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第十三話・傲慢なる深き愛情

最後の悪魔、登場。



 内乱から数週間後、シオン達一行は、かつての王家の領地を訪れていた。

 静かに雨が降りしきる中、彼らは一つの屋敷を目指す。


 かつての夜、友と語らった——アウレリウス邸を。



 館の前に到着し、少年少女は顔を見合わせて頷いた。

 ここに来ることを提案したのはシオンだ。

 老父バゼットの『一番最初に戻れ』という発言を受け、少年は一つ思いついたのだ。


 悪魔の成り立ちは現状わからないが、悪魔と人間の関わりの起点ならわかる。

 初代皇帝が孤独の悪魔を召喚したことだ。


 それに関して、何かしら子孫に遺されていないか、ここまで確認しにきたのである。


(事前に許可は取れたが……)


 当主には、ヴィーと別行動をしている旨も連絡した。しかし、そのことへの反応は特に無かった。

 状況だけ見れば、自分達は素性のわからぬ不審者である。

 ぐるぐるとシオンが悩んでいると、柵の向こうに人影が現れた。

 その人物は驚き顔で口を開く。


「君達は……ああ、ヴァリアモルテの」


 微かな笑みを浮かべ、ヴィーの父・レグアは彼らを招き入れた。




 巨人族の青年は鼻をひくつかせ、怪訝そうに眉根を寄せた。

 当主は自ら客人に紅茶を入れている。


(……警戒心も敵意もない)


 ただ歓迎されているだけらしい。

 そうこうしている内に、卓上に陶器製のカップが並ぶ。


 各々で角砂糖やミルクを足して、雨音を聞きながら、そっとカップを傾けた。

 花のような香りが口内に広がる。


 部屋の静寂を壊したのはシオンだった。


「アウレリウス卿、単刀直入にお聞きします」

「何か」

「初代皇帝が残した、彼自身に関する史料はありますか」


 再びの沈黙が流れる。

 レグアは茶を啜り、しばし躊躇ってから呟いた。


「ある。日誌が一冊だけ」


 少年は膝の上で拳を握りしめ、期待に体を震わせた。

 彼が口を開くより先に、求める情報は与えられた。


「……今は国営図書館の『禁書庫』に保管されている」


 抑えきれない歓喜は、強引に少年の口角を持ち上げる。

 仲間達にも目標に近づいたことが伝わり、自然と緊張がほぐれた。


 レグアは穏やかな表情で、若者を見守っていた。



 貸し出し許可の封書を受け取って、三人が立ち去ろうとした時、青年の肩から精霊が姿を見せた。

 まっすぐに当主を見つめながら、彼女は口を開いた。


「ゔぃーのこト、きかないノ?」


 思わずシオンの方が跳ね上がる。

 別離した理由もそうだが、貴方の娘は悪魔だったとどう告げれば良いのか。


「エラム、ちょっと戻っててね」

「ねェ、きかないノ。おとうさン」


 珍しくオリバーの制止も聞こうとしない。

 責めるわけでも、皮肉でもなく、精霊は真剣に尋ねていた。


「——知っている」


 それに応えた父親は、寂しげな声音で続ける。


「帰ったのだろう。然るべき場所に」


 黒髪の少年は両の目を見開いた。


「……貴方は、知っていたのか」


 レグアは返事の代わりに軽く俯く。

 娘の正体に、彼はずっと前から気がついていた。



 奇跡としか言えない、未成熟な赤子の産声を、彼はかつて確かに聞いたのだ。


 ヴァリアモルテは聡明で明るい子供であった。

 妻を亡くし、これから二人で支え合おうと決意した矢先、遺言の中で全てを知らされた。

 衝撃は受けたものの、当時も今も彼が思うことは一つ。


「愛する彼女を守ってくれた。私の家族でいてくれた……ヴァリアモルテに、()に何か言えることがあるならば」


 不器用な男は、下手くそに微笑んだ。


「一言、ありがとう。と」




 国営図書館ひいてはニンファの元へ、少年少女は振り向かずに進んでいく。


 銀髪の少女は何かを考え込んでいた。

 父親。彼女からすれば、実感の薄い役割名。

 それでも母から少しは聞かされたことはある。


 自分が生まれる前に引き離された、猪突猛進で目つきの悪い華玉。


(……どんな人だったのかな)


