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第八話・北の浮島の領主


 ウォレス空港に白い巨体群が降り立った。


 今現在利用されている数少ない飛行船隊・ジファールである。

 かつては浮力として水素ガスが使用されていたが、戦乱期に事故が多発。現在はヘリウムガスが使用されている。

 そんな船体を見上げながら、黒髪の少年はほおを紅潮させた。


「すげー!」


 彼の後ろから、青年と少女が声をかける。


「シオン、そろそろ搭乗口が開くよ」


「近くで見ると、びっくりするぐらい大きいね」


 季節としては初春だがまだまだ寒い。三人共冬服だ。

 伝えることが言い終わったため、オリバーはさっさと飛行船に向かう。

 その様子に苦笑してから、シオンは幼馴染に手を差し伸べた。


「ほらアニタ、行こう!」


「あ……うん」


 二ヶ月前の出来事から、彼はよく手を繋いでくるようになった。

 アニタからすると幼い時のようで懐かしくて、ほんの少し気恥ずかしく、そしてどこかーー


(嬉しい、なんて)


 そう思うのは贅沢なのだろうか。

 少年の手のひらは、昔よりもずっと大きく厚くなっている。

 少女はそっと緩んだ口元を指先で隠した。



 搭乗口ではすでに人の列ができていた。

 おとなしく最後尾に並んでいると、急いで走って来た人のトランクにぶつかった。


「おおっと」


「あっ、すいません!」


「いえいえ、荷物は大丈夫ですか?」


 穏やかな対応に、男性は安堵した様子で肩を下げた。しかしすぐに相手が若い少年だとわかって、落ち着いた態度に少しばかり驚いていた。

 世間話に興じたところ、どうやら彼は医師志望で、浮島の大学へ受験しにいくのだそうだ。



 乗客が乗り込んだのを確認して、合図の笛が鳴り響いた。

 飛行船はのったりと浮き上がり進んでいく。天候はかなり穏やかだ。

 少年達は合流して窓際でくつろいでいた。


 不意に、船内放送が入った。


『これより、炎の渦に入ります。揺れにご注意ください』


 銀髪の少女が嬉しそうに口を開いた。


「いよいよですね、精霊術を見るのは初めてです」


「そういえばそうだったな……あれオリバー、エラムはどうしたんだ?」


「騒がれると面倒だからね、中だよ」


 そう言って、青年は普段よりも緩く結ばれた髪を指差す。

 瞬間ーー船体が細かく震えた。

 外では見慣れた空は次第に薄れ、紅色の火の粉へと変わっていく。それらもまた旋回しながら黒に染まり、周囲は真夜中のように暗くなる。


 数秒の瞬きの後、一点の光が射すと、眼前には空に浮く島があった。



 炎の渦。友好の証として精霊王が作り上げたーー(のち)にワープホールと呼ばれることとなる精霊術である。



 飛行船から降り、少年は両腕を目一杯に伸ばした。

 ここ浮島、通称北島は帝国随一の科学力を誇る。

 かつて気球で入植した学者達がそのまま総合大学を作り、現在までそれが続いているのだ。

 しかし、この地がどのように浮力を有しているのか、依然解明されていない。

 この島は数十年前まで上級貴族・ダーナー家の領地であった。

 ダーナー家は七選帝侯の一つであったが、とある理由で選帝権を剥奪され、最後の領主が亡くなり血筋が絶えたことから、現在ここはは国有地として扱われている。


 街中を歩くと、少しかすれた機械音声が聞こえてくる。

 そちらを見てみれば、アパートの窓辺に最新式のラジオがあった。対談式の放送は途中で切り替わり、ゆったりとした歌声が流れる。

 高台の方には元領主邸がある。その屋敷を除いて、立地条件のためか積み木のように重なった家屋が目立つ。

 一行はまず役所と併設している図書館へ訪れた。

 大学の成り立ちに関する書籍が多く、シオンはきらきらとした表情で目を走らせていた。

 紙とインクの匂いが立ち込める中、アニタはふと小さなパネル展示を見つけた。金属板の上の点字を指でなぞる。


『最後の当主アルベルト・ダーナーは人体に関する研究をしていたとされるが、初期の研究論文以外は現存していない』


