第二話・秘めたる執着
エッシェンホルスト一行は、帝都の外れにある旅館を訪れた。
私兵団の面々は大浴場のサウナで我慢比べをしてから、卓球で賭け事をして遊んでいる。
「今入った! 絶っ対入ったって!」
「違いますぅ! 今こう来てこうだったろー? こっちの得点ですぅー!」
「はぁー? 目節穴なんじゃねぇの?」
『……審判!!』
「んー? あ、ごめェん。見てなかったァ」
「……お前らもうちょい静かにしろー」
集団から一歩離れたベンチでは、副団長が呆れ顔で義足を装着し直している。
その隣で仏頂面の団長は茶をすすっていた。
「——ラナン」
ピクリと睫毛を震わせて、団長は素早く声の主の方を向く。そちらには風呂上がりらしきニンファが立っていた。
「お嬢様」
青年と目が合うと、少女は耳の先まで赤くした。
「昼間は、その、助かったわ。これ、大した物じゃないけど!」
葛藤を隠す余裕も無く、少女は手にしていた袋を青年に押し付けた。
見覚えのない菓子店の包みだ。後方にいるメイドがにまにま笑っているのを見るに、こっそり買ってきたのだろう。
「ありがたく頂きます」
青年はわずかに口元を持ち上げた。蕾がわずかにほころんだかのような笑みを見て、ニンファは思わず目をそらす。
「ふ、ふんっ。じゃあ私は部屋に戻るから。せいぜい全員湯冷めしないようにすることね!」
びしっと人差し指を突き出し、彼女は小走りで去って行った。
団員の明るい返事がその後を追いかける。
しばらくして彼女の後ろ姿が見えなくなると、小さなうめき声を上げて、私兵団団長ラナンは膝から崩れ落ちた。
(あー、始まったな)
副団長があからさまに眉根を寄せる。
熱い艶やかな吐息が室内に響いた。青年は頰を紅潮させて呟く。
「お嬢様……爪の形が完璧……百点満点中千点」
「絞り出した台詞がそれかよ団長」
「ユーゴ……お嬢様からこれを、頂いてしまった。どうしよう」
「食えば?」
「防腐剤は何を使えば」
「いや食えって」
副団長ユーゴは深々とため息を吐き頭を抱える。
「あんたはよぉ……それさえ無けりゃあもっと素直に恋路を応援できるんだが」
「とんでもない」
きっと両目を細めてラナンは続けた。
「そんなおこがましい真似、妄想じゃなきゃできない」
「妄想はしてるんだな」
「うん。少しだけ」
「まぁ、そういうのは個人の自由だしな」
「昨日はお嬢様に殺してもらう時に斧がいいか紐がいいか考えたら夜が明けてた。あ、馬車で寝たから体調管理は大丈夫だ」
「ちょっと待て」
再度ため息をこぼしたユーゴがちらりと後ろを伺うと、いつの間にか他の隊長達は姿を消していた。
(あいつら……逃げやがった……)
一方何も知らないニンファは、寝台に横になって——
「お礼の品も素直に渡せなかったあぁぁぁ……」
ごろごろと転がりながら悶えていた。
(あー、始まりましたね)
メイド長は慣れた様子で放置しながら、淡々と紅茶を準備する。
「うぅう。私変じゃなかったかなぁ」
「大丈夫でしたよ。次は食事に誘ったらいかがです?」
「しょ、食事? それ職権乱用にならないかな!? 上司の誘いだから嫌でも断りづらいだろうし……」
「お嬢様はちゃんと部下との信頼関係が築けてますから、そこまで気にしなくても良いですって。二人きりのハードルが高いなら、最初は隊長陣を誘えばよろしいのでは?」
優しくなだめるような声音で、少女にカップを渡す。彼女の好む甘いジャム入りの紅茶だ。
「明日はお屋敷に? それとももう少し帝都を散策しますか?」
「……いいえ」
恋に悩む乙女は、一瞬で冷静な統率者に表情を変えた。
「明日にはホイストン領を目指すわ。予定よりも動きが早いようだから」
そう口に出した「慈悲」の七選帝侯領を、彼女は地図上でなぞった。
安い宿屋の台所で、オリバーは無心で包丁を動かしていた。
まな板の上の肉片が次々に細切れへと変わっていく。
それをシオンがボウルでしっかりと練って、アニタが塩とナツメグ、溶き卵を加えてムラなく混ぜる。
整形して熱したフライパンで両面を焼き、蓋をして蒸し焼きにする。
「ハンバーグの完成です!」
「腹減った……」
三人は卓上に並ぶ肉の塊を切り分け、次々に口へと運んでいく。
「しっかし、アルベルトのことをどう公表したものか……うま!!」
「うん、肉汁がすごいね」
「美味しい。細切れを安く買えて良かったです」
「久々に食べたけど本当に美味いな」
卓上とは言ったが宿屋の食堂は人が多く、灰髪の青年の証言で裏商人の姿が確認されたため、彼らは部屋の木箱で食事を取っている。
「台所貸してもらえて幸運だったね」
嬉しそうに笑いながら、少女は手元のハンバーグに息を吹きかけてから口に含んだ。
食後、少年は自分が書き写した論文や日誌をぱらぱらとめくる。
託された事実をどのように広めれば良いのか。懸命に思考を巡らせる中で、彼はとあることを思い出した。
「……ラジオ放送?」
布団から体を起こして、麻袋の中からラジオ放送網のまとめを開く。
慎重に辿っていくと、そこには目当ての地名が載っていた。
こつりこつりと革靴で歩く音がする。
ホイストン邸の隠された書斎で、現当主キースはグラスを回した。この領地は元々ブドウが名産であり、今でも当主のみに献上されているワインがある。
一口含んで舌の上で転がす。
不意に立ちくらみがし、彼はソファーへと体を沈めた。
視線を上げると祖父の肖像画が目に入る。
「……偉大なるクリスタン」
勇気ある告発で七選帝侯の座を手に入れた、彼に取っての勝者の手本。
うっとりとした顔でキースはグラスを傾ける。
脳裏に一瞬、自分と対立した息子が浮かんだがすぐに振り払う。とうに勘当した人間だ。
ふと部屋の無線機から、ノイズ混じりの執事の声がした。
「なんだ。こんな夜中に」
切羽詰まった言葉が耳に入る。
『な、南方で農民達の反乱が起きました!』
彼の手にあったグラスは床に落下し、無機質な音を立てて砕けた。




