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大罪人が語る夢  作者: ぬらくらげ
最終章
57/94

第三話・瑠璃色と双頭の蛇



 重たい沈黙の元、三人分の足音だけがやけによく響く。


 シオンは自らの両手首を拘束する、輪っか状の文様を見下ろした。

 白い光のようなそれは、華玉の男性がつけてきたものだ。


(……こんなに細いのに、指一本動かせねぇ)


 無害を示すために、少年も進んで両手を差し出した。


(それにしても、ここが、地獄?)


 踏みしめた木製の橋が揺れる。

 橋で繋がれた球状の建物がいくつも浮かんでいた。


 真下には漆黒の大穴が覗いている。


 表層を漂う亡霊の悲鳴が、シオンの皮膚をかき分けるように、容赦なく潜り込んでくる。

 怨嗟と後悔、憎悪と憤怒の渦に飲まれそうになった時、彼の肩を誰かが叩いた。


「あ……」


「大丈夫? ふらついてたけど」


「はい、平気です。ありがとうございます」


 煉獄にいた死者の魂は、ここまでの主張が無かった。


 その違いに驚きつつも、否応なしに少年は理解した。

 ここは紛れもなく、古今東西唱えられている地獄なのだ。



「——ルイジュ」


 ふと、男性が彼女に声をかける。


 その表情は真剣そのもので、イエローダイアモンドの瞳を細めて、彼は薄く唇を開いた。


『早々に記憶を消し、地上に送り返すべきだ』


 鉱石の擦れ合うような音がこぼれる。

 華玉同士だけが使える会話方法だ。


『それは私達の判断できることじゃない。支部長に……最低でも副支部長に確認を取るべきね』


『どのみちこいつの記憶は消されるだろう。手間は省いた方がいい』


『わかんないよ? 事実に限りなく近い、死後の世界を広めたロワ派? だって、解釈で分裂していった。一人や二人がここの存在をバラしたところで、私達の仕事が変わるわけでもない』


『確かに知られてはいけないというのは、暗黙の了解に過ぎぬが……』


『ガラン、やけにこの坊やを気にするね。何? 私の好みの容姿だから?』


 からかいを込めた笑いに、男性は耳まで赤く染めた。


「違うッ!! それだと揺籠(ゆりかご)から墓場まで全ての二足歩行に嫉妬する羽目になるだろうが!!」


「さすがに揺籠は言い過ぎよー?」


 急に声を張り上げた男に、シオンは両肩を跳ね上げる。

 ガランはその様子を睨みつけから、一人でどんどん進んでいってしまった。


「びっくりしたかな」


「ま、まぁ」


「筋肉バカには後で言っておくね。ほら、見えてきた」


 指で示された先に、ひときわ大きな苔むした球体があった。

 近くに寄るとその巨大さがよくわかる。


 片手で鉄の扉を開き、ルイジュは口角を吊り上げた。


「さ、この中にいる方々に事情を説明しておいで。取って食われは滅多にしないから大丈夫」


「それたまにはあるってことじゃ」


「ほらさっさと入る。じゃあね未来の息子!」


「痛!」


 少年は勢いよく背中を叩かれ、転びかけながら室内に足を踏み入れた。


 振り向きざまに、不満げな男と嬉しそうな女の顔が見えた。



 シオンが辺りを見渡すと、やけに目立つ物体に目が止まる。

 シャンデリアのように天井からぶら下がった、美しい天蓋(てんがい)付きの寝台。


 カーテンの隙間から、横たわる何かが(うごめ)く様子がわかる。


『ウ〜ン』


 それは幼い双子であった。


 しかしとても人間には見えない。


 蛇の頭と尾がそのまま人の上半身になったような生物だ。

 それぞれの手も、片方は水かきが、片方はサイのような蹄がある。


「アれ」「だれー?」


 眠たそうに目をこすりながら彼らは続けた。


「なにか、オはなしなのです?」


「ねむケざましに、キいてやる」


「あ、そ、そうです。俺はシオンと言います」


 慌てて頭を下げると、双子は寝台の上から微笑んだ。


「じごくしぶに、よウこそなのです」


「われわれはココのカんりにん」


 ——ベヒモスとヴァイアサンである。


 そう名乗った二人は、薄暗い寝台から少年に手を伸ばす。



「むぇ」


 シオンは両側から頰を押し込まれた。

 ぐるぐる回したりと散々弄んで、双子は顔を見合わせる。


 不思議そうに首を傾けたかと思うと、唐突に大あくびをこぼした。


 そのままぐらりと床に落ちそうになる。


「危ねぇっ!」


 即座に少年が受け止めたが、二人は気にする様子はなく、こくりこくりと船を漕いでいる。

 シオンは双子を慎重に抱き上げた。


(二人も……これぐらいの歳だったな)


