第五話・戦闘狂
バトルマニア
エッシェンホルストのテントに通信が入る。
目標の砦からおよそ六キロ離れた場所で、反乱合同軍の騎兵とホイストン騎兵連隊が衝突。私兵団歩兵の援軍により、相手は本隊へ後退したという。
遅れや伝え間違いがないよう、神経を張り詰めて通信兵は冷や汗を拭う。
反乱軍にはそのまま進軍の指示が出た。
しばらくすると行く手を阻む森が眼前に広がった。
事前に木を切り道筋は確保されているが、進む前に私兵団団長・ラナンの小型無線機に通信が入った。
『——こちら<梟>。聞こえるか?』
一拍置いてから青年は返事をした。
「こちら<鯱>。問題無い。現在森の入り口付近。周囲に敵小隊の姿無し」
数秒後、森の向こう側から乾いた発砲音。
ラナン達は瞬時に臨戦態勢を整える。
『本隊及び<鯱>に至急伝令! こちら第七小隊、ホイストンの防御陣を確認。森の縁に沿い三列。大砲と新型の火器あり!』
「了解」
どうやら森を抜けた先の空き地に戦力を固めているらしい。団長は本隊に通信をかける。
「こちら<鯱>。<水牛>の援軍を求む」
——場所は変わり反乱合同軍本隊。
流れる小川に足をつけて、一人の少女はじっと水面を見つめている。
それは一瞬の出来事。
滑らかな動きで、彼女は川に手を入れ、何かをすくい上げた。
「ぉさかな〜!」
十よりは下に見えるが、それにしてもやけに舌ったらずな口調だ。
嬉しそうに微笑むその手には川魚の姿があった。
幼女はご機嫌な様子で、本隊の中を歩き回る。
ふと食べ物の香りが鼻をつく。
とてちてとそちらに向かえば、大釜からポリッジをよそうメイド長がいた。彼女は優しげな笑みで食事を配っている。
「まま!」
「おかえりなさい。グレンも食べる?」
「さかにゃとった」
「あら新鮮」
メイドはくすりと微笑み、慣れた調子で少女の濡れた手を拭いた。ついでに柔らかい頰をしばし堪能する。
魚は水を張ったバケツに回収された。
ようやく解放されたところで、グレンは女性の袖を引いた。
「ごはん?」
「ええ。今回の内乱のせいで、村にいられなくなった人達を、ここで受け入れてるの」
「ふゆん」
不意に、周囲が驚嘆の声でざわめいた。
「みてくゆー」
「グレン。気をつけるのよ」
「はぁい」
ざわめきの中心は本隊の先陣にあった。
視線を集めているのは二人の団員、ではなく彼らの持っている武器。それは大柄な男二人がやっとのことで運べる斬馬刀だ。
幼い少女は黒髪を揺らし、それを片手で持ち上げた。
「おちかえ〜」
渡された通信機を耳にはめ、黒い軍服の上着を身につける。
「んで、どこいきゅの?」
「はっ! ここから南西に六キロの森を超えた先、敵の防御陣が目標地点であります!」
「らじゃ」
重厚な斬馬刀を軽々と振り上げ、幼女は背後に並んだ部下に号令をかける。
「そんじゃあ、いっきゅぞー」
エッシェンホルスト私兵団第三小隊、通称・特攻隊。
兵団で最も死亡率の高い部隊である。
その隊長、<水牛>グレン・ノアは、愛らしい顔に無邪気な笑みを浮かべた。
森を見つめながら、一人の男がため息を吐いた。
彼はホイストン防御陣の最前列に配置された民兵だ。
自分達の領主はまだこの状況を隠蔽するつもりなのだろうか。
(早く帰りたい……)
急に森の奥で木々が揺れた。押し付けられた双眼鏡を覗いてみる。
慎重に観察すると、視界で柘榴色が二粒輝いた。
(こ、子ども?)
男以外の誰かが気づいたらしく、警戒のベルが鳴らされる。
歩兵小隊が接近している。そんな言葉が耳に入った。
双眼鏡がいらない距離になって、幼い少女がその体躯に似つかわしくない物を背負っていることがわかった。
緊張と焦りで手が滑る中、男はどうにか火器を構える。
それはたった一度の瞬き。
男の瞼が下りた、一秒にも満たぬ時間。
ただそれだけのことが、彼の生死を分けた。
——瞼が上がる。走馬灯を味わう間もなく、男の首は潰れた。
最前列に切り込み、自分に向けられた無数の銃口を見て、彼女は軽く跳ねた。
空中で斬馬刀を振り下ろし、最終列の騎兵を一人葬る。
隊長に続いた歩兵もまた後に続く。
相手側の民兵の中には森に逃げ込む者もいた。
グレンは微笑みを絶やさず、淡々と仕事をこなす。
ふと反射的にこめかみを庇うと、弾丸が腕にめり込んだ。
少女は確かに痛みを感じながら、弾の周囲の肉ごと噛みちぎり、地面に吐き捨てる。
自分に一撃を当てた兵士の元へ、彼女は駆け出した。
肉はすでに盛り上がり再生を始めている。
それは純血の巨人族ですら不可能な再生速度であった。
兵の口から悲鳴が漏れた。
グレンは元どおりになった腕を伸ばし、ついでに近くにあった大砲の射出口を刀で塞いだ。代償に折れてしまったが問題はない。
兵士の股にぶら下がっていた物は、ズボンごと少女の手に削がれていった。
すでにホイストンの防御陣は崩れかけている。
幼女は、喉奥からこみ上げた感情を笑い声に変換した。
からからと楽しげなそれは、混沌の中でよく響いた。
隠されたテントの内部では人の熱気がこもり始めている。
「<水牛>、武器を捨てました」
「あいつっ……!」
通信兵の報告に副団長ユーゴは頭を抱えた。
「素手だと捕虜取れねーから武器持たせてんのに……」
「隊長! <鯱>、指定の場所に移動しました」
「よし、突け。一気に行くぞ」
違和感に気づいたのは、陣の両端だった。
最初は地面の震動、続いて馬の嘶き。
それが騎兵の進軍であると確信が得られた瞬間、手薄になっていた脇から防御陣は崩壊した。
歩兵と合流した反乱合同軍は、まっすぐに標的を目指す。
馬上の私兵団団長の背中に、小さな影が乗ってきた。
「よっ、だんちょ」
「援軍感謝する」
「くるしゅうにゃい」
(……どこで覚えたんだ)
後ろに特攻隊長を乗せて団長は顔を上げた。
目当てはもう眼前まで来ている。
砦は反乱軍によって完全に包囲された。
卓上に拳が振り下ろされる。
キース・ホイストンは荒い息を整えもせず、舌打ちをこぼした。
彼はこれを南方の一地域の反抗として認識していた。
そこにエッシェンホルストが介入して来たのは予想外であった。元々領地が離れており、関わり合いになることは無かったというのに。
心配そうに衛兵が水を差し出す。
「いらん! どけ、役立たず供!」
乱暴に押しのけ、キースは首から下げていた鍵を取り出した。
古びた意匠のそれは祖父の遺産だ。万が一の『戦力』とだけ知らされている。
老人の肖像画の額縁には、小さな鍵穴が空いている。
彼は鍵を差し込み、絵画ごと壁の隠し扉をこじ開けた。
——その途端、青白い手が現れ、不快な腐臭が漂った。




