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三章エピローグ・煉獄の門は開かれた



「我こそは十二の悪魔が一人! 傲慢のルワン! 何を望むか人の子よ……むん?」


 悪魔は小首を傾げる。目の前に立つ三人は、どうやら召喚主ではないようだ。

 そもそも傲慢は誰に召喚されたのだったか。


 反対側に首を傾けると、フードを外した銀髪の少女が目に入った。


「おぉ! 華玉の者ではないか!!」


「ひゃっ!?」


 青い腕を伸ばして、悪魔は嬉しそうに彼女を抱き上げた。


「直接会ったのは初めてだ! ははは!! 小さいな!!」


「はわわわわわ」


「ちょ、目が回ってる! 酔っちゃってるから!」


 少年と青年の懇願の後、アニタはようやく降ろされた。

 幼馴染の背中を撫でながら、シオンは悪魔に問いかける。


「な、なぁ、ルワン……だったよな」


「その通ぉぉり!!」


「マスターはどこにいるんだ?」


「ますたーか? 記憶が定かならば……我をちぎり刻んで本にして以降、一度も会っていないな!!」


 明るい笑顔を浮かべ、大男は胸を張った。

 あまり気にかけてはいないらしい。


 改めて契約者について尋ねようとした瞬間、禁書庫の外から足音が聞こえた。


「ここぉー?」


「すいません、わざわざ来てもらっちゃって」


「ほかのやちゅは、いまかいぎしてゆし。ちかたにゃいよ」


 幼い少女と、それに応答する司書の声。

 どうやら私兵団の特攻隊長と戻って来たようだ。


 黒髪の少年が頭をかく。


「参ったな……どう説明するか」


 素直に悪魔が出現したと言うと、大事になるのは間違いない。

 その場合、初代皇帝の日誌を閲覧できるのはいつになるか。


 シオンは眉根を寄せて考え込む。

 彼の様子をまじまじと見つめ、傲慢の悪魔はにっこりと笑った。



 一方、国営図書館では特攻隊長・グレンが背筋を伸ばしていた。


 主人であるニンファが会議に参加している間、幼女は応接間で待機となる。


 他の隊長は警備についていくが、彼女は人前に出るのは好まない。

 特に書類仕事もなく、大理石の机でする筋トレにも飽きた。


 そんな時、司書が声をかけて来たのだ。

 軽い気持ちでついて来たものの、確かに異様な状況だった。


「まきゅ?」


 すぐにでも破れそうな薄皮が、禁書庫の出入り口を塞いでいる。


 そっと表面に指先を這わす。

 微かにたわみながら滑らかな触感を伝えて来た。


 少女は背負っていた斬馬刀を下ろし、両手で柄を握る。


 司書が離れているのを確認して、グレンは武器を振り下ろした。

 一拍おいてから風切り音が響く。


 膜は刀を包み込んで柔軟に姿を変える。

 与えた衝撃が受け流されているようだ。

 幼女は一歩引いて床と平行に大剣を構えた。


 今度は流せぬように、一点突破を狙うのみ。



 禁書庫の中で首を捻る少年に、悪魔は笑いながら肩を叩いた。


「大丈夫だ!! 何も気にすることはない! ささ、我が遊んでやろう!!」


「いっ、痛いって、別に俺は遊びたいわけじゃ……」


「むん? 隠れんぼは嫌か?? ではお手玉はどうだ!?」


「いやだから、俺はあんたの話を聞きたいだけで」


「チャンバラでも良いぞ!!」


