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第七話・再開の縁を乞う

 ウォレス領は下級貴族の治める小さな街である。

 北方の交易の拠点で、科学技術の発達した浮島と密接に交遊していることもあり、大変栄えている商業地だ。

 それは広場のガス灯を見ても察せられる。今は昼で灯っていないが、夜になると防犯のために点灯される。


 少年少女は賑わう市場の人混みをかき分け歩いていた。

 破壊の悪魔は猫の姿でシオンの胸元にしまわれている。


(温い……)


 不満げにしている破壊の顎を撫でる。ゴロゴロと喉が鳴った。


 この領邦での彼らの目的は飛行船の乗船券を買うことだ。

 発券施設に着くと、すでに大勢の人々で埋め尽くされていた。

 なんとか列に並び順番を待つ。一時間ほど経ったところで、受付までたどり着いた。


「こんにちは。何名ですか?」


「三人です。貨物庫は一般客でも使えますか?」


「かしこまりました。大丈夫ですよ」


 受付嬢が一枚の表を見せてきた。


「お客様は二ヶ月後から乗船予約が可能です。ご希望の日付にチェックを」


 少し考えてから、少年は一番早い便に印をつけた。後ろの二人に見せて同意の確認を取ってから嬢に返す。


「お願いします」


「はい、了解しました」


 数分後には三枚のチケットが封筒に入れて渡された。

 少年は好奇心で目を輝かせながら、受付に軽く頭を下げて施設を後にした。


 ——その様子をじっと観察している一人の男がいた。




 商業地であるためか宿屋も多く、彼らは難なく安価な宿を見つけることができた。

 荷物を置くと、オリバーとシオンは早々に日雇いの労働へ出向き、破壊の悪魔は彼の用事である探しものに出てしまった。


 一人残されたアニタは、宿の台所でエプロンを身につけている。


「よし、夕ご飯の準備しちゃおう!」


 まずは刻んだタマネギを飴色になるまで炒める。続いて薄力粉、バター、市場で買ったスパイスミックスを加える。

 そして鳥の茹で汁でジャガイモとベーコンをゆで、前述のルーを加え、鶏肉も一緒に煮込んでいく。

 最後に醤油で味を整えればカレーの完成だ。


(次はスパイスの組み合わせも自分でやりたいな……」


 鼻歌交じりに主食の準備をしようとリュックを開くも、


「あれ?」


 なんと米も小麦も切らしていた。


「……やっちゃった」


 無い物は仕方ない。時間的にはまだ余裕がある。今日は外でパンを買うことにする。

 小銭を持って貴重品をしまい、カレー鍋もタオルにくるんでおく。

 鍵を閉めたことを確認して、少女は出発した。


 にこやかな宿の職員に、勇気を振り絞って留守の言伝を頼み、彼女は街へと出かけた。


(大丈夫……パン屋さんはここに来る途中にあったもの)


 こそこそと街道を歩きながら、少女は辺りを見渡す。

 不意に笑顔で両親と手を繋ぐ女の子が目に入った。

 なんとも微笑ましい。そう思った瞬間、路地から伸びてきた腕に捉えられた。


 口を布で覆われ、戸惑う内に両手が掴まれ固定される。

 慌ててもがき喚こうとすると、脇腹に第三者の蹴りがめり込んだ。


 ——視界が点滅する。


 彼女の種族は大変丈夫だが痛覚は人並みだ。巨人のような回復速度も無い。

 慣れない衝撃に、アニタはそのまま気を失った。



 目を覚ました時、そこは鉄製の檻の中だった。

 視線を上げると、少女を値踏みするように二人の男が立っている。


「座長、こいつ本物ですか?」


 ひょろひょろした猫背の男がそう言った。

 数年前まで、貧しい子供に義眼をつけさせて髪を染め、華玉として振る舞わせる見世物が裏ではよく行われていた。

 座長と呼ばれた方はその懸念を即座に否定する。


「ああ、うちのカイみてぇな偽物と違って、目が見えてる奴の動きだった」


「マジっすか……え、じゃあどうするんです? 大ニュースですよこれ」


「国内じゃ人ってことになってるからなぁ。流石に通報されたらタダじゃすまねぇ。海上オークションで外国の物好きにでも売るかね」


「了解っす」


(……カイ? 人の名前? ってそんな場合じゃない。どうしよう……)


