表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
大罪人が語る夢  作者: ぬらくらげ
最終章
61/94

幕間・灰色の星が終わった日(下)


 一時間ほど発声練習を繰り返し、多少かすれはするが喋れるようになった。

 少女はよろめきながらも立ち上がる。


 ふと、他の繭が目に入った。

 外から慎重に触れると、無機質な冷たさが伝わった。


「……大人はどこに行ったの?」


 改めて周囲を見渡すが、薄暗い部屋には壊れた機材が散らばっているだけだ。


 戸惑いながら居住区に繋がる扉に触れる。

 しかし、固く閉ざされていて開きそうにない。


(どうしよう)


 不意に、風が隙間を通って音を立てた。

 隙間風など経験がない少女の肩が跳ねる。


 恐る恐るそちらを向くと、目立たない色の扉が、わずかに開いていた。


 少し伸びた黒髪を揺らして、彼女はドアノブに手をかける。

 それを咎める存在は、今この場には一人もいない。



 扉を抜けた先には、廊下と大きな窓があった。

 窓ガラスは粉々に割れて、床には破片と小石が散乱していた。


「すごい。これ、外に出れちゃうんじゃ」


 思わず興奮した様子で足を踏み出し、ふと思う。



 ——鉱物の声が聞こえない。


 少女は動揺しながら、窓の外の地面に触れた。

 ざらりとした砂の感触が指を包む。


 数日前には苔むした岩があったはずのに、視界は灰色の空と砂で埋まっている。



 理性ではなく、生き物としての本能が告げる。

 ここでは長くは生きられない。


 この星はもう、死んでいると。



 ふらふらと黒い染みのある汚れた廊下を進む。

 なぜ自分だけがこの状況の中、『銀の繭』から出されたのか。

 少女が思考を放棄しようとしたその時だった。



『行こう』



「……え?」


『行こう』


「っ!」


 聞き慣れた、人とは違う鉱石の声音。


 慌てて走り出した足はもつれ、期待を押し殺すように下唇を噛んだ。



 たどり着いた禁止区域の再奥で、それは彼女を待っていた。


『行こう』


 老若男女を混ぜた響きは、少女の身長よりも大きな宝石から鳴っている。

 虹色のそれは門のような機械にはまっていた。


「何これ。ここだけ電気が通ってるの?」


 戸惑いつつも、点滅を繰り返す機器に触れる。

 普段使っている学習用の物と違って、操作する部分が圧倒的に多い。

 授業で習ったコンピューターと呼ばれる物だ。


 不意に、少女は肘で何かを押してしまった。


(しまっ)