 アニタに芽生えた疑問は、しこりのように残り、簡単には消えそうになかった。




 ——帝都。王宮にある国営図書館。

 正しくはそこに続く地下通路を、ニンファの先導で慎重に歩む。

 石造りの階段は隅々まで掃除されていて、古い物だが苔の一つもない。


「足元気を付けなさいね。転んでも支えてあげないわよ」


 そう言って少女がランタンをかざす。

 ぼんやりした光に照らされたシオン達は、珍しく正装をしていた。


 戸籍上貴族であるアニタ以外は、急ごしらえで用意したものだ。

 普段と違って、黒髪の少年はバンダナを外し、灰髪の青年は前髪をかき上げている。


 しばらくすると両開きの扉にたどり着く。

 重々しい音を立てて、向こう側の光景が姿を現す。


 空中を飛び交う書物。中心に浮かび指揮棒を振る、一人の青年。

 地下空間を切り取ったドーム上の建物の、天井はガラス張りになって、調節された光を取り込んでいる。


 呆気にとられた三名にニンファが声をかける。


「ここの司書になれるのは、優れた精霊使いだけなのよ」


 浮かんでいた青年がこちらに歩み寄り、朗らかに微笑んでいる。

 彼の肩には翼を持った精霊が座っていた。


「じゃあ、私はこれで。調べ物頑張って頂戴」

「おん! ありがとう、ございますエッシェンホルスト様」


 司書に案内されながら、館内をめぐる。


「歴史書はこちらの棚です。ですが、今回は『禁書庫』での閲覧をご希望と」

「はい。寄贈者からの許可もとってあります」

「ああ、そう固くならないで。ちゃんと開けますよ。久々だから錆びてるかも」

『え』


 にっこりと口角を上げ、司書の青年は飾られている彫刻に触れた。

 少しずつ押して彫像の角度を変える。

 カチリ、とどこかで音がした。


「にゃっ! 本棚が……」


 一箇所だけじわじわと沈み、暗い小部屋への道が出現する。


「あ、大丈夫でしたね。『禁書庫』にようこそ!」

「……ようこソー」


 明るい声とは対照的に、小部屋からは冷たい空気が漏れてきた。



 内部は名前通り一般的な書庫であった。

 薄手の手袋を配りながら、司書が軽く解説をし始める。


「ここは数世紀前、悪魔の協力でできた部屋で、現存する悪魔の記録全てが集められています」

「ふぉぉぉぉ……」


 シオンは瞳を輝かせ、あちこちに視線を投げかけた。

 しかし今回は明確な目的があって来ているのだ。そちらが先決である。

 目当ての書物を、許可を取って慎重に取り出す。

 かなり状態が良く、分厚い表紙には古帝国語が記されている。


 黒髪の少年が中身を確認しようとした瞬間、一冊の本が棚から落ちた。否、自分から落ちて来た。


 慌てて部屋の隅を見に行くと、そこには人の顔が革張りになったような本があった。


「あれ? こんな本あったかなぁ」


 青年がリストをめくっている脇で、シオンは床にしゃがみこむ。

 その本はくすんだ青色で、表紙は男の顔のようだった。


「師匠のとこでも見てねぇな……ん? これページがなんかでくっついてる」

「え?! ほ、本当だ。湿気ではなさそうだけど、なんだろう」

「……ねぇ」

「おん?」

「同じ匂い、あっちにもあるよ」


 オリバーの指摘した棚を探ると、似た造りの本が複数見つかった。


 頭、胴体、右足、左足の四冊。

 どれも表紙に目立った文字列は無く、ページをめくることができない。


 司書の青年曰く、どれも禁書庫のリストに載っていないらしい。念のため上司を呼んでもらうことになった。


「あ、ここは本の状態が維持されるようにできてるんで、持ち出し以外は好きにして良いですよー。じゃ、エッシェンホルストの方に伝えてきます」

「よろしくお願いします……」


 司書を見送り、銀髪の少女は改めて四冊の本を見つめた。

 好奇心にかられて、そっと表面に触れてみる。滑らかな革の感触。


「——あれ?」

「お、どうしたんだ」

「これ、凸凹の線が同じ幅に収まってる……なんか書いてあるよ?」


 少女の発言に、少年は手帳を取り出した。


「同じような線、ここに描いてみてくれねぇか? 大体で良いから」

「う、うーん。やってみる」


 華玉は文字とそれが表す音、そして意味が繋げられない種族だ。ただ、そこに「そういう図形がある」ことは認識できる。

 不慣れな仕草で書かれた線を見て、シオンは息を飲んだ。


「この母音、古帝国語じゃねぇか。新品同然の本なのに」


 幸いにも、少年はお下がりの正装と一緒に、師から古語の辞書を借りて来ていた。

 一音一音、ゆっくりと確かめていく。

 四冊の表紙に書かれた文字は、合わせると一つの文章になった。


「ごう……まんの、るわ、ん」


 不意に、壁にもたれかかっていたオリバーが、シオンの首元をつかんで引き寄せた。



 突如として強風が本を巻き上げる。

 旋風の中で、開かなかったはずのページがめくれ、青い肉体に変貌する。


 思わず瞬いた少年の視界に、大柄な人影が映る。


 三対の腕を組んで、青肌の男は満面の笑みをたたえた。


「うむ!! 久方ぶりの解放である!!」


 ハキハキとした台詞は、思わず耳を抑えたくなる声量だった。

 こちらの驚きに気づいていないのか、それは一方的に言葉を叫んだ。



「我! 我こそは!!  十二の悪魔がひとぉぉぉり! 傲慢のルワンである!! 何を望むか人の子よ!!!!」





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