第十四話・精霊郷と道筋と
思わず身構えたシオンに、緑の炎を携えた女性は甘やかな笑みを浮かべた。
「ワーナー!」
声の向けられた少年の背後には、おどおどした平凡な人物が立っている。
警戒する少年少女に、ワーナー・ヘルストランドは苦笑しながら頬をかいた。
「すいませんでした」
シオンは深々と頭を下げる。
その正面で、七選帝侯の一人が戸惑っていた。
「いやぁ、君らの動揺も当然だよ? そんなに気にしないで?」
「いえ、迷惑をおかけしたのに、お礼を言う前に警戒してしまい……申し訳ありません」
少年に合わせて、仲間達もお礼を口にする。
感謝されることに慣れていないのか、ワーナーは恥ずかしそうに笑っていた。
その背後から、耳の尖った女性がべったりとくっついている。
「君らの件は、現皇帝と先代皇帝からの頼みだからね。無事で良かった」
シオンは目を見開いてから、悔しげに眉根を寄せた。
(師匠にまで……)
時間制限で焦っていたとはいえ、冷静さを欠いていたのは確かだ。
この分の借りは返さねばなるまい。
少年が猛省していると、不意にヴィーが植物園の外に目をやった。
「あれ、今」
「うん? 何か見えたかな」
ワーナーがガラス窓へと近づいていく。
「そういえば言ってなかったね――」
光の反射が収まった隙間から、ひらりと舞う小さな影が見える。
「ようこそ。精霊郷へ」
――精霊郷。
この大陸で唯一現存する精霊の群生地。
そこでは精霊と、精霊使い、そして「精霊の落とし子」が暮らしており、許可なく外部から入ることはできない。
その内側にいるのだと気づき、シオンの瞳が好奇で輝いた。
ワーナーとその妻の惚気に追われた一行は、市街を散策していた。
よそ者に向けられる様々な視線も、旅人である彼らには日常だ。
それを一身に浴びながら、少年少女は辺りを平然と見渡していた。
ふと、少年は前を歩く三人の背中を見つめる。
(そっか。また一緒に旅をするんだ)
自分から誘ったことなのに、彼の視界がじわりと滲む。
慌てて大柄なオリバーの背後に隠れた。
途中、買った揚げ菓子を食べながら、四人は現状の問題を話し合う。
「次はどこに行く?」
「精霊きょ、ヘルストランド領の位置はここだから……」
「もふふむふ」
「オリバー、飲み込んでから喋りなさい」
不意に、アニタがはっとした顔で手をあげた。
三人と一頭は彼女を振り返る。
「行きたいところが、ありますっ」
緊張に震えながらも、真剣な声音が響いた。
銀髪の少女は、自らの魂にいる華玉から聞いたことを話した。
これまで隠してきた、自分の役割のことも。
『精霊卿の石碑、波でできた巨木の根元、夢見の塔を巡れ。
――その時、お前は力を従えられる』
「黙っててごめんなさい……」
申し訳なさそうに少女は裾を握りしめる。
黒髪の少年は、彼女に一歩、一歩だけ近づいた。
「話してくれてありがとな」
はっとアニタが顔を上げる。視界に写るのは嫌悪でも同情でもない、仲間達からの静かな愛情だけだった。
四人は頭を突き合わせて、広げた地図を覗く。
「まずは『石碑』だな」
「聞いたことないわね……」
「エラム知ってる?」
「わからなイ。せーれーかんれんじゃないヨ」
「となると……」
シオンは楽しげに口角を吊り上げた。
知らない者が見たら怖がるだろうそれに、仲間達は総じて面倒事の気配を感じた。
少年は地図を畳んで立ち上がる。
「地道に聞き込みだな!!」
弾けんばかりの笑顔を浴びて、桃髪の少女は苦笑した。
ああ、戻ってきたなと思いながら。
精霊卿某所。
岩肌にぽっかりと穴が空いている。
その穴の入り口に立つ、翼のある像の前で、困り顔の少年が立っていた。
「……ここで合ってる、よな」
慎重に彼は手を伸ばす。
石像、否、文字の刻み込まれた石碑には丸い宝石が埋まっている。
「これさえ、これさえ持って帰れば」
彼の指先が宝石に触れた時だった。
「ーーおい」
少年の肩がびくりと跳ねる。
恐る恐る視線を上げた先では、
「ここで何してんだテメェ」
銀髪の女性が石碑に座っていた。




