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大罪人が語る夢  作者: ぬらくらげ
最終章
86/94

第二十六話・泥人形は愛を覚えたか?


 馬車から小さな影が飛び出る。


「おいばーしゃんっ!」


「君は……」


「あい! ぐえんでしゅ!」


「グエンちゃんか」


「ぐえんでしゅ……」


 一瞬、残念そうに俯いたグレンは、近づいて来た怪物を斬馬刀でなぎ払う。

 そのまま後ろに転がるも、表面にすら傷がついた様子は無い。


 巨人の二人は互いに背中を合わせた。


「こえ、あれでちか」


「やっぱりわかる?」


 怪物はのたりのたりと歩いている。

 お世辞にも素早いとは言えない。

 その肌色と節々から出ている指を見て、幼女と青年は確信した。


 ――これは改造された生きた人間だ。


 だとしても、彼らが己の力を抑える余地は無い。


「悪いね」


 そんなことは思っていないだろうに、オリバーは呟いた直後に、肉塊の中心に拳をめり込ませた。

 怪物がふっと地面から離れる。

 遅れて来る十発分の破裂音。


(流されるなら、流し切れない衝撃を)


 背後の壁にぶつかった怪物の胴体に、巨大な穴が空いていた。


 一方でグレンは斬馬刀を構え直す。

 流されるのなら、たった一点を貫通させれば良い。


 小柄な体を活かして怪物の吐き出した肉を避け――その頭上に跳躍する。




 ぴくりと糸が震える。


「オヤ? 早かったでスネ」


 従者は淡々と背後を振り返る。

 そこでは大柄な馬に乗った兵士が、煙の漂う銃口を掲げていた。

 両者の間で、不自然に動きを止めた弾頭が地に落ちる。


 美麗な私兵団団長は馬上から敵を見下ろしていた。


「失礼。変な糸を辿って来た」


「嬉しいデス。貴方を破壊すれば私の仕事が終ワル」


 馬が一歩踏み込むと、瓦礫が辺りに飛び散った。

 ひらりひらりと石ころを避けて、従者が明るく笑い出す。


「ずるいでスヨ」


 彼は手にしていたトランクを開いた。

 すぽっ――と下半身をその中に滑り込ませる。


「何?」


 不思議そうに目を細める青年の前で、従者は先ほどとは別の足をトランクの淵にかける。

 柔らかな兎にも似た半身が姿を見せた。


 閉じたトランクを背負って、少年型の自立式泥人形(ゴーレム)は微笑んだ。


「これで平等でしョウ?」


「……そうだな」


 五本足と四本足が向かい合う。


 突然の変化に警戒しながら、団長・ラナンは火縄銃を構え直した。


 軽やかに跳ね回り、従者は両手の指先についた糸の内、操る先を失った物を青年に向かって走らせる。

 そのままいけば彼の頰が削げただろう。


 しかしラナンは透明な糸を正確に視認して、手綱を引いて避けていく。

 犠牲になったのは髪の数本と、彼の兵服の一部だけだった。


(やはりあれには見えてまスネ。私の糸ガ)


 思わず従者は小さくため息をついた。


 この世界には、落とし子と言われる存在がいる。

 精霊、悪魔、あるいは神。

 そんな存在が生み出し、身勝手に地上に捨てた者のこと。


 それらの中で、人の腹から生まれるのは二種類だけだ。

 精霊郷にいる精霊の落とし子と――


「それが遺体を操っていたのか。道中見た怪物もそうか?」


 この銀河を管理する――神の落とし子。


「サア、なんのことヤラ」


 泥人形は張り巡らした糸で状況を確認する。

 どうやらこの近辺には青年しかいないようだ。他は改造人間で足止めされていた。


(あれ、落とし子の子孫でしたッケ? 面倒な血を残して下さいましたネエ)


 残念がっても仕事は終わらず、時間だけが過ぎてしまう。

 そう考えて、従者は足に力を込めた。


 地面を蹴る衝撃も無く、その場には砂埃だけが残される。


 目の見開いたラナンのすぐ傍で、土の踏み締められる音がした。

 屈強な馬の体ごと、泥人形は青年を蹴り飛ばす。


 馬から振り落とされた青年は、即座に転がりながら受け身を取る。

 彼は素早く起き上がる、と同時に剣を抜き、泥人形の従者と対峙する。

 横目に愛馬の様子を確認すると、暴れ出しはしないものの、起き上がるのに少し時間がかかりそうだった。


 眼前に迫った足先を避け、ラナンは冷静に関節と踵を狙う。


「ちょこまかとうざいでスヨ!」


 骨の硬さは兎とは違うものの、数撃繰り返すとヒビが入った。

 白い足を踏みつけて、重たい剣先を押し込む。

 みちり、肉のちぎれる音がする。


 バランスを崩した体から一歩離れて、青年は(つか)をきつく握った。


「……見つけた」


 不意に剣の周りで火花が弾ける。

 彼の手から剣先にかけて、電気が帯びていく。

 狙いを定めた青年は口を開いた。



「雷光招来――翠閃(スイセン)



 剣が大きく振りかぶられる。その刹那、真直の雷撃が放たれた。


 反射的に従者は顔の前に手をやるが、光速を遮ることはできなかった。


「アッ」


 小さな呻き声。


 陶器のような部品が辺りに散らばっている。

 衝撃で外れた右手の奥で、従者の片目に亀裂が入る。

 水晶でできた華玉の眼球は、全身を駆動させていた『核』は、防護の術が貼られていた片眼鏡ごと粉砕された。


 薄れゆく自我が一つの言葉を繰り返す。


(ぼっちャマ――――)



 一番古い記憶が、まるで走馬灯のように再生される。


『ああ、起きたわね』


 不機嫌そうな表情をした、栗毛の女性。


『貴方はこの子のためだけに作った世話係。創造主の私より、この子の命令を優先なさい』


 そう言って、不器用に布で包まれた赤ん坊を渡される。

 泥人形の従者はその顔の無い赤ん坊を抱いて、そして、


(何ヲ、思ったのでしたかネエ)


 急速に意識は現実に戻された。

 ふらついた頭はやがて地面と接するだろう。


 自分に走り寄る青年を見ながら、従者は土でできた顔をほころばせた。


(フフ……先に休ませてもライ、マス、ヨ……)


 そうして、魔女の従者は瞼を下ろした。



 ラナンは慎重に倒れた的に歩み寄る。

 彼が手にしている剣は、端の方から溶けて使い物にならなくなっていた。

 その場に投げて、青年は代わりに短刀を取り出す。


 従者の体は確かに機能を停止していた。


 愛馬の無事も確認できている。

 ラナンがこの場を離れようとしたその時――ぴくっと指先が震えた。


 思わず、青年は従者の残っていた方の腕を切断する。

 しかしそれ以上は動く様子が無い。


(……嫌な予感がする)


 頰に伝う冷や汗を無視して、彼は無線の電源を入れた。


「こちら<鯱>。<梟>はいるか」


 数秒のノイズの後、電波は繋がったようだった。


 ――が、大勢の慌てる声の直後、


『副団長!』


 誰かがそう呼びかけたのを皮切りに、爆発音が響き渡る。

 視界の端でチカリと何かが光った。


 ラナンが顔を上げた先で、数人を巻き込むほどの爆発が起きている。


 それはちょうど、通信を担当している小隊がいる位置だった。



 耳につけた小型無線機は、ただザーザーとノイズを繰り返していた。




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