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大罪人が語る夢  作者: ぬらくらげ
最終章
77/94

第十九話・泣きべそルベライト(下)


 とっさにアニタは叫んでいた。


「断罪、執行ッ!」


 頬を伝う汗と指先の震えを、少女は一拍遅れてから知覚する。


 オリバーも反射的に距離を取っていた。


(なんで……なんで、それが成立する)


 青年が戸惑ったのは他でもない――覆面の華玉から向けられた感情だ。


 優れた五感はある程度までなら眼前の心情を察せる。

 目の前の華玉から吹き出しているのは、歓喜と純然たる殺意だった。

 そしてそこに心配と思いやりが同居している。


 前者だけなら戦闘狂で説明が済む。

 しかし後者が自然に隣り合っているのはどういうことか。


 混乱するオリバーの前で、銀髪の少女の姿が変わる。

 黒曜石のようなドレスに、深い青色の兜、そして両手に携えた短機関銃(サブマシンガン)

 心の底の怒りを弾に込め、アニタはガブに発砲した。


 迫り来る弾幕に対して、男は巨体を傾けて走り出す。



 低い金属音が鳴る。


 少女と青年の耳にその音が届いた途端ーー槌で弾かれた塊が、彼らの間を飛び交った。

 なんとか避けたオリバーの眼前に土埃が舞う。

 その向こうから、黒い鎧が姿を見せた。


 振りかぶられた槌を(かわ)し、青年は男の首を腕で掴んだ。

 背後に回り、全体重を乗せて、動きを止めようと試みる。


(重たっ、このまま叩きつけるのは無理か)


 思わず舌打ちがこぼれる。

 その時、一発の弾頭が華玉のこめかみに迫った。

 惜しくも跳ね返されたものの、銀髪の少女は拳銃に持ち替え、すぐ側にまで近づいている。


 追撃は可能、そう青年は判断した。

 しかし、組みついている相手は細かく体を震わせる。


「?」


「楽しいねぇ」


 朗らかな声と共に、通常なら無理な角度で、ガブの肘がオリバーの脇腹にめり込んだ。


「がっ、ぅ」


 反射的に拘束が緩む。追撃を両腕で防ぎながら、青年は思考を巡らせる。


(こいつ、肩を外したのか? それにしちゃ動きが滑らか過ぎる……けど)


 当たり前のこと。

 今相対しているのは己と同じ非人間ではないか。

 体勢を整えた華玉を見上げて、巨人の青年は思わず笑っていた。



 アニタは続けて鎧の隙間を狙い続ける。

 中々両者共に踏み込めない中、ガブは体をひねって槌を少女の鳩尾に打ち込んだ。


 小さな口から唾液が散り、ふわりと体が浮き上がる。



 杉型の岩の根元から、彼女は空中に投げ出された。


(落下、海面、試練失格)


 脳内で状況を理解した瞬間――少女は無意識の内に天に手を伸ばした。



 背中が熱い。


 あんぐりと口を開けたシオンと目が合った時、アニタは自分の状況に気が付いた。


「……え? ええぇ!? 飛んでるぅぅ!!」


 三対の翼を広げて、少女は気流に乗って上空へと昇っていた。

 眩しいほど真っ白な翼は、確かに感覚がある。


 困惑する彼女の耳に硬い物が打ち合う音が聞こえる。

 青年と男性は依然として足と槌をぶつけ合っていた。

 大柄なガブが武器を使いがちなのは、おそらく鎧に傷をつけるのも合格になるからだろう。


(うん?)


 ふと、島の頂に降り立った少女は考える。

 背中の翼は自然と折りたたまれていた。


(もしかしたら……できるかも?)



 オリバーと楽しげに打ち合っていた華玉は、ふと別の方向に向き直る。

 彼を完全に覆うような弾幕。

 今日二度目のそれと、奥の岩に立つ少女を視認して、ガブは槌を振るう。

 彼女目がけて大量の弾が跳ね返る。


 そんな中、アニタは――ミカエルに言われたことを思い出していた。


(『最適解は予測できる』それなら)


 標的を覆っていた弾幕が無効化された、相手が油断している今だからできること。

 少女は冷静に拳銃を構える。

 一発。

 一発だけを予定の位置に撃ち出した。


 別の弾丸に接触し、少しずつ軌道が変わっていく。

 連鎖した弾丸が行き着く先は、


「――届いた」



 彼女の弾丸は着弾すると煙のように消えてしまう。

 しかしそれも自分の武器の一部と捉えれば、弾頭を別の何かに変えられるのではないか。

 思い浮かべたのは、青年が踏み込める隙を作るための物。


 ガブが自分の足元に迫った弾に気付いた時には遅かった。

 背後で擲弾(グレネード)が着弾する。


 それを合図に、小規模の爆発で土埃が舞い上がった。



 耳鳴りの先から、誰かが走ってくるのがわかった。

 男がその方角を知覚した刹那、顎に強い衝撃が加わる。


 青年の口から叫び声が漏れる。


「おっらぁぁぁぁぁあぁ――――ッ!!」


 蹴り上げられた兜がずれ、ガブの体が後方に押し出された。




 兜についた傷をそろそろと撫で、華玉の男性は体を起こした。

 構えるアニタとオリバーに対して、ガブは嬉しそうに拍手を贈る。


「お疲れ様ぁ! 君らの勝ちだよぉ」


 かくんと少女の膝から力が抜ける。青年は慌てて彼女に手を貸した。


 華玉達は戦闘形態を解き、元の格好に姿を戻した。

 しかし少女の翼はそのままだ。


「あれ、ガブさん、ハンマーは消えないんですか?」


「ああ、これはそこら辺で拾ったやつだよぉ」


 少女と青年に戦慄が走る。

 一方のガブは照れ臭そうに頬をかいた。


「試練で武器(インカーネイジス)を使うのはどうかと思ってぇ」


(あれってそう呼ぶんだ……)


(何それ。本当に手を抜いてたってことじゃん)


 安全地帯から腰を起こしたシオンとヴィーは、こそこそと互いに耳打ちする。


「拗ねてるわね」


「拗ねてるな」


「そこ、うるさいよ」


 微笑ましそうな桃髪の少女に撫でられながら、灰髪の青年は頬を膨らませた。



 少女のうなじに翼型の模様が増える。

 これで最初に現れたものを合わせて三枚になった。


 ふと、アニタの背から白い翼が姿を消す。


「これで好きに飛べるようになるよぉ。出すところまでは自分でできてたよね? すごいなぁ」


「あれはたまたまです……」


 苦笑する少女の眼前で、男は震え始める。


「う、うぅ、みんな帰りは気をつけてねぇ……」


 ぽろりと真紅の宝石が袋の隙間からこぼれ落ちる。


「近くに来ることがあったらまた遊ぼぉ。ルシファーによろしくねぇ」


「やっぱり最後はルシファーさんなんですね……」


 気まずそうにアニタは俯く。

 幼少期に見た夢が脳裏をよぎった。


 それでもいつかは進まなくてはいけない。


(わたしも……ルシファーさんも)



 決意を新たにした少女は、仲間達と共に、沖に見えた観光船に手を振った。




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