 銀髪の少女は酔いが覚めたのか、シオンと傲慢のやり取りを見て苦笑した。


「会話になってないですね……」


「人の話を聞かないみたいだね」


 ちゃっかり退避していたオリバーが肩をすくめる。

 青年は同族の少女が中々来ないことを不思議に思ったが、悪魔の大声に思考をかき乱された。


「ほう!! 我が愛しの兄弟姉妹達と会っていたのか!!」


「おん……色欲のルー・ガルーも言ってたけど、本当に家族なんだな」


「勿論そうだともっ!!!」


 朗らかに微笑んで、傲慢は空中に光の線を引き始めた。

 円や四角のような図形が飛び交い、やがてそれは家系図になった。


「我々はお父上、孤独のアダムの子らだ! 偏見と今の(・・)破壊は正確には彼の孫になるな!!」


「なるほど」


「……あの、この『母』っていうのは誰ですか?」


 アニタの問いかけに、悪魔は悲しげに眉尻を下げた。


「——イヴ。我らの母……かつての破壊の悪魔よ」


 静かな態度は、先ほどまでとは似ても似つかない。


 シオンは思わず息を飲んだ。


 イヴ。聖典における原初の女性にして、アダムの妻である。


 そこまでも聖典と重なるのは偶然か。

 『かつて』というのはどういうことか。


 少年が尋ねようとしたその時、ぴりっと何か貫く音がした。



「とぉうっ!」


 書庫にぶつかるギリギリで、闖入者は足を止める。

 大柄な刀を背中に戻し、小さな特攻隊長は顔を上げた。


「エッシェンホルスト私兵団隊長!」


「おちかえしゃまれち」


 少年少女に敬礼をして、グレンは青肌の大男を見やった。

 一目見ただけで、それが自分の知る人間でないこと、戦って勝てるかわからないことが理解できた。


 一筋の汗が頬を伝う。

 ——禁書庫を作った悪魔は、今もまだそこで眠っている。

 王宮ではよく聞くお伽話。


 それは真実であると、何よりも頼りにしている直感が囁いた。

 幸いにも敵意はないようだが、幼女は斬馬刀の柄に手をかけた。


 敵意が無くても、命を奪えるものはいる。


 睨みつけてくるグレンに、傲慢の悪魔は口角を上げた。


「はははっ!! 結界が破られてしまったか! ルフトゥならこうはならなかったろうな!!」


 楽しげに笑いながら、彼はシオンの持っていた日誌を取った。


「母のことを、空席の悪魔——破壊のイヴのことが気になるならば! 今ここで教えよう! お前達の脳に直接!!」


 頭上に掲げられた書物が光る。


「誰が望むのだろう。善良な魂を。誰が愛すのだろう。愚かな大罪人を。(われ)が名は——傲慢の悪魔・ルワン!」



 その口上を最後に、禁書庫にいた全員が気を失った。




     × × ×




 小鳥のさえずりが聞こえる。


 シオンがゆっくりと目を開けると、素朴で品のある部屋の中にいた。


 周囲を見渡しても仲間はおらず、戸惑いながら口を開いても声が出ない。

 よくよく見れば自分の体は透けて、その下の絨毯が見えている。


(これは、憤怒のルフトゥがしてた……映写の魔術か?)


 ふと、誰かの足音が近づいてきた。

 扉が開き、若い青年が部屋に入ってくる。


「ありがとう。下がっていいよ」


 鎧をまとった騎士達にそう指示を出し、彼は机に向かった。

 どうやら日誌を書いているようだ。


(あの装丁! まさかこの人が)


