第二十六話・泥人形は愛を覚えたか?
馬車から小さな影が飛び出る。
「おいばーしゃんっ!」
「君は……」
「あい! ぐえんでしゅ!」
「グエンちゃんか」
「ぐえんでしゅ……」
一瞬、残念そうに俯いたグレンは、近づいて来た怪物を斬馬刀でなぎ払う。
そのまま後ろに転がるも、表面にすら傷がついた様子は無い。
巨人の二人は互いに背中を合わせた。
「こえ、あれでちか」
「やっぱりわかる?」
怪物はのたりのたりと歩いている。
お世辞にも素早いとは言えない。
その肌色と節々から出ている指を見て、幼女と青年は確信した。
――これは改造された生きた人間だ。
だとしても、彼らが己の力を抑える余地は無い。
「悪いね」
そんなことは思っていないだろうに、オリバーは呟いた直後に、肉塊の中心に拳をめり込ませた。
怪物がふっと地面から離れる。
遅れて来る十発分の破裂音。
(流されるなら、流し切れない衝撃を)
背後の壁にぶつかった怪物の胴体に、巨大な穴が空いていた。
一方でグレンは斬馬刀を構え直す。
流されるのなら、たった一点を貫通させれば良い。
小柄な体を活かして怪物の吐き出した肉を避け――その頭上に跳躍する。
ぴくりと糸が震える。
「オヤ? 早かったでスネ」
従者は淡々と背後を振り返る。
そこでは大柄な馬に乗った兵士が、煙の漂う銃口を掲げていた。
両者の間で、不自然に動きを止めた弾頭が地に落ちる。
美麗な私兵団団長は馬上から敵を見下ろしていた。
「失礼。変な糸を辿って来た」
「嬉しいデス。貴方を破壊すれば私の仕事が終ワル」
馬が一歩踏み込むと、瓦礫が辺りに飛び散った。
ひらりひらりと石ころを避けて、従者が明るく笑い出す。
「ずるいでスヨ」
彼は手にしていたトランクを開いた。
すぽっ――と下半身をその中に滑り込ませる。
「何?」
不思議そうに目を細める青年の前で、従者は先ほどとは別の足をトランクの淵にかける。
柔らかな兎にも似た半身が姿を見せた。
閉じたトランクを背負って、少年型の自立式泥人形は微笑んだ。
「これで平等でしョウ?」
「……そうだな」
五本足と四本足が向かい合う。
突然の変化に警戒しながら、団長・ラナンは火縄銃を構え直した。
軽やかに跳ね回り、従者は両手の指先についた糸の内、操る先を失った物を青年に向かって走らせる。
そのままいけば彼の頰が削げただろう。
しかしラナンは透明な糸を正確に視認して、手綱を引いて避けていく。
犠牲になったのは髪の数本と、彼の兵服の一部だけだった。
(やはりあれには見えてまスネ。私の糸ガ)
思わず従者は小さくため息をついた。
この世界には、落とし子と言われる存在がいる。
精霊、悪魔、あるいは神。
そんな存在が生み出し、身勝手に地上に捨てた者のこと。
それらの中で、人の腹から生まれるのは二種類だけだ。
精霊郷にいる精霊の落とし子と――
「それが遺体を操っていたのか。道中見た怪物もそうか?」
この銀河を管理する――神の落とし子。
「サア、なんのことヤラ」
泥人形は張り巡らした糸で状況を確認する。
どうやらこの近辺には青年しかいないようだ。他は改造人間で足止めされていた。
(あれ、落とし子の子孫でしたッケ? 面倒な血を残して下さいましたネエ)
残念がっても仕事は終わらず、時間だけが過ぎてしまう。
そう考えて、従者は足に力を込めた。
地面を蹴る衝撃も無く、その場には砂埃だけが残される。
目の見開いたラナンのすぐ傍で、土の踏み締められる音がした。
屈強な馬の体ごと、泥人形は青年を蹴り飛ばす。
馬から振り落とされた青年は、即座に転がりながら受け身を取る。
彼は素早く起き上がる、と同時に剣を抜き、泥人形の従者と対峙する。
横目に愛馬の様子を確認すると、暴れ出しはしないものの、起き上がるのに少し時間がかかりそうだった。
眼前に迫った足先を避け、ラナンは冷静に関節と踵を狙う。
「ちょこまかとうざいでスヨ!」
骨の硬さは兎とは違うものの、数撃繰り返すとヒビが入った。
白い足を踏みつけて、重たい剣先を押し込む。
みちり、肉のちぎれる音がする。
バランスを崩した体から一歩離れて、青年は柄をきつく握った。
「……見つけた」
不意に剣の周りで火花が弾ける。
彼の手から剣先にかけて、電気が帯びていく。
狙いを定めた青年は口を開いた。
「雷光招来――翠閃」
剣が大きく振りかぶられる。その刹那、真直の雷撃が放たれた。
反射的に従者は顔の前に手をやるが、光速を遮ることはできなかった。
「アッ」
小さな呻き声。
陶器のような部品が辺りに散らばっている。
衝撃で外れた右手の奥で、従者の片目に亀裂が入る。
水晶でできた華玉の眼球は、全身を駆動させていた『核』は、防護の術が貼られていた片眼鏡ごと粉砕された。
薄れゆく自我が一つの言葉を繰り返す。
(ぼっちャマ――――)
一番古い記憶が、まるで走馬灯のように再生される。
『ああ、起きたわね』
不機嫌そうな表情をした、栗毛の女性。
『貴方はこの子のためだけに作った世話係。創造主の私より、この子の命令を優先なさい』
そう言って、不器用に布で包まれた赤ん坊を渡される。
泥人形の従者はその顔の無い赤ん坊を抱いて、そして、
(何ヲ、思ったのでしたかネエ)
急速に意識は現実に戻された。
ふらついた頭はやがて地面と接するだろう。
自分に走り寄る青年を見ながら、従者は土でできた顔をほころばせた。
(フフ……先に休ませてもライ、マス、ヨ……)
そうして、魔女の従者は瞼を下ろした。
ラナンは慎重に倒れた的に歩み寄る。
彼が手にしている剣は、端の方から溶けて使い物にならなくなっていた。
その場に投げて、青年は代わりに短刀を取り出す。
従者の体は確かに機能を停止していた。
愛馬の無事も確認できている。
ラナンがこの場を離れようとしたその時――ぴくっと指先が震えた。
思わず、青年は従者の残っていた方の腕を切断する。
しかしそれ以上は動く様子が無い。
(……嫌な予感がする)
頰に伝う冷や汗を無視して、彼は無線の電源を入れた。
「こちら<鯱>。<梟>はいるか」
数秒のノイズの後、電波は繋がったようだった。
――が、大勢の慌てる声の直後、
『副団長!』
誰かがそう呼びかけたのを皮切りに、爆発音が響き渡る。
視界の端でチカリと何かが光った。
ラナンが顔を上げた先で、数人を巻き込むほどの爆発が起きている。
それはちょうど、通信を担当している小隊がいる位置だった。
耳につけた小型無線機は、ただザーザーとノイズを繰り返していた。




