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大罪人が語る夢  作者: ぬらくらげ
最終章
58/94

第四話・自分に厳しいサファイア




 石造りの門は、乱雑に少年を吐き出した。


 受け身を取って転がったシオンに、大きな人影が覆いかぶさる。


「お、オリバー! どうしたんだこんなところで」


「散歩」


 しゃがみ込んで見下ろしながら、彼は肩をすくめた。

 隠す気もない退屈そうな顔に、思わず少年はにっと口角を上げた。


「なんか、表情増えたな?」


「……早く起きなよ」


「そうだった」


 立ち上がったシオンの脇で、オリバーは自分の両頬を揉んだ。

 数分ほど消えていた少年の匂いが戻ってきて、念のため探しに来たのだが、まさか習慣化していた微笑みが消えているとは思わなかった。


 不思議がる青年に、ふとシオンが問いかける。


「アニタは長机のところか?」


「ううん。エラムと一緒に、羊頭の悪魔について行った」




 シオンが煉獄に戻る直前のこと。


「一番最初の天使様、いえ最後のというべきだったかしら?」


 憤怒の悪魔は静かに微笑んでいた。

 アニタの額に冷や汗が滲んだ。


 震える手を包み込んで、少女は悪魔に声をかける。


「少し、お話しできますか」


「ええ勿論。よろしければ私の自室で……何もしませんよ、心配なさらずとも」


 憤怒がそう言って見つめる先には、いつの間にか起きていたオリバーが座っている。


 警戒を緩めない彼の肩で、炎の精霊が伸びをした。


「しんぱいなラ、ついてこうカ?」


 悪魔と青年を交互に見つめて、銀髪の少女はしっかりと頷く。


「エラムさんがよろしければ、お願いします」


「ほいやっサ」


 納得したのか、オリバーは両目をつむった。



 憤怒に手を引かれながら、彼女の部屋に足を踏み入れる。

 灰色の天井、ソファーと丸テーブル、驚くほど簡素な空間だ。


「さて、お聞きしましょうか」


 促されるままに隣に座って、アニタは恐る恐る口を開いた。


「先ほど言っていた天使って……ミカエル、さんのことですよね」


「ああ、ご存知でしたか。そうですよ」


(やっぱり、ルフトゥさんだったんだ)


 確信を胸に抱き、彼女は沈黙の中で追想した。



 それは、研究所に保護されていた時まで(さかのぼ)る。

 少女がまだ柔らかな寝台に慣れてなかった頃。


 見回りの人に挨拶をして、ゆっくりと睡魔に包まれる。


 彼女はその日夢を見た。


 徐々に体が持ち上がり、どんどん地面が遠ざかる。

 やがて雲も超え、青い球を見下ろす場所にたどり着いた。


(あれは星。わたしやシオンがいるところ)


 そう直感した次の瞬間、青い星は影に覆われた。


 穏やかに微笑む鉄の処女(アイアン・メイデン)が、その胎内に球体を飲み込む。

 暗闇の中で誰かが囁いた。


「——君の力だよ」


 気がつけば中性的な銀髪の青年が立っていた。


 彼はどこか誇らしげに続けた。


「『暴走』と呼ばれる現象がある。あれは正しくは華玉の『宣言』だ。この星を、ひいてはそこに生きる種を、断罪するという表明。それによって、肉体から抜け出す前に力を使える」


「う、うぅん?」


「あ、ごめんね。難しかったかな」


 小さく咳払いをして、青年は再度話し始める。


「君が人やこの世界を『許さない』と怒る時——この世界は終わる。君にはその力と権限があるんだ」


 そう言いながら彼は、小ぶりな木槌を差し出した。


「全員意見が一致した段階で、世界の破棄は行われる。君が最後の一人だ。今すぐ『宣言』するなら、これを取るといい」


 嬉しそうな彼を見つめ、少女はじっと考える。

 この木槌を受け取ったら、今見ている光景が実現するのだろうか。


 太陽の光が遮られた星を見下ろす。

 地表では少しずつ着実に熱が失われていた。


(……シオンはさむいのきらい)


 冬の日、鼻先と耳を赤くして震えていた幼馴染。


 幼い彼女に難しいことはわからない。

 それでも、一つだけ確かなことがあった。


(シオンにきらわれるのは、やだなぁ)