 青年が深いため息を吐いた瞬間、彼の影から何かが現れた。

 シオンは一度、その何かを模した人形を見たことがあった。


「アダム! 急にどうしたんだい?」


「それはこちらの台詞だマスター。私がいるとはいえ、護衛はいた方がいい」


「ごめんよ、わかってはいるのだけどね」


「また、一人になりたくなったのか」


「……うん」


 貨幣も言語も風習も異なる帝国をまとめ上げた初代皇帝。

 帝都では彼の武勇伝は騎士道物語として伝えられている。


 しかし、今シオンの目に写っているのは、平凡で気弱な青年だ。

 とてもではないが、その肩に大国の礎があるとは思えない。

 それほどどこにでもいそうな人物だった。


「——行ってみるか?」


「え?」


 孤独の悪魔は、包帯でぐるぐる巻きの手を差し出す。


「私以外、マスターを知る者は誰もいない場所……煉獄に」


 ふわふわと桃色の髪が揺れる。

 開け放たれた窓から、穏やかな風が流れてきていた。


 青年は悪魔の手を取り、少年の視界は再び暗転した。



 瞬きの先に現れたのは、まるで宝物庫のような空間だった。


 ローブで身を隠しながら、初代皇帝がランタンをかざした。


 照らし出されたのは手のひら大のブローチ。

 シオンが近づいて見ると、それには丁寧に編まれた糸が入っている。


「これ、君が友好の証としてくれた物だよね。これで煉獄に行けるの?」


「ああ、そういう役割の物だ。もっとも、今日の月じゃなければ人には使えないが。帰り道も悪魔わたしがいれば問題ない」


「……今更だけど、もらってよかったのかい。だってこれ『イヴのブローチ』なんでしょう?」


「安心しろ遺髪じゃない……私が作った魔術道具だ」


 ブローチの表面を撫でて、孤独の悪魔は続けた。


「大罪の一つ『破壊』は空席で、司る悪魔がいない。故に、これそのものを破壊の悪魔として扱っている。次元で隔たれた異界への鍵、つまりは世界の秩序を破壊する唯一の代物だ」


 初代皇帝の手を握り、悪魔は大きく息を吸い込むような仕草を見せた。


「転送開始」


 ブローチから微細な光の粉が舞う。

 優しげな声音が辺りに反響した。


『後悔は』


「蛇と果実」


『望郷は』


「今は無く」


『贖罪は』


「この身をもって」


 淡々とした応答の後、ブローチはゆっくりと浮遊した。

 宝玉を中心に魔術陣が広がっていく。


 孤独の指先から、ほんの一滴、赤い血が零れたような気がした。


 

 

      × × ×




「ぶっはぁっ!」


「むん! 戻ったか!」


 未だ目を回している少年少女に、傲慢の悪魔は笑いかけた。


「俺にできるのは模倣魔術だからな!! 少しばかり目眩がするのはすまん!!!」


 傲慢は十二の悪魔の得意技を全て扱うことができる。そういう特性なのだ。

 最も、完全な模倣とはいかず、どれも再現元には劣る。


 なんとか床から立ち上がり、シオンは黙り込んだ。

 『今日の月でなければ』と、確かに彼は言っていた。



 死者から契約を奪い、悪魔を煉獄に帰そうと少年は指先を切る。

 傲慢は不思議そうに首を傾けた。


「しかし、なぜ煉獄を気にする?? 生きる上で関わることは無かろうに!!」


「ちょっとアダムに用があるんだ」


「むん? まあなんにせよ! 急ぐことだ人の子よ!!」


 黒い扉を通りながら、彼は最後に言い残した。


「月が始まる」




 幼女を膝に乗せて、銀髪の少女は心配そうに頭を撫でている。


 司書の説得を灰髪の青年に任せ、シオンは帝国史の年表を睨んだ。


(何が……あの日に何があった?)


 ページをめくる手がぴたりと止まる。


「…………日食?」


 そう呟いた途端、彼の脳内に国営化学研究所での日々が思い出された。

 天文学者達は次起きるのはいつと言っていたか——


「……今日じゃねぇか!!」


 慌てて立ち上がり、アニタとオリバーの手を掴む。

 司書に簡潔な謝罪を述べて、図書館を後にした。



「シ、シオン?」


「急にどうしたのさ」


「煉獄への行き方がわかった!」


 二人に説明してから、少年は表情を引き締めた。

 記憶が定かなら、悪魔のブローチは現在、大広間に飾られている。


 欠伸をした見張りの間を抜けて、広間に鎮座するケースを見やる。

 先ほど見た物と、寸分違わぬ色形。


 期待を押さえ込んで、少年ははっきりと叫んだ。


「転送開始!」


 ブローチから微細な光の粒が溢れた。

 映写で聞いた声が響く。


『後悔は』


「蛇と果実」


『望郷は』


「今は無く」


『贖罪は』


「この身をもって……!」


 魔術陣が床に広がる。少年少女を切り取るように、光の円柱が現れる。

 それは遠く空の上まで続いていた。


 騒ぎを聞きつけ、王宮にいた人々が大広間に集まった。

 その中にはニンファの姿もあった。

 シオンは明るく微笑んで口を開いた。


「ごめん! 報告書はちゃんと出すから、ちょっと行ってくる!」


 やけに明るい言葉は、その場にいた者の耳に残った。




 唯一無二の相棒二人。

 奇跡としか言えない偶然の出会いは、彼ら自身を——この世界の常識をどう変えるのか。



 月は、ようやく答えた。



三章了。

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