第二十三話・たった一人へのラブレター
「幽霊船?」
ぽつりと呟く少年の隣で、ヴィーは双眼鏡を取り出した。
シオンがそう言うのも頷けるほどの、古めかしいぼろぼろの木造船だ。
「廃船っぽいわね……」
「誰か乗ってるか?」
「この距離だと何も見えないわ。動きは止まってる」
桃髪の少女の目には無人の甲板が写っていた。
中に何が乗っているかまではこの距離だとわからない。
彼らは一度元いた港へと戻ることにした。
拠点にしていた役所で、黒髪の少年は無線機をいじっている。
ふと、巨人の青年が鼻先をひくつかせた。
「なんか、変な匂いがする」
「変? ――おっ、繋がった」
シオンは雇い主・ニンファに対して連絡を取っていたのだ。
彼女が今滞在している街が近場であることは、出立前に伝えられていた。
しばらくすると私兵から声が切り替わる。
『何か御用?』
「報告だ。奇妙な船舶が現れた。雲の様子もおかしい」
『……詳しく教えて』
説明を終え、ニンファは二時間後にはそちらに到着すること、それまで役所から動かないことを指示してきた。
『万が一の時はすぐ避難して頂戴』
「わかったぞ」
無線を切り、少年は青年に向き直る。
「変な匂いって?」
「消毒液みたいな、薬の匂い」
「おーん」
試しに自分でも嗅いでみるが、土と埃と海以外わからない。
巨人の感覚でないと知覚出来ないとなると、廃墟となっていた診療所からするものか。
そう考えてシオンは首を捻る。
不意に、窓から外を見ていたアニタが口を開いた。
「あの船、少し動いてません?」
『は?』
慌てて全員が窓枠にへばりつく。
慎重に観察してみれば、先刻とは向きが大きく変わっている。
「もしかしてこっちに来てる?」
「進んでるかは微妙ね」
「きみわるイ〜」
「わたし、上から見て来ます!」
ふんすっとアニタは唇を尖らせた。一拍置いて、最初にシオンが正気に戻る。
「え、う、上からって、飛んであの船に行くつもりか??」
「うんっ。乗りはしないよ。近くまで行くだけ……だめかなぁ」
銀髪の少女はちょっと残念そうに俯く。
少年はぐっと言葉に詰まってしまった。
本音としては危険だから行かせたくない。
しかし、この付近が無人であることも、今のアニタなら何かあっても戦えるのも事実だ。
それでも目撃者がいないとは断言できない。
悩むシオンの肩に、ぽんと手が置かれた。
「こうしましょう。私がアニタの姿を隠す魔術をかけるわ」
「ヴィーさん!」
ぱぁっと笑顔になった少女を撫でて、彼女は一つ付け加える。
「ただし、船からはなるべく離れて」
アニタの華奢な手に、ヴィーは小型の双眼鏡を乗せた。
三対の白い翼が広がる。
上空へと羽ばたきながら、銀髪の少女は言われたことを思い出していた。
『良い? 戦闘形態に入ると、その衝撃で術が破れてしまうから、慎重に行くのよ』
船の元へ飛んでいく途中、アニタはあることに気がついた。
(あれ――誰かいる?)
双眼鏡を覗いて、少女は思わず固まってしまう。
「嘘……」
視界に写るイヴそっくりの女は、港の方を見て微笑んでいた。
「もうすぐ、もうすぐよ。貴方の苦しみの上にできた世界なんて、何もかも消してあげる」
魔女は両手を広げ、すぅはぁと深呼吸を一つした。
渦巻き状の雲の中心を見上げて、リリスは艶やかな声を紡ぐ。
「告げる。夜に魅入られた愚かな罪よ。進軍の時は来た。私の愛に応えなさい」
少女の眼前で、一つ、また一つと天から影が落ちる。
それらは翼を広げ、武器を持ち、陸地へとその矛先を向けた。
くり抜かれた空洞の眼孔には、ただ暗闇だけが写り込んでいた。