 自分を「嫌い」だと言う少年を考えて、少女は嗚咽と共に涙をこぼした。



 成長するにつれて、自分が背負っているものを理解した。


 どうしても拭えない人間への嫌悪。

 これを表に出したらこの星は終わる。


 熱を奪われ、生命を奪われ、星自体も破壊されるだろう。


 だから、アニタは衝動を抑え込むことにした。


 全ては大切な者の側にいるために。



 紅茶を啜る憤怒に、銀髪の少女は切り出す。


「ルフトゥさんと華玉の関係はなんですか? それは息子さんの片目が宝石なことと、何か繋がりがあるんですか?」


 興奮から頰を赤くして、彼女は返事を待った。


「昔、私が作った何個体かが、地上で同種を増やした。それだけです」


 ゆっくりと羊の口が動く。


「——力の使い方を知りたいのですね」


「っ! ……はい」


「北島ではマスターの願いを優先し、どうも時間が足りませんでしたが、ここでなら問題ありません」


 そっと少女の頭を撫でて、憤怒の悪魔は呟いた。


「貴女の望む形で、力を使えるよう、教えて差し上げます」


 アニタが返答する前に、背中に激痛が走った。

 思わずソファーから床に倒れ込むと、ずるりと言う音を最後に、痛みが引いていった。


「ただし私は何もしません。教師役をするべきなのは彼女です」


「彼、女?」


「ええ。私が最初に作った、最も強固な破壊者……ミカエル。正確には、魂の奥底で眠っていた彼女の自我です」



 少女が顔を上げた先に、一人の女性が立っていた。


 独特な白い甲冑を身につけた彼女、ミカエルは無言でアニタに歩み寄る。

 戸惑う少女の足元に、銀色の剣が投げられた。


 白い甲冑を軋ませ、その天使は口を開く。


「取れ」


 淡々とした声に言われるがまま、アニタは簡素な柄に手を伸ばした。


 刹那——腹の奥で熱が煮えたぎる。

 その熱には覚えがあった。

 この世に生まれ落ちた時から共にある、己の根底にあるどうしようもない怒りだ。


「過度な言葉は不要」


 機械的な輪に囲まれ、彼女の瞳は伺えない。

 しかし、先ほどの一言よりは、肉声に温度が滲んでいた。


「まずは、お前の全力を見せろ」


 感情の高ぶりを示すように、硬質な籠手(こて)に光が走った。

 ミカエルが構えた直後、うつむいていた少女が顔を上げる。


 蒼玉の兜が顕現した。




「おーん、これ入って良いのかわかんねぇな」


「待つしかないでしょ」


 憤怒の部屋の脇で、シオンはあぐらをかいていた。

 ここまで案内したオリバーは、適当に相槌を打っている。


 暇を持て余した結果、青年の灰髪は着々と三つ編みにされ始めた。




 一方その室内では、悪魔が肩をすくめていた。


(はしゃいでますねぇ)


 頭上を弾丸が飛び交い、拳と拳の間に火花が散る。


 ミカエルと手が合わさった瞬間、少女は背後に飛び退いた。

 そのまま突き通す前に、握り込まれて骨が折れると直感が告げた。


 腕力差は歴然。


 アニタは一定の距離を保って射撃を繰り返す。

 当てるためではなく、近寄らせないための弾幕。


 その雨の中を、最初の華玉は平然と歩いた。

 泳ぐような滑らかさで、一歩、一歩、少女に近づく。

 弾は当たらず、彼女を避けて壁に穴を開けていった。


 本のページをめくりながら、憤怒の悪魔と精霊王は目を細める。


「……あれは、わざとですね」


「あいかわらずだネ」


 ミカエルの力量であれば、一つ残らず叩き落とせる。

 しかし、彼女は動作の選択肢を増やすため、あえて無駄な動きを避けている。

 最低限、全ての弾の軌道を把握し、当たらない位置にずれながら進んでいた。


 そもそもだ。


 短機関銃(サブマシンガン)を二丁抱えているアニタに対し、彼女はまだ自分の武器を出していない。


(この程度なら、武器(インカーネイジス)は不要と言うわけですか)