 体勢を動かすと脇腹に鈍い痛みが走った。喉の奥からうめき声が漏れる。分厚い布で口は塞がれていた。

 檻の底に押し付けられている彼女の胸を見て、猫背の男はその目に情欲を覗かせた。


(っと、いけね。家畜に興奮する変態になるところだった)


 頭を左右に降って、彼はホウキ片手に去って行った。


 少女は自分のいる場所を視認する。

 見る限り大きなサーカスのテントのようなところだ。


(……違法の見世物小屋?)


 そう検討をつけたところで、彼女は顔を青くした。


(布が、ヴィーさんにもらった布がない)


 必死に体をくねらせ辺りを探る。


(どこに…………あった!)


 テントの出入り口付近の箱から、特徴的な透け方をする布がのぞいている。どうやらゴミとして捨てられたらしい。

 下働きらしき人が箱を持ち上げた。

 アニタがなんとか声を出そうとすると、先ほどの座長の怒号が響いた。


「——おいカイ! なんだぁさっきの体たらくは……満足に踊ることもできねぇのかオメェは!」


 怒られているのは十代半ばの少年だった。

 脱色した灰色の髪、片目には青いガラス玉がはめ込まれている。


「ご、ごめんなさい、次はちゃんと、ひっ!」


 少年は結んだ髪を乱暴に掴まれて、半ば引きずられるように連れていかれた。


 そのままカイは雨水が溜まっている樽に顔面を押し込まれる。

 案の定呼吸ができず、彼は足をばたつかせる。

 蹴られた砂が座長の服にかかった。


「……チッ」


 男は腰に結んでいた金属製の杖を手にとる。

 そして薄い衣装の上から、杖で少年の臀部を打った。

 破裂音がテントに響き渡った。

 十秒ほどしてから、カイは水中でごぼごぼと息を吐き、両腕が宙をもがき始めた。

 痛みが最大限に伝わったことを視認して、座長は再び杖を掲げる。


 しかし、それが振り下ろされることは無かった。


「んんんっん——!!」


 銀髪の少女の檻から、ごとごとと騒音が聞こえ始めたからだ。


 アニタは檻に何度も体当たりして揺らし、やがて大きな音を立てて檻は横転。周囲から人が寄ってきた。

 座長も舌打ちを残しカイを放置してこちらに来る。


 安堵した少女の視界で、少年が()せながら膝をついていた。



 一方の黒髪の少年は——治安維持隊の本部に来ていた。

 労働中に、アニタが誘拐されたと知らせを受けたのだ。


 シオンは無言で、オリバーはフードを被って壁の方を向いている。


「お待たせしました」


 隊員の一人が、何やら分厚い報告書を持って来た。


「アニタさんの失踪の目撃者がいました。午後四時、一番通りでの出来事です。目撃したのは路地の向かいに住んでいる老婆でして、追いかけることができなかったと」


 街の地図が机に広げられる。


「ここの路地からですと、西方の境界に出ます。他領に出られると我々は追うことができません。今近隣の巡回係が現場検証をしています」


「……調査に同行することはできますか」


「現場検証まででしたら。彼女の持ち物等が残っている可能性も高いですから」


「感謝します」


 少年は立ち上がり、青年とともに本部を後にする。

 現場に向かう最中もシオンは無表情で思考を巡らせていた。

 巡回係と合流し、路地を覗く。


 薄暗い路地で、不意にオリバーが小声で呟いた。


「……変な匂い」


 シオンは隊員がヘラでかき集めている黒い液体を指差した。


「おん、多分これだ、な……」


「何これ」


「……海辺だ」


 少年の呟きは誰の耳に入る事はなかった。

 液体の正体はタール。船の防水に使用される乾留液であった。



 見世物小屋のテントの端で、カイは箒で地面をはいていた。

 ちらりと先ほどの偶然を起こした人物を見やる。縄で引かれる銀髪の少女がいた。


(助けて……くれたんだろうか)


