第三話・開戦
テントの中で、何人もの兵士が大型無線機と睨み合っている。
そのうちの一人が、手元の紙に何かを書きつけ、勢い良く立ち上がった。
「第七小隊より伝令! 反乱軍、南方の砦を目指し出発!」
「よし、本隊に流せ」
エッシェンホルスト私兵団副団長、ユーゴ・ベクターは眉間のシワを緩めた。
「うちの上司は相変わらず無茶をやる……部下の心労をちょっとは気にしてくれねーかな。ま、無理か」
テントの隙間から外を覗き、彼は小さく肩を落とした。
呆れられている当の上司は、とある小屋で質素な揺り椅子に座っていた。
「ん! これ美味しいわね。どこのかしら」
「そ、そちらはクルミのパンでさぁ。うちの森で取れたのを使いやした」
「へぇ、覚えておくわ」
農民の男性はもごもごと口を動かすと、ようやく声を出した。
「本当に……おれたちに協力していただけるんですかい?」
「いいえ?」
両目を細め、少女は悪戯めいた表情を浮かべる。
「私は貴方達に人質として捉えられ、『仕方なく』私兵団の戦力を貸しているだけの無力な小娘よ」
直後に笑みを消して彼女は水筒を傾ける。
(……面倒なことを頼まれたわね。契約破ったら恨むわよ、リンド)
事の始まりは定例会議の二ヶ月ほど前。
幼馴染の少年が突然訪問してきたのだ。
彼からの頼みは、ホイストン領南方で反乱を企てている者達の助力をし、相手軍との戦闘を一時間もたせること。
報酬は持て余している港と鉱山地帯の一角であった。
南方の領民は違法な課税に苦しみ、不作や正体不明の病の原因を工業地帯からの排水であると考え、調査を申し出るも黙殺。とうとう不満が爆発し、納税した穀物を一次収容する砦に攻め入ろうとしているらしい。
全て秘密裏に行われていることであった。
『……そこにどうして貴方が関わろうとしてるの?』
当然の疑問である。私兵団の戦力の大部分を、そうやすやすと他領に移すことはできない。
『んーとね、まぁ言っちゃっていいかぁ。ホイストンがやった汚職事件の証言が何件も出てるんだけど、証言者みんな平民だから声が潰されちゃっててさ〜。物証取る必要があるんだ。でも、隠されたり邪魔されると面倒でしょ?』
『まさか……領主の留守中に調べに入るつもり?』
『うん!』
『うわぁ良いお返事。でもどうやってやるのよ』
その時の幼馴染の顔は当分忘れないだろう。
虚空を見つめながら、口先だけの笑みで唇を開く。
『内乱が発生してから少し経って、ちょうど領主が砦に出発した頃、調査に入るための確認書が届くようにしてあるんだ。多分……あと一分ぐらいで、領主が南方へ出発した情報が入るよ。内乱のことは伏せると思うけど』
時計の秒針が周りきった途端、応接間にあったラジオからは『七選帝侯が一人キース・ホイストンが領邦の視察に出発。南方から周り始める』と雑音混じりの速報が流れた。
ニンファは水筒の蓋を閉めて肘をつく。
(天才だけは敵に回すべきじゃないわね……)
弱気になっている自分に気づいて、彼女は自分で軽く頬を叩いた。
いつの間にか男が出て行き、入れ替わりにメイドが小屋の外から戻ってきた。
「お嬢様。本隊における反乱兵との合流が行われました。目標の砦までのおよそ十二キロメートルのところで待機中です」
「了解よ。すぐに向かうわ」
「それと、お屋敷から連絡です」
「ん?」
「お父上がまた暴れていると」
「……無視しなさい。危ないから拘束して良いわ。あんな老害」
真顔で冷たく言い放つと、少女は鼻を鳴らした
反乱合同軍の成立から一ヶ月後、ニンファは壇上に立った。
不安そうな民兵とは対照的に、私兵団は異様なほどくつろいでいた。
それでも少女が片手を挙げると、彼らはすぐに私語をやめ、起立の体勢を取る。
「……私は便宜上あくまでも人質であり、戦力と資金援助をしているだけです。助力は惜しみませんが、口を出すこともありません」
穏やかな微笑みを浮かべながら彼女は続ける。
「砦の領主様に送った和平の提案に、返事は返ってきたようですね」
農民側は屈辱を耐えるように歯を食いしばる。
無視されぬようニンファの名義を借りて送った手紙は、その使者だった若者の死体と共に今朝届けられた。
「この後、貴方達の行動は好き勝手に解釈されるでしょう。ただその根源の怒りだけは、捻じ曲げずに後代に残すと、『純潔』の元に誓いましょう」
少女がドレスの裾を翻して去った後、最前列にいた青年は口を開いた。
「裏地の絹がお嬢様の目の色で染めてある……かわいいの天才……」
「お前話聞いてた?」
呆れた表情でユーゴはラナンの背中を押した。
「ほれ、お前の番だぜ。団長、いや合同軍総大将さん?」
「ん」
不満げな態度で青年は壇上に立つ。糸のように細い金髪が風になびいた。
「……思考を止めるな。火器が壊れたら剣を、剣が折れたらナイフを、それも折れたら手足を、それが折られたら相手に嚙みつき、目の前で友が死んだら、その体を盾にしろ」
無茶苦茶な内容に、反乱軍側では何名かが頰を引きつらせた。
しかし、死ぬまで戦えと言われている軍勢は、なぜか楽しげに笑っていた。
「平和の前座にもなれないゴロツキども。オレたちはニンファ・エッシェンホルスト様に仕える——無名の忠臣である。我らが純白を白たらしめるために、誰よりも深い黒であれ」
漆黒の軍服の胸に手をおいて、団員達は荒々しい雄叫びをあげた。
騎兵隊の先頭で大柄な馬にまたがり、団長は深く息を吸い込む。
「——進軍、開始」
後の帝国史に記されることになる、ホイストン内乱の幕が上がった。




