二頭目のドラゴンに、アニタは呆気に取られて飲み込まれる――はずだった。
ぴんと伸びる鎖と、その先につけられた鉄球。
それが怪物の顔面にめり込んだ。
慌てて少女は体勢を整える。
(今のは……誰?)
星球武器はそのまま海へと落ちて行った。
鎖も静かに消えていく。
衝撃を受けたドラゴンは、怒号を上げながら少女へと向かって来る。
飛行船から離すように逃げつつ、少女は頭に疑問符を浮かべていた。
一方、港のとある岸辺。
そこには華玉の死骸人形が立っていた。
元々が死体だ。
何かを投げ飛ばした状態で固まっている。
その肉体に自我は無かった。
しかし、それにはとある後悔が染み付いていた。
『男の子かな、女の子かな』
『どっちだって良い。元気に産まれて来てくれたら』
遺体はかつて、大切な者を守れなかった。
待ち望んだ者を抱き上げることも叶わなかった。
だから、もしもう一度の奇跡が起きるならば、それは守りたかったのだ。
空洞な瞳には、空を舞う少女の姿は写らない。
それでも遺体は歯がゆそうな表情を浮かべて、その場に崩れ落ちていった。
彼の目からは、もうイエローダイアモンドはこぼれない。