 彼は、人の華玉の禁断のハーフとして売られた少年だ。

 しかし華玉が多種族との間に子を成さない事が近年の研究で明らかになり、カイは早々にここでの価値を失った。

 たとえ偶然だとしても、誰かに救われたのは初めての経験であった。


(……僕に何が)


 そうしている間にも、少女は先ほどよりも大きい檻に移される。底には車輪がついており、大型の動物の輸送用であることがわかる。


 予想外にも、中にはすでに先客がいた。

 彼女はまん丸い瞳でこちらを向くと、にっこりと口角を上げた。


「……アイトワラスさん!?」


「あいっ」


 両手両足を拘束されたまま、無垢なる悪魔は嬉しそうに返事をした。



「こんなところにいたんですね……」


「ぶっー」


 彼女は不満そうに唇を尖らせる。

 近寄ってみると、笑顔ですり寄って来た。


「おむ!」


「わたしはオムレツじゃないですよ?」


 優しく撫でながら少女は微笑む。どうやら無垢に目立つ外傷も無いようだ。


 ふと、その場の気温が下がった。

 檻の外を見れば、その場にいる人々の下半身が凍りづけになっている。



「あーもう、何してんだよアイ」



 苛立った声を発しながら、破壊の悪魔が悠々と歩いて来た。


「壊さないように凍らせるの大変なんだぞ」


「にゃんにゃー!」


「だからオレはにゃんにゃじゃ無いっての!」


 眉間に皺を作りつつも、破壊は自前の爪で難なく檻を開けた。


「立てるか? 行くぞアイ、アニタ」


「ふへぇへ」


「ありがとうございますクコアさん! あの……どうして」


「ああ……オレの探してたのこいつ」


 そう言って破壊は片手で無垢の両頬を包んだ。



 テントの裏手から出るとそこは海沿いの崖だった。

 街に戻ろうと振り向くと、少年カイがそこにはいた。見れば鉄の鍵と見知った黒い布を手に持っている。


「それ……!」


 彼はしばし視線を泳がせてから布を手渡して来た。


「……あっちから治安維持隊の騎馬隊が来てた。保護してもらいに行った方がいいよ……」


「本当ですか!? ありがとう!」


 少年は少女の笑顔を受けて、眩しいものを見るように顔を背けた。


 ——ああやはり、灰は銀になれないのだ。



 せめて幼い妹を食わそうと身売りを受け入れた彼は、たった銅貨数枚で買われた。

 それを知った親がした舌打ちが、まだ耳の奥に残っている。




 アニタ達が言われた方向に走っていると騎馬隊がせまってきた。

 その先陣に赤いバンダナをはためかせる少年がいた。

 少女は泣くのを懸命にこらえながら叫んだ。


「シオン!」


「アニタ……!」


 珍しく焦った声音で少年も叫び返す。

 彼が馬から降りたのを見て、思わずアニタは駆け出した。

 小さい頃そうしたように、シオンの胸に飛び込む。振り絞るような小さな呟きがこぼれた。


「……怖かった」


 きつく唇を噛み締めてから、少年はそっと彼女を抱きしめた。


「一人にして、ごめん」



「こほんっ」


 破壊のわざとらしい咳払いで、アニタとシオンは離れた。ようやく自分達の体勢を自覚したのか揃って赤面している。

 呆れた表情の破壊の悪魔は、なんとなく崖の下方を見やった。

 逃げる見世物小屋一行と、それを追う治安維持隊の船。

 船の構造的にこのままでは逃げられてしまいそうだ。

 そんな時、見世物小屋側の船の頭上に何かが現れた。


 影の正体は一本の巨木だった。

 根に土がついているのを見ると、どうやらたった今引っこ抜いて投げやられたものらしい。


「……すごい怒ってたからな、オリバー」


『え』


 硬直する破壊とアニタの視界で、二本目が投擲された。



 街の外れの森でシオンは自分の親指を切った。

 滴る血を悪魔達が握りしめると、前回よりも大きな黒い扉が出現する。


「——ああそうだ」


 通り抜ける最後、破壊の悪魔は含みのある笑顔を浮かべた。


「あの島に行くなら、母ちゃんによろしく」


 そう笑った拍子に見えた彼の片目は——宝石・ペリドットそのものだった。




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