 彼の脳裏に、妹と弟の姿がよぎる。

 胸の辺りがちくりと痛んだ。


 何事かとシオンが訝しんでいると、扉の開く音が響き渡った。

 同時に肉汁の香りが鼻先をくすぐる。


「あらぁ〜! 面倒見ててくれたの? 助かるわぁ〜」


 底抜けに明るい声に双子が顔を上げた。


「じず!」「じじゅー」


「はぁい、お二人さん。お昼ご飯のお時間よ」


 突然現れた男性はヒールを鳴らしながら、フードカバーを掲げる。


「貴方も食べていきなさい? 量はたっぷりあるから……って、あら?」


 ラピスラズリの瞳を見開き、副支部長・ジズは小首を傾げた。



 数分後、シオンは切り株に腰掛けていた。


 眼前には巨大なキノコが生え、その上に温かな食卓が広がる。

 焼きたてのハンバーグに、トライフル、オニオンチーズトーストが並んでいる。


 ちらりと視線を横にやれば、揃いのよだれ掛けをつけられた双子が、まだかまだかと先割れスプーンを握りしめていた。


「本当にごめんなさいねぇ? 地獄(こちら)の探査システムの不調が原因よ。不調なんて初めて起きたわ……煉獄支部の方には、ちゃぁんとアタシが連絡してあるから! お詫びにたぁくさん食べていってちょうだい」


 そう言いつつも、ジズはハンバーグに目玉焼きを乗せて、少年の前に差し出す。


「ありがとうございます。美味そう……」


「どういたしまして」


 優しく微笑む片手間に、彼はクリーム(まみ)れの双子を拭いている。


 慣れた仕草に思わず感心しながら、シオンはハンバーグを切り分けた。

 途端に熱々の肉汁が溢れる。

 香ばしい焼き目に、薄い腹がくるくると鳴る。


 口の中で噛み締めると、シナモンの香りが広がった。


 不意に、黒髪の少年はかつてのことを思い浮かべる。

 母は素朴な料理を好んだが、とある肉団子のスープだけ、少年の父から教わったというそれだけは、複雑な香辛料の風味だった。


 最も、少年の父が残した本と一緒に、そのレシピも燃えてしまった。


(……頑張って、再現してみようかな)


 それでもまるっきり同じ物は、もう食べられないのだろう。

 そう思うと、また彼の胸が痛んだ。


(こんなに引きずってたのか、俺)


 見えてなかっただけの傷痕を、ようやく少年は受け止めた。

 それが癒えるのは、まだまだこれからである。



 シオンが自分の食べた分を片付けていると、背後で泣き声が響き渡る。


「ど、どうした?」


「あらぁ」


 見やれば、最後のイチゴを取り合って、双子が互いを叩き合っている。

 元の腕力が弱いのか、どちらも全く痛そうではない。


「昔はもっと大人だったんだけどねぇ。まぁ、元気が良いのは素敵なことよ」


「昔、ですか?」


「ええそう。今のあの子達は、言うなら弱体化した状態だもの」


 数秒思案して、少年はジズを見上げた。


「弱体化って、なんでですか」


 瑠璃色がまっすぐにシオンを射抜く。


 怯みそうになる圧に、少年は真っ向から見返した。


「無理に聞く気はありません。どうしても、気になってしまって」


 ゆっくりと言葉を紡ぐ。

 一手でも行動を間違えたら、彼は自分の知る事実を伝えはしない。

 少年にはそんな確信があった。



 双子の喧嘩が静まり始めた頃、ジズはため息交じりに口を開いた。


「あの子達はね、ある目的のために生み出されたの」


 淡々と彼は続ける。


 目の前の黒髪の少年は、煉獄支部の客人。

 それも孤独のアダムに会いにきた人物だ。


(それなら……いずれ知ることでしょうし、アタシが言っても順序が変わるだけね。これも因果かしら)


 ゆったりと両腕を組んで、ジズは目を伏せる。


「その目的は『世界に終末をもたらすこと』。そしてそれは無事遂行され、彼らはその力の大部分を回収された」


「……え?」


「かつて一度、破棄された世界があるってことよ」


 荒唐無稽なその言葉を受けて、黒髪の少年は黙り込んだ。


 ある一点に至った瞬間、ハッとした表情で顔を上げる。

 その目は好奇心で爛々と輝いていた。


 それを見計らっていたかのように、男性は彼の背中を叩いた。


「さぁ! お帰りのお時間よっ!」


 頭上から伸びた枝がシオンを包み込む。

 (かご)のような形になったそれは、遥か頭上の黒雲へと登り始めた。


 呆気にとられる少年に、双子を抱きかかえたジズが手を振った。


「アダムさんによろしくねぇ」


「ばーイ」「ばばーい」


「お、お邪魔しました!」


 聞きたいことが溢れてやまない。

 しかし別れてきた仲間達のことも気がかりだ。


 シオンは黒い雲の渦、その先にあるだろう煉獄を見つめていた。




(シオン、遅いなぁ……ハヴへストさんもお仕事? でいなくなちゃったし)


 アニタはすっかり冷めきった紅茶を啜った。

 先ほどからオリバーは床に座って眠っている。


 手持ちぶさたになってしまった少女の耳に、機械的で独特な足音が近寄ってきた。


「あらまあ」


 そこに立っていたのは、羊の頭を持つ悪魔・憤怒のルフトゥであった。


「あ、ルフトゥさん。こんにちは」


 安堵したようなアニタの声に、彼女もスカートの裾を持ち上げ、優雅に一礼する。



「こんにちは。一番最初の天使様」




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