第二十話・再会のアメジスト
アニタの最後の目的地である「夢見の塔」はシオンが知っていた。
七選帝侯であるベネッツァーリ領と、エッシェンホルスト領との境目に位置する港。
そこにはとある民話があった。
「そこから海に浮かぶ監獄島が見えるんだ。とは言ってもずっと使われてねぇんだけどな」
監獄島には大きな灯台がある。
ある日のこと、漁師が夜に灯台に火が灯っているのを見た。
ホラ吹きと言われた彼は島に行き、真実を確かめようとした。
古びた階段を上って行き、たどり着いた灯台の最上階。
そこで漁師は亡くなった恋人にそっくりな人物を見つけた。
「思わず泣いてしまった彼は、その人に抱きしめられている間に眠ってしまう。寝覚めた時には自分以外誰もいなくて、それ以来『大切な人ともう一度だけ会える夢見の塔』って言われてたんだってさ」
「へぇ……」
「おん? 元気ねぇな、どうした」
「船酔いですか?」
「そうみたいね……そこまで再現するなんて……流石うちの子達」
「はい水」
オリバーに礼を言って、ヴィーは水筒の蓋を開ける。
液体の表面が揺れるのを見てから少女は水筒を傾けた。
一行は、再び船に乗っている。
件の港は廃墟同然となっていた。
港町は空き家だらけで、役所の無線機を修理するのに、彼らは数日の足止めをくらった。
シオンはとある人物に連絡を取った。
その人の名前はニンファ・エッシェンホルスト。
現七選帝侯当主だ。また少年の雇い主でもある。
監獄島の調査許可要請と、ブローチについての報告書を提出するためだった。
すると偶然にもその港は、ベネッツァーリ領からニンファが譲り受けた土地であった。
そのため島の調査許可はすぐに降り、四人は残っていた小船を直し、出港したというわけだ。
「追加で港町の現状報告しなきゃだけど、幸運だったなぁ」
「オリバーさん、漕ぐの交代しましょうか?」
「ううん、もうすぐだし良いよ」
監獄島が近づくと、灯台――夢見の塔の姿をはっきりと捉えた。
均等に積まれた石材の隙間から、苔や蔦が広がっている。
最上階から海鳥が飛び立つのが見える。
小船を岸に固定して、一行は灯台を登り出した。
薄汚れた白の階段、その最上階にそれは立っていた。
「来たね」
初めて見る顔だったが、少女はそれが誰か知っている。
同じ銀髪を風に揺らして、アニタは彼にコツコツと近づいた。
「こんにちは、ルシファーさん」
紫水晶の華玉・天使長は、返事の代わりに穏やかに微笑んだ。
黒髪の少年がすっと両目を細める。
幼馴染の少女から聞いた夢の話と、以前見たアニタの『暴走』で出会った彼。
頼り甲斐の無いことが悔しくて、かと言ってルシファーに怒るのも違う気がした。
複雑な感情を向けるシオンの視界で、紫水晶の華玉は桜色の唇を開く。
「――ごめんなさい」
「……え?」
首を傾げる少女に向けて、彼はゆっくりと頭を下げた。
「そうするのが、君のためだと、そう思って私の意思を押し付けていた。ごめんなさい」
苦しげに眉根を寄せるルシファーに、アニタは――ほっと安堵の息を吐いた。
(緊張してたんだな)
銀髪の少女は自分の手をぎゅっと握り締める。
「なら、今度こそわたしとお話ししましょう」
「お、お話?」
「はいっ。あなたはわたしが知らないミカエルさんを知ってるんですよね? それをたくさん教えてください」
アニタの陽だまりのような笑顔に、彼は少しためらってから頷いた。
一方のシオンは、取材用手帳を取り出そうとして、ヴィーに止められていた。
「あの、そういえば遺体はどこに……」
「うん? あぁ、私は少し違ってね。こことは波長が合うだけで、肉が埋まっているわけじゃないよ」
穏やかな微笑みに戻ったルシファーは、不意に両手を叩く。
「そうだ。試練の方法を決めないと。そのために巡ってるんでしょう?」
少女は肯定しようと口を開き、
「――それは不要」
冷たい声音をこぼして、ぷつりと意識を失った。
不遜な態度で鼻を鳴らす少女に対して、最初に反応したのは幼馴染の少年だった。
「誰だ、あんた」
「姉さん……?」
重なったルシファーの声に、それは短く返答した。
「久しいな、愚弟」
アニタの魂深くに残っていたミカエルの自我は、つまらなそうに腕を組んだ。
「……脂肪が邪魔」
「姉さんっ! ど、どうしているの? ああいやそれよりまた会えてすっごく嬉し」
「喧しい」
「あぁんっ」
「急に叩いた!」
思いっきり平手打ちをされた弟は、それでもめげずに顔を上げる。
姉には弱いが、なんだかんだ根は真面目なのだ。
「で、でも試練はちゃんとしなきゃ、異例のことなんだから――んっあぁんっっ」
容赦の無い二発目。
反対の頬が犠牲になった。
少年と青年はふと小首を傾げる。
「なんで叩かれてるのに嬉しそうなんだ?」
「ヴィーちゃんさっきから何してるの?」
「教育上よろしくない……」
桃髪の少女は必死に手を伸ばして、二人の目を塞いでいた。
最終的にはルシファーが折れ、少女の項に白い輪を刻んだ。
「これで、武器が使えるようになるよ」
「はい先生、質問!」
「先生じゃないけどはいどうぞ!」
「アニタが使ってた銃みたいなのは武器じゃねぇのか?」
「うーん……武器ではあるけど。私が追加したのは、本気で力を使っても彼女が肉体が保てるための補強って感じかな」
「なるほど?」
ふと、弟は姉に問いかけた。
「というか姉さん、勝手に出てきたの?」
「ああ」
ミカエルは淡々と言葉を続ける。
「この体の主導権は私ではない。から、六分経つと呼吸と心拍が止まる。あと二十秒だ」
「早く! 早く戻ってくれ!!」
黒髪の少年は大慌てで、彼女の両肩を掴みながら揺さぶった。
一瞬不満そうに口を尖らせて、少女は突然脱力した。
数秒しない内に、前髪の奥で瞳が瞬くのがわかった。
「も、戻ったよ。シオン」
気まずそうにはにかむアニタを反射的に抱き寄せる。
「良かったぞ……焦ったぁ……」
「シ、シオン?? あの、えと」
赤面して助けを求める少女を、ほか三名と一頭は微笑ましげに見守っていた。
ルシファーを見送り、一行が小舟の元まで降りた時だった。
「おん? なんだあれ」
少年少女の視界で、海面が大きく盛り上がる。
渦巻き状に広がる黒い雲は、港町まで達しようとしている。
水しぶきと共に海上に現れたそれを見て、シオンは自然とその単語を呟いていた。
「――幽霊船?」




