第七話・原罪者の自責
一人の男が、地面にスコップを突き立てる。
その傍らには、布で包まれた塊が並んでいた。
アダムは墓の用意を子供達に手伝わせなかった。
自然の中で、それと密着して生きる以上、獣の死骸くらいは誰しも見たことがある。
何人かは同族の死体も知っている。
それでも、彼は一人でやるのを選んだ。
ただの傲慢だと知っていても、年長者が行うべきだと考えた。
墓石は三つ並んだ。
その内、二つは兄弟の、そして最後の一つは——
「……イヴ」
最初に惨劇を見つけたのは彼女だった。
食事の手伝いを頼みに行ったらしい。
アダムと長女がたどり着いた時には、青白い顔で気絶しており、二日間発熱して亡くなった。
お腹にいた、生まれる前の子供も一緒だ。
家の中で、長女のアイトワラスが保存食の準備をしている。
もうすぐ厳しい冬が来る。十分な蓄えを用意しなくてはいけない。
幼い双子は床に転がって遊んでいた。
「ぱかぱか〜」
「そっちオレの!」
彼らの手には、長男・カインの作った玩具がある。
ぶっきらぼうな彼が、自分なりに接し方を模索した結果だ。
(どうして)
アイの疑問に答えはない。
状況からして、カインがアベルを殺した。それ以上の事実は無かった。
どこか様子のおかしな点はあったか?
自殺したということは後悔したのか?
数日前まで、それなりに仲の良い兄弟だったのに。
(……どうして)
長女だけではない。家族の多くは静かな不安に包まれていた。
どこか落ち着かない、ぷかぷかと浮かんでいるような感覚。
不意に、小さな泣き声が響いた。
「どぅ、どぅじぇんが、かえじでぐんない……」
双子の兄弟に割り入って、長女はため息をこぼす。
「もう。喧嘩しないの。アクルトも涙拭きな」
「いまかえそうとおもってたもん……」
「そういうことも、言わないとわかんないでしょ?」
木彫りの馬には、丁寧に革の手綱がつけてある。
そちらは次男・アベルが作ったものだ。
生活の節々に残る、彼らの息吹に気付くたび、彼女は胸がちくりと痛んだ。
「姉さん、夕飯の準備できたよ」
「腹減った!!」
「あ、ありがとう」
真ん中っ子達が用意してくれたらしい。
食卓に目をやって、長女はきゅっと眉根を寄せた。
「お皿三枚、下げて大丈夫よ」
もう使われない椅子を見ながら、彼女はそう呟いた。
「なんで?」
先ほどまで泣いていた弟が、不思議そうに尋ねて来る。
まだよく理解できていないのだろう。
「それは、もう」
かつての飢饉で見た、死体の山を思い出す。
「もう、兄さん達も、母さんも……」
「——帰ってこないからだよ」
不気味なほど穏やかな声音。
いつの間にか玄関に立っていた父は、そっと双子の頭を撫でる。
ぽかんと口を開けて、幼子達は彼のことを凝視していた。
いつも通りの父親であるはずなのに、どこかひどくやつれている。
今にも風に吹かれて消えてしまいそうな、儚い幽霊のような表情だった。
彼に「おかえり」と言う暇も無く、空は赤く染まっていった。
広くなった家と増えた役割に、子供達は次第に順応した。
家長の自分が弱々しくてはいけない。そう思ってアダムはよく微笑むようになったが、以前よりもぎこちないものだった。
(ダメだな……)
墓を掘っている時、涙は散々流したというのに。
不甲斐なさに唇を噛み締めた瞬間、頭に電流のような衝撃が走った。
「ぁ、っく」
思わずその場に膝をつく。
その痺れは、彼も良く知るものだった。
(——神、託?)
頭の中に、老若男女様々な声が入り混じる。
羊や小麦、虫や風の囁きのようなそれは、一つの試練を明示した。
創造なくして破壊なし。
破壊なくして創造なし。
この星は破棄・漂白され、新たな星の礎となる。
感情に例えるなら、悲しく、喜ばしく、愚かしく、素晴らしいことである。
お前は極点に到り、杭を打て。
天使の顕現を合図に、星の終わりが訪れる。
今あるこの世界を終わらせると、創造主は淡々と告げた。
その日の朝、アダムは遠出のためのローブを身に纏った。
「アイ。昨日言った通り、一週間ほど留守にするから、何かあったらここに避難して」
「うん、気をつけてね」
「おみやげまってるー」
「父さんご飯持った?」
口々にそう言って、子供達は父を見上げている。
わずかに寂しさの覗く笑顔で、彼らは最後に同じ言葉をこぼした。
『いってらっしゃい!』
なんと、なんと返せば良かったのか。
「世界の終わり」は、彼らの消失も意味する。
神託は絶対だ。そうやってヒトは生き抜いてきた。
それでも、今アダムは歪めた顔を隠している。
父は、無言のまま、ゆっくりと扉を閉めた。
食後の皿を洗っている最中、次女のルフトゥは頭痛に襲われた。
早めに横になって休んでいると、彼女の体に痺れが巡る。
甘ったるい声が耳元で響く。
天使を。
断罪の天使を描け。
お前が捨てた故郷の知恵を、我らに共有せよ。
(これが、姉さん達が言ってたやつか)
ふと、少女はそれに声をかけていた。
「私が空から降った時、助けてくれたのは貴方?」
返答は無い。
その代わりか、付け足すように希望が提示された。
報酬は——願いを一つ、叶えよう。
(報酬……)
彼女は元々、家族を契約関係の一種だと教わった。
自分を生かしてくれた両親も、複雑な心境はあれど、あまり実感が無い。
しかし、この星での生活は、少女にとって大切だ。
時々くすぐったいが、温かくて大好きだった。
起きたら一人に戻っているのではと、泣きながら跳ね起きてしまう自分を、アダムとイヴは何度もなだめてくれた。
上の兄二人は、ルフトゥの寝台を新しく作ってくれた。
姉も弟達も、彼女を受け入れてくれた。
初めて触れる物だらけの世界で、ようやく得た家族。
「どうか」
黒髪の少女はそっと両手を握りしめる。
「家族が、一日でも長く、一緒にいれますように」