 モニターが点滅し、所々欠けた文章が表示される。

 近くにあった段差を踏み台に、彼女はそれを読み始めた。



『これは個人的な記録だ。特定の操作でしか読めないようにし■おく。



 我々の暮らす惑星は、かつては「■■」と呼ばれていたそうだ。

 しかしとある毒素によっ■、我々の先祖の生息地が絞られ始めた。

 やがて技術は徐々に衰■し、住める場所を転々としていた集団が、過去の文明の跡地を発見‬した。


 その集団こそ、我々の■つ前の世代である。

 彼らはその■■を整え、そこを人類最期の場所と決めて、定住することにした。


 定住地の名は『フリートホープ』‬。



 古■技術を読み解く中で、休眠機器である『銀の繭』の使い方がわかった。

 また、並行世界を移■■るために作られた『門』の存在が明らかになった。

 今よりも生きるための心配が少ない世界に、我々は行けるかもしれない。



 子供達の経過は順調だ。

 このままこの場所で生きるにせよ、『門』で別時空に転送するにせよ、肉体の適応能力を極限まで上げる必要がある。

 なかば強引な薬物投与には反対者もいたが、必要■手段だったと俺は思う。

 現に彼らは現状の星でも暮らせる体になった。



 子供達を『銀の繭』で休眠させた。

 彼らは後■に続く大切な存在だ。

 そのために彼らの親を含む志願者達は、貴重な食料としてその身を『フリートホープ』の合成■■に任せたのだから。

 『門』の解析は明日には終わるだろう。



 今日、ついに発狂した者が出た。

 己はまず助からない。『繭』の子供達もいずれは死ぬ‬と言って、『繭』■動力源に押し入ろうとしている。

 残念だが場合によっ■■、力ずくで止めなくてはいけない』



 日記の文章はそこで終わっている。

 少女は書かれていることをただ受け止めた。


 そして気づいてしまった。


 廊下の汚れや、動かない『繭』の違和感。

 何よりも、理性がわざと無視をしていた——辺り一面に転がっている干からびた人間の姿に。


「……」


 段差だと思って踏んでいたのは、白い服を着た男の死体だった。


 ゆっくりと降りて、彼女は呟いた。


「そっか、手紙、読まれてなかったんだ」


 きっといつもの食事の中には、自分の父母もいたはずだ。

 少女はそっと腹を撫でる。

 知らないだけで、ずっとこの身と共にあった。


 試しに自分自身を抱きしめてみるも、腕は一人分の温もりしか無かった。




 男性の脇に転がっていた銃を、手慰みに分解する。

 過去の戦争や自衛で使われていたのだと教わった。

 その時なぜ詳細な構造まで習うのかわからなかったが、教える相手が死ぬ前に全てを継承しようとしたのだろう。


 分解と再構築を終えて、少女は一人考える。

 これからどうするべきか。


 周囲の劣化具合からすると、最低でも休眠から十数年は経っている。

 食料や水の調達方法はわからず、先ほどまでついていた電気は消えかかっていた。


『——行こう』


 ふと、彼女は一つ思いついた。


「君、それもしかして名前じゃないの?」


 返事はなく言葉だけが繰り返される。

 巨大なこの機械が、日記にあった『門』らしい。


「どうして、使われなかったのかな」


 発狂者との殺し合いになったか、毒素が防げなかったのか、色々と考えられるところだが、少女は『門』に近寄った。


 複雑な紋様の鍵穴には、すでに鍵が刺さっている。

 彼女の知る物の五倍はありそうだが、どうにか動かせそうだった。


(これを回したら、ここじゃないどこかに行ける?)


 しばし逡巡した後、幼い手は冷たい鍵を握った。



『行こう。最後の人の子よ』


 扉の先には渦があった。

 指の先から少しずつ、分解されながら飲み込まれていく。


 一瞬息を飲んでから、少女は自ら飛び込んだ。




 瞼がぴくりと蠢く。


 慎重に開いた先には、透き通るような青が広がっていた。


「あ……」


 渦はぐんぐんと遠ざかって閉じていく。

 そこで自分が落下していることを知った。


 不意に、ふわふわした白い物が動いているのが見えた。


(あれ、習ったことある)


 視界を覆い尽くしているのは、彼女の知らない空。


 美しい光景が、じわりとぼやける。


(そうだ。もう、どこにもない)


 友と眺めた灰色の空は、渦の向こうに消えた。


 自分で捨てた故郷を思って、少女は涙をいくつもこぼした。

 作られたものであっても、それは彼女にとって、確かにあった日常なのだ。



 近く地面に覚悟を決めた時、ふわりと何か(・・)が少女を受け止める。

 空気抵抗とは違うそれに、彼女は慣れ親しんだ機械的な感触を覚えた。

 見えない何かはそのまま、黒髪の少女を草原に下ろす。


 呆気に取られていると、複数人の足音が聞こえてきた。


「あ、兄さん、父さん、こっちにいたよ」


 二人の青年が草をかき分けて近寄ってくる。

 純朴そうな人と目つきの悪い人。


 どこか浮ついた気分で黙っていれば、二人はその場に膝を下ろした。


「こんにちは。僕らね、君を迎えに来たんだ」


「誘拐犯の台詞だな」


 ぶっきらぼうにそう言って、赤毛の青年は水筒の水で布を濡らす。


「ん」


「……えっと」


「冷やしとけ。腫れるぞ」


 言われるがままに布を瞼に当てた。

 そんなにわかりやすい顔だったかと思っていると、もう一人分の声が聞こえた。


「はぁ、ふ、二人共早いな……父さん足が痛いよ」


 そろそろと布をずらした瞬間、優しげな表情の男性と目があった。


(大人だ)


 少女が困惑したのがわかったのか、彼は穏やかに微笑み、目線を合わすために膝を折る。


「僕はアダム。そこの二人はカインとアベル。君の名前を聞かせてくれるかな」


 少し考えてから、彼女は唇を開いた。



「——青空(ルフトゥ)




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