 あと一メートルというところで、ミカエルは一気に距離を詰め——少女の片手首に手刀がめり込む。

 足を狙っていた拳銃が床に落下した。


 ヒビが入った手をかばいもせず、アニタは兜で覆われた頭をかち合わせた。

 ぐわんと女性の体がよろめく。

 少女は銃を構え直し、ふと、迫る影を知覚した。


 上体をひねったミカエルの足先が、こめかみに触れたその時、勝敗が決した。



 体を包む浮遊感。

 少女は照明に激突した。

 砕け散ったガラスに紛れて、サファイアの兜が消えていく。


「ぅっ……」


 呻くアニタに、白い手が差し出される。

 彼女は薄眼を開けて、無表情のミカエルを見上げた。

 恐る恐る、左手を重ねると、そっと体を起こされた。


 悪魔は読み終わった本を閉じ、二人に声をかける。


「回復の準備はしておくから、済んだら出てきてくださいね」


「了解」


 無機質な返事を背に、憤怒は扉を開けた。


 眼前に予想外な光景が広がる。


「ねぇ、今何本になってるのこれ」


「今六本目編んでるぞ!」


「あいっ!」


 いつからいたのか、無垢なる悪魔まで混じって、廊下で歓談している。

 気の抜ける雰囲気に、思わず憤怒の口からため息がこぼれる。


「いらしてたならノックしてくだされば良いものを」


「おっ、いやぁ、邪魔にならないか不安でな。話は終わったのか?」


「ええ」


 悪魔の蜘蛛足がカチカチと鳴る。


「お風呂から上がれば、合流できますよ」


「おふっ!?」


「にぅー、あぃおおぶよーぁいゆー!」




 突如として出現した浴槽に、ゆっくりと体を浸す。


「い、いたたっ」


「だいじょうブ?」


「な、なんとか」


 ピリピリとした感覚と共に、手首の激痛が和らいでいく。


「おぉ……」


 思わず関心しながら、アニタはこめかみにもお湯をかけた。

 兜の隔たりがあったため骨に異常はないが、わかりやすくコブになっている。


(多分、手加減してもらってたんだよね)


 初めての暴走時は意識が無かったはずだ。

 しかし今回はうっすらと意識を保ち、一歩下がった感覚で己を見ていた。


 甲冑を脱ぎ終わったのか、ミカエルが湯船に足を入れてきた。

 長い横髪で胸元を隠し、腰回りにタオルを巻いて、彼女はじっとこちらを見つめている。

 額を覆う機械の輪はそのままだ。


(タ、タオル巻くのそこなんだ)


 緊張した面持ちで、アニタは声をかけた。


「あ、あの、ミカエルさん」


「『さん』は不要。私はお前」


「そ、そうでした」


「ミカちゃんと呼べ」


「ミカちゃ、え??」


「冗談だ」


 無表情のまま、淡々と彼女は続ける。


脆弱(ぜいじゃく)


「はぅっ!」


「だが、見込みはある」


 淡々と、ミカエルは続けた。


「最後、私が手を貸した時、お前は利き腕を預けなかった」


 無自覚だった。

 思い返せばそうかもしれないという程度だ。


「もし、出したのが利き腕だったら、どうしたんですか?」


「掴んで引き寄せて肋を五本折った」


「ひっ……」


「冗談だ。一本しか折らん」


「おるのはかわらないのネ」



 湯船で体が温まってきた頃、天使はもう一度口を開いた。


「過去に、私と互角の人間がいた」


「……え?」


「そいつが言った。『常に最善の手を選ぶということは、行動を予測できるということだ』と…………夢の話だが」


「ゆ、夢」


 ずいっとミカエルはアニタに近寄った。


「思考を止めるな。選択しろ。そのための回路は、私が開く」


 慣れない手つきで頭を撫でられる。


 少女の首の後ろに、一枚の翼の紋様が浮かんだ。



 ——精霊卿の石碑、波でできた巨木の根元、夢見の塔を巡れ。

 ——その時、お前は力を従えられる。



 そう声が響くと、すでに最初の華玉の姿は無かった。




 用意されていた服に着替え、アニタは外に出た。


「あ、あのお待たせしました」


「大丈夫ですよ」


 ふと、シオンと目が合う。

 時間だけならついさっき別れたばかりだが、二人は久々に会ったような気がした。


「キギッシェン。お疲れ」


「ありがとう」


「おりばーがかわいいことになってル!」


「不本意ながらね」


 少年少女が揃ったのを合図に、動いたのは無垢なる悪魔だった。



 ぱんっと柏手の音が響き渡る。

 そちらを見れば、姿の変わった無垢が胡散臭い笑みを浮かべている。



「さてお客様、我らが『父上』の自室までご案内しましょう」


 試すような微笑みで、悪魔は恭しく首を傾げる。


「——覚悟の準備はよろしいか?」



 三人と一頭は、一瞬顔を見合わせて、力強く頷いた。




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