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大罪人が語る夢  作者: ぬらくらげ
最終章
55/94

第一話・貴族達の酒盛り

小話。



(……何回見ても、地味な顔)


 七選帝侯が一人、ワーナー・ヘルストランドは肩をすくめた。

 目の前の鏡には陰気臭い表情の自分が写っている。


 トイレから出て廊下を歩いていると、人々のざわめきが耳に飛び込んできた。


 どうやら大広間で何かあったらしい。



 ワーナーは人混みの合間を縫って、こっそりと様子を伺った。

 バラバラな話をつなぎ合わせると、この場で急に子供が姿を消したのだという。


 悪魔と契約している者は今王宮におらず、精霊使いも複数人の転移など不可能だ。


 混乱している群衆に、よく通る穏やかな声音が響く。


「——心配ありません」


 現皇帝、ヤン・ド・レーウェンは優しく微笑んでいた。


 彼はガラスケースを開き、ブローチを手袋越しに拾い上げる。


「先ほどの彼らは、叔父上……先代皇帝が派遣した調査隊です。御息女の姿があったでしょう? 悪魔のブローチについてとのことで、今朝早馬が」


 そう言って、獅子の家紋が刻まれた封筒をちらつかせる。

 国営研究所を管轄とするレーウェン家の紋章だ。


 今ひとつ腑に落ちない様子の民衆に、皇帝は両手を広げた。


「急に消えたとのことですが、悲鳴はなかったそうですね。この後はわかりませんが、そこまでは調査隊の推測通りだったのでしょう。一つの家が勝手に動いたことについての謝罪は後日、緊急会議でさせてください」


 微笑みながら彼は両手を叩き、人々は大広間から追い出された。

 不満を持ったらしき者も当然いるが、大半は珍しい現皇帝の独断に驚いている。


(どうして)


 堂々たる態度のヤンを見ながら、ワーナーは一人下唇を噛んだ。

 自分と彼はどうしてこうも違うのか。


(……双子、なのに)




 血が繋がっているとはいえ、他人同士、違うのは当たり前である。


 そう言ってしまえば済むのかもしれない。


 だとしても、納得できないことはある。

 生まれた順番だけなら自分の方が早かったというのに。


 ふと、ワーナーはエッシェンホルスト嬢を思い出した。

 周囲からの悪意も、足元に転がる骸も気にかけず、ただ前を向く茨の女王。


(他人がどうのじゃない……僕には、意思も力もなかった)


 胸元に手を置く、さらし木綿で押し潰された胸が悲鳴を上げている。


(反骨せずにきたのは自分だ)


 ——彼女は、レーウェン家に生まれた双子の姉だった。



 この大陸の因習で、男女の双子は不吉とされる。特に先に生まれた者は人食いの化け物になると言われていた。


 昔は秘密裏に殺されるか売られていたそうだ。


 悩んだ母は彼女を養子に出すことにした。

 全ては因習に固執する者達から赤子を守るために。


 最初の貴族と呼ばれるヘルストランド家に預けられ、少女は当主になるために男装を強いられた。

 ワーナーにとって男物を着ることは別に苦ではなかった。


 ただ、常に何かを偽っているような気分に襲われた。


 その感覚を拭えぬまま、彼女は中途半端に大人になってしまった。



「おや? ヘルストランド卿ではないか!」


 廊下の先から、メガネをかけ背筋をピンと伸ばした男性が歩いてきた。


「ス、スペンドラヴ卿。これから領邦に戻られるので?」


「ああ、その前に酒場にでもと思いましてな! よければどうです?」


 大柄な彼は朗らかに口角を上げる。


 七選帝侯同士ではあるが、これまで交流する機会は無かった。


 人脈はあるに越したことはない。

 ワーナーはこくこくと頷いた。



 二人が馬車で向かったのは帝都の大衆酒場だ。


 護衛を一人連れて、賑わいの中に身を投じる。

 どうやらスペンドラヴがよく通っている場所のようで、いざという時裏口から出られる席に通された。


 ハムカツと串焼きに、エールを二杯頼んで、ようやく彼らは一息ついた。


(……話題がないなぁ)


 はっとワーナーは顔を上げて口を開く。


「あの、御息女は、今おいくつで?」


「こういう場だ、口調は気にしないでくれ……娘は今年で六つだ。この前家族写真を撮ったんだが、見るか? 見るよな? よし見よう」


「は、はぁ」


 差し出された写真には笑っている少女とふくよかな女性、そして緊張でガチガチになっている眼前の男性が写っていた。


「素敵な笑顔だね」


「そうだろう! 娘も妻も年々さらに愛らしくなって、側に居られる時間が少ないのが惜しまれる!」


 今にも立ち上がりそうな興奮した彼の前に、皿とコップが置かれる。


 湯気を立てている揚げたてのハムカツは、断面からハムの間にポテトサラダが挟まっているのがわかる。

 焼きたての鶏肉からは炭火の香りがした。

 エールはワーナーが知っている物より、とろりとしているようだ。


「乾杯!」


「か、乾杯!」


 一口飲んでみると、蜜のような濃厚な風味が口いっぱいに広がった。


 彼らが食事と飲酒を楽しむ合間にも、気弱な彼女は時計を気にしている。

 それに気づいたのか、スペンドラヴは申し訳なさそうに目尻を下げた。


「やはり何か用事でも?」


「え」


「時計が気になる様子で」


「あ、えっと、違うんだ。あまり遅くなると妻が」


 ワーナーの脳内に、目が全く笑っていない伴侶が浮かんだ。

 同じ光景が想像ついたのか、男性は口元を引きつらせる。


「……怒ると怖いのか……精霊姫(せいれいひめ)は」


「……怒っても怖くない人の方が少ないですよ」


「……二人共、なんの話です?」


 よく知る声に慌てて振り向けば、マントに身を包んだ皇帝陛下が立っていた。


「こんにちは」


 二人が滑るように周囲を見渡すと、平民に扮した警備隊員の姿がある。

 どうやらお忍びの市中散策の真っ最中らしい。


 軽く頭を下げ、彼女は青年が座れるよう席をずれようとする。

 しかし細い腕にやんわりと遮られた。


「大丈夫。預け物が終わったら出ます」


(預け物?)


 小首を傾げたワーナーに、ヤンは小さな木箱を渡してきた。


「これの保管を頼みたいんです」


「え、僕がですか」


「はい。あなたにお願いしたい」


「わ、わかりました」


 そっと木箱を受け取って彼女は眉根を寄せる。


(ヤンは僕が姉だって知らないはず……個人的な頼みなんて初めてだ。確かにヘルストランド領は帝国で一番安全だけど……)


 納得できないワーナーが皇帝を見上げると、優しげな微笑みだけがあった。


「急に子供達が飛び出したらごめんね」


 彼の言葉に数秒呆けた後、自分の手にある物の正体を察し、彼女の顔面は一気に青白くなった。



「お、そういえば」


 スペンドラヴは思い出したようにヤンに問いかけた。


「先ほどの叔父上からの手紙、随分と厚かったが、内容を聞いても?」


 青年は足を止め、ぱちくりと両目を瞬かせる。

 こちらを振り向くと、彼は人差し指の先を唇に当てた。



「——白紙さ。即興にしては上々だろ?」



 悪戯めいた笑顔を浮かべて、青年は酒場から立ち去った。


 それが彼を見る最後になるとは、この時はまだ誰も知らなかった。




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