『恐らく大半は彼の書斎に残されている』


『自らの研究のため、彼は帝国各地で障害児を買い取っていた』


『子供達の生死は不明である』


『ダーナー家の屋敷は、アルベルトの死後、正体不明の力で閉ざされ、その玄関扉は開こうとしない』




 図書館を後にして、少年達は街のレストランを訪れた。人気店なのかまだ昼前だというのに大変賑わっている。

 数分して席に着くと、各々気になったものを注文した。

 塩漬けした豚のスネ肉を煮込んだものに、粒マスタードの添えられたハンバーグ。それにジャガイモのスパイス炒め。

 素朴ながらも深い味わいに舌鼓を打っていると、隣のテーブルで揚げ物を分け合う子供達の会話が耳に入った。


「俺のじーちゃんがさ、もう年だから変なことぶつぶつ言ってんだよ」


「どんな話?」


「なんか、アルベルト様についてみたい。もうろくして若い頃に戻った気分になってるのかな」


「へー」


「……なぁ」


 気づけば、黒髪の少年は席を立っていた。


「その話もっと聞かせてもらえねぇか?」


 彼の口元にはこらえきれぬ笑みが漏れていた。




 家人への挨拶を終えて、シオンは寝台の脇に腰掛ける。

 大学生で、過去の偉人について調べているという(てい)だ。


「こんにちは。急にお邪魔してすいません。貴方の話が聞きたくて伺いました」


 少ししてから男性は口を開いた。


「……アルベルト様はぁ……寡黙な方だった」


「ほう」


「領主としては素晴らしく……指示が的確で、まあ寛大な方じゃった」


 そう呟く間にも、彼の瞳はどこか遠くの方を見つめている。


「ただ、あの馬車だ……窓の無いあれを走らせている時だけはまぁ……怖かった。鬼気迫るというのは、あの横顔を言うのだろう」


 彼は急に黙り込むと、軽く咳き込んだ。少年はそっと背中をさする。


「ああ、ありがとう……屋敷に近寄るのは禁じられていたから、今となってはわからん……馬車に乗っていた子供達はぁ……どうなったんじゃろうなぁ」



 老人が寝かされていた小屋を出ると、先ほどの子供が草を潰して虫除けを作っているところだった。

 互いに軽く頭を下げ、シオンは街道を進み始めた。

 集落の端まで来ると高い柵に足を阻まれる。その近くのベンチで、見慣れた顔が二つ並んでいる。


「エラムさんとはここで会ったんですか?」


「いや、もっと丘の上の方……だったかな」


「なんだ? 昔話か」


「あ、おかえり」


 何かを考え込んでいる少年に、アニタが声をかけた。


「シオン、お屋敷行ってみる?」


「おん! やっぱりこういうのは自分の目で確かめないとな」


 少年はそう笑って、悪名高い領主の館を指差した。




 高台に白い館が鎮座している。

 今となっては苔むし所々ひび割れているものの、どこか荘厳な雰囲気が漂っている。

 銀髪の少女が玄関扉に手をかけると、冷たく固い手応えが返ってきた。


「本当に開かないや……」


 見た限りでは鍵はかかっていない。

 小首を傾げて、少女は公開されている庭の方へ足を進める。

 手入れをする人物がいないのだろう、雑草は伸びきり、枯れ枝が地面に落ちている。

 オリバーは木の下で枝に巻きついたロープの切れ端をじっと見上げていた。


「何かありましたかオリバーさん」


「ううん、あの紐何かなって」


「? なんでしょう……経年劣化でちぎれたのかな」


「おーい! 二人共!」


 少年の呼びかけの方を向くと、珍しく慌てた様子で手招いている。


「シオン?」


「……………………開いた」


『は?』


 彼の見やった先では、大きな両開きの扉が蝶番を軋む音を立てて開いていた。


「……えぇ、また?」


「違うもん……壊したわけじゃねぇもん……」


「ちょうどいいね。入ろうか」


 三人は静々と扉の隙間をくぐった。



 と同時に、



「ーーやっと、来たのね」



 少年少女の耳にそんな女性の声が届いた